~ノロイの魔女とノロイのサムライ~ 5
「ウチはちょっとした旅人や。世界中の色んな所をまわっとる」
シャクリ、とリンゴを齧りながら少女は言った。
「嘘だ」
「嘘やあらへん」
リルナの言葉に動じることなく、少女は応える。
そんな彼女に対して、リルナはムっと唇を尖らせた。
「旅人が倭刀なんか持ってる訳ないもん。あとバックパックもなし、保存食もなし、そんな状態で旅人が動くなんて思えない」
「倭刀?」
少女は疑問の声をあげた。
「それよそれ」
リルナは彼女の手に握られた一振りの倭刀を指差す。
「あぁ、これか。これはタイワトウやよ。ワトウは間違った謂われ方やねん」
「た、タイワトウ?」
「そうそう、タイワトウ。でもまぁ、今はワトウのほうが一般的か」
そう言いながら少女は物凄い勢いでリンゴを齧り続ける。一週間飲まず喰わずに偽りなしといった勢いだ。
よっぽどお腹が空いていたのだろうか、芯までもバキバキと齧り、全部を飲み込んでしまった。後はウンディーネに頼み、喉に水を流し込んでいる。
「ぷはぁ! 生き返ったわ、ありがとうな」
「どう致しまして~」
ルルは笑顔で応えるが、リルナは少しだけ眉根を寄せた。倭刀とタイワトウの話がどうにも納得いかないらしい。
リルナの表情に気付いたのか、少女はチラリとリルナの刀を見た。
「ウチの刀の銘はクジカネサダっちゅうんや。お嬢ちゃんの刀は?」
「く、クジ? えっと、銘って何?」
「名前や名前。倭刀には名前が付けられとるねん」
「わ、わかんない。そんなの初めて聞いたわ」
「ふ~ん、ちょっと貸してみぃ」
何だか訳の分からないままにリルナは少女に刀を手渡す。受け取った少女は早速とばかりに柄部分に複雑に巻きついていた紐を緩め始めた。
「わ、ちょっとちょっと」
「これは柄巻っちゅうねん。あぁ、せや。まだ名前言うてへんだな。ウチの名はサクラ。お嬢ちゃんは?」
「え、えっとリルナ。リルナ・ファーレンス」
「私はルル・リーフワークスです」
「リルナっちとルルちゃんか。よろしゅうな」
そう言っている間にも柄巻はドンドンと解かれ、最後には柄の部分が丸見えになった。
「ほえ~、こうなっているんですね」
ルルは興味深く覗き込むが、リルナは元に戻せるか気が気ではなかった。何せ、複雑怪奇に結んである柄巻は、どうあがいても記憶できるものではない。今すぐ元に戻せと言われても無理だった。
「あわわわわ」
「大丈夫やって。ほら、この目抜きも外して鍔も外して……ほら取れるやろ。ほんで、こうやったら全部外れて、刃だけとなる」
あっという間に刀はバラバラとなる。ふつうの剣とは違い、いくつかのパーツで出来上がっているらしく、サクラはそれを丁寧に分解してみせた。
「ほほう。この子の名前が分かったで」
サクラは刃だけになった、柄で見えなかった部分を指差す。そこには、見た事もない文字が刻まれていた。
「これ、何て読むの?」
神代文字を習得しているリルナにも、その文字は読めなかった。
「ガッサンやな。お月様と山という意味や。正式名称はガッサンキオウマル。そうやな、普通にキオウマルって呼んでやるんが一番やで」
「月……ガッサンキオウマル」
リルナは思わず空を見上げた。今は昼間なので月は出ておらず、眩しく太陽が煌いているだけ。
「キオウマルは鬼が鍛えたと呼ばれる刀やな。恐らく、丈夫さに特化したタイワトウやろうなぁ」
召喚士だけでなく、倭刀の知識も持っている。それをよどむことなくスラスラと言ってのけるサクラは、果たしてただの旅人なのかどうか。リルナはますます疑問になってきた。
「鬼が作った武器……確かに丈夫かも」
今まで何度かリルナが使ってきたが、刃こぼれひとつしていない。丈夫さに特化しているのも頷ける情報だった。
「うむ」
銘を確認すると、サクラは手際良く元に戻し始めた。リルナが心配していた柄巻も元通りに戻し、しっかりと結い上げる。むしろ先ほどよりもしっかりと組み上げられた感があった。
「す、すごい……本当に何者? 実は冒険者とか?」
ここまでの手際を見せられれば、リルナ自身サクラを信じずにはいられなかった。倭刀ではなくタイワトウという名称も、本当なのかもしれない。
「だから旅人やって言うてるやん。まぁ、訳ありやけどな」
「まぁ、そうだよね」
サクラは苦笑していた表情を、マジメなものへと変化させた。
「実は魔女を探しとるねん」
「魔女?」
魔女という単語に聞き覚えはなかった。
リルナはルルの顔を見る。
どうやらルルも知らないらしく、首を横に振った。
「魔女っちゅうのは、アレや。生まれた時から魔法を使える女でな。まぁ、言ってしまえばモンスターと変わらんわ」
「魔法使いのモンスター?」
サクラは静かに頷く。
「使用言語は共通語で、ウチらと変わらんから言葉は通じるけどな。ウチはず~っと、魔女を探しとる」
そうなんだ、とリルナとルルは頷いた。
「そうなんや~。まぁ、魔女すら知らんかった二人は、情報も何も無いやろ?」
「まぁ、確かに……」
「知らないですね~」
そうか~、とサクラは独特のイントネーションで応えた。
「ほなしょうがないわな~。ま、二人はちょっとした命の恩人やから、何か手伝うで? 魔女探しはそれからでもいいんでな。時間はそれこそ腐る程あるわ」
少しのため息を吐いてからサクラは笑顔で二人に尋ねる。
「別に手伝って欲しい事なんてないよね?」
「うん。別にないよ~。お金が欲しいぐらい」
「ルルちゃんは見かけによらず現金なんやなぁ。残念やけどお金はもっとらへんな~。よいしょっと」
サクラは苦笑しながら切り株に座る。
その瞬間――
サクラの持つ倭刀クジカネサダが、カツンと鞘と鍔が鳴り響いた。
「えっ――?」
その瞬間、周囲の風景が一変する。
森の中の開けた空間に居たはずが、暗くドロドロとした空間に変化した。昼間だったはずが、空が見えない。代わりに天井が見える。
「ほえ?」
地面は硬く、大地ではなくなっていた。
何か舗装されたような、黒いブロックが敷き詰められている。それらは正確に壁や地面、天井などを構成していた。
「……しもた」
あちゃぁ、とばかりにサクラは顔を手で覆った。
「魔女の住処に入ってしもたわ……」
「な、なによこれ?」
「ど、どうなったんです?」
混乱する二人の少女を尻目に、切り株に座ったままの少女はニヤリと笑うのだった。




