~ノロイの魔女とノロイのサムライ~ 4
サー・サヤマ城下街から東へ三十分ほど歩いた場所に『フルイーチの森』と呼ばれる森がある。
食材豊富な紫の森とは違い、このフルイーチの森に生い茂っているのは硬い樹木ばかり。得に果物を実らせる事もなく、動物も数が少ない。狩人も立ち入らない森だった。
そんな森の中、その周囲だけぽっかりと木が生えておらず、青空が見える不自然な空間にリルナとルル・リーフワークスはいた。
一本の切り株を中心として、円形に草木が生えておらず、心地良い空間になっているのでピクニックにはもってこい。いったいどうしてこの空間が出来上がったのかは分からないが、森の中で休憩を取るにはもってこいのスペースだった。
ルルは切り株に座ってお茶を水筒から頂きながら、ご自慢の森羅万象辞典をペラペラと捲っている。勉強熱心なのか、はたまた仕事をサボっているのかは分からない。
「ほっ! よっとっ!」
そんなルルの周りでリルナは、とあるモンスターからの攻撃を避けまくっていた。
モンスターの名は『ポップン』と呼ばれるレベル0に認定されている小さなモンスターだ。大きさは約20センチ。泡の様に柔らかい体につぶらな瞳。そんな体には不釣合いな大きな口。人間を見れば襲ってくるモンスターなのだが、攻撃方法は体当たり。柔らかい体に体当たりされてもちっとも痛くないので、子供でも戦えるモンスターだった。
「とりゃ」
ポップンの体当たりをリルナはジャンプして避けた。アクセルの腕輪の効果で、いつもよりジャンプ力が上がっている。
マジックアイテムの効果で自分の身体能力の変化を把握する為に、リルナはカーラからポップンの居場所を聞き、このフルイーチの森に来たのだった。
ポップンは冒険者訓練学校時代からお世話になっているモンスターで、防御や避け方の訓練の相手となる。特に後衛職は滅多にモンスターの前に立つことは無いので、魔法使いたちは相当お世話になっているモンスターだった。
呪文や集中力の維持など、魔法行使の準備中での攻撃を避けたりしながらの戦闘といった練習など、ポップンにお世話になったことがない魔法使いは皆無である。
「うりゃ!」
リルナの顔の高さまでジャンプしてきたポップンを手で撃墜した。
ちなみに、ポップンは可愛い外見をしているので、女の子からの人気が高く、男性冒険者や訓練学校時代では、男女の対立が起こる原因であったりする。
曰く、
「モンスターだから狩ってもいいだろ!」
という男の子の意見と、
「害がないんだから、かわいそうでしょ!」
という女の子の意見。
無闇に命を奪うことは許されないが、その道徳観念にモンスターや蛮族は含まれていない。モンスターや蛮族は人を襲うので、見逃したところで益は無い。そんなモンスターに認定されているポップンなので、この議論は終わりが見えないのだった。
「がんばって~、リルナちゃん」
ルルの周囲にもポップンは集まっている。ただし、ポコポコと彼女の体を揺らすだけなので、意にも介していないようだ。むしろ、日頃の体のコリを解しているようにも見えた。
「……意外と豪胆なのね、ルルちゃん」
リルナが訓練学校で初めてポップンと対峙した時はドキドキで、緊張の余り上手く体が動かなかったのだが、ルルはそうでもないらしい。
ポコポコと体を揺らされながらもお茶を楽しんでいるルルを見て、少しばかり尊敬するリルナだった。
「ふぅ……」
アクセルの腕輪の速度アップ効果に体が慣れてきたので、リルナは小休止を取ることにした。
相変わらずポコポコとポップンが攻撃を仕掛けてくるが痛みはゼロ。ルルの座る切り株に腰の倭刀を外してから座った。
そこで、倭刀を鞘から少しだけ刀身を出す。
ギラリと刃で反射する太陽の光。
それだけで倭刀の攻撃力の高さが伝わったのか、ポップン達は一斉に木々の陰まで逃げ出した。
「お~、凄いです。本当にマジックアイテムみたいですね~」
「ほんと。どうして私の物になったのかな、この子」
膝の上に鞘を乗せて倭刀に話しかけるが、もちろん返事はない。世の中には言葉を話したり意思を持ったりするマジックアイテムがあるらしいが、リルナは未だに見たことがなかった。もちろん、倭刀よりも貴重でレアなマジックアイテムで通称を古代遺物、アーティファクトと呼ばれており、おいそれと見れるものではないので当たり前なのだが。
「ん~、その子が選んだんだと思うよ~」
「え? どういう事?」
ルルの入れてくれたお茶を飲みながら、リルナは聞き返す。
「道具や武器は、持ち主を選ぶという話があるんですよ。特に遺跡や洞窟に眠っているアイテムは冒険者を呼ぶ、なんて風に言われていますね~。マジックアイテムが作るゲリラダンジョンもありますし」
「あ、聞いた事がある」
いわゆる、道具の業。
どんな物にでも、存在するからには達成したい想いがある、という考え方だ。
例えば、包丁ならば食材を切る為に存在している。その包丁の達成したい想いは、そのまま食材を切る、ということだ。それを達成できないでいると、包丁そのものが使い手を呼び寄せる、という。
それらが何十年、何百年と溜まっている遺跡や洞窟のアイテムならば、冒険者を呼び寄せても不思議ではないだろう。
その最たるものが『ゲリラダンジョン』と呼ばれるマジックアイテムが生み出した迷宮だったりする。人間が道具を選ぶのではなく、道具が人間を選ぶ行為だ。
「このあたり、タキグン地方は遺跡が多いから、冒険者がいっぱいなんですよ」
「あ、そうなんだ」
「あれ、リルナちゃんはその為に来たんじゃなかったの?」
「え~っと、冒険者の街って聞いたから」
あはは~と誤魔化すようにリルナは笑った。
情報収集能力に難あり。ルルの中で少しだけリルナの評価が下がったのだった。
と、その時――、
木陰に隠れていたポップン達が一斉に動きを止めた。
「なに?」
リルナも警戒を強める。
ポップン達が一様にざわめいたかと思うと、その場から一気に逃げ始めた。少しのさざなみのように、風が凪ぐようにしてポップン達がいなくなり、静寂が辺りを包む。
「……?」
ルルはキョロキョロと周囲を見渡している。
なにか、異様な雰囲気を感じ、リルナが立ち上がった。
「あっ……」
そして、気付く。
彼女達の正面から、一人の少女が歩いて来た。
そのゆっくりな歩みは、不規則だった。小柄な少女が、一本の剣を杖のようにして、こちらへと歩き、近づいてきている。カツンカツンと三本目の足のように剣を地面に付きかながら、ゆっくりと歩いてきた。
「誰?」
リルナは警戒し、倭刀を前にして構える。
それを見て、少女は足を止めた。
ちょうど、森の陰から出たところだった。
「はは……は」
少女は、力なく笑っていた。
そして、憔悴しきった笑顔でこう言った。
「運がええわ……まだ生きていられる……」
そう呟くと、少女はガックリと倒れ伏す。どうやら気を失ったらしい。なんの遠慮もなく、地面へと倒れた。
「だ、だいじょうぶ!?」
慌ててリルナが駆け寄ると、少女が杖にしていた剣に気付く。
「これって……」
それはリルナの持つ武器と同じ、一振りの倭刀だった。
~☆~
倒れ伏した少女は不思議な装備をしていた。
通常の鎧とは違い、全身を覆う物ではなく、胸から腹を守る胴当てのみ。あとは手甲とスカートの様に腰から下げられた蛇腹の外装。
足元のブーツは既存のそれだが、ヒラヒラとした服は見た事もないタイプであり、群島列島タイワの隣にある大陸風の服装ではある。一見したところ外国人の様な印象を受けた。
だが、先ほどの言葉は共通語であり、外国人というより変わった出で立ちの少女、という言葉が合っていた。
顔立ちは衣服同様に整っており、美人の類だった。長く黒い髪は少々痛んでいる様子だが、髪自体は問題なく、しばらく洗っていないからといった具合。
そんな髪を適当に結い上げた様なポニーテールに不潔な印象はなく、むしろ惚れ惚れとするぐらいに似合っていた。
「び、美人さんだっ」
思わずリルナは顔をマジマジと見てしまう。気絶した少女のグッタリとした顔は、それはそれで絵になってしまっていた。画家が目撃したのなら、助けるより先にスケッチに励んでしまうかもしれない。
「リルナちゃん、運ばないと」
「あ、そうよね」
リルナとルルは少女の体を持ち上げ、なんとか切り株の前まで運ぶ。それから、ルルの持つ森羅万象辞典で応急処置を調べて、実行した。
「えっと、まずは着ている物を緩めるそうですよ」
「わ、わかった」
ちょっぴりドキドキしながらリルナは胴当ての金具をゆるめ、胸元を大きくあけた。どうやら胸の大きさはリルナやルルとそう変わらないらしく、今は少し緩やかに上下に動いている。
「それから、水を飲ませてあげるといいみたい」
「はいはい」
リルナは身体制御呪文マキナとペイントの魔法を起動させると、素早く魔方陣を描き、発動させる。
召喚陣が光を放つと、呼び出されたのはもちろん水の大精霊ウンディーネだ。
「はいは~い」
相変わらずの余裕っぽい笑顔で掌サイズのウンディーネは呼び出される。彼女の本当の大きさは大神殿で見上げる程の大きさ。リルナの実力に合わせて、彼女の大きさはセーブされているようだ。
「謎の少女が倒れて、それからえ~っと、とにかく水出して、水っ」
「あら、大変」
ウンディーネが人差し指をクルクルと回すと、まるで空中に穴が空くように水が溢れ出た。
それを手ですくい少女の口元にもっていく。
人間の本能なのか、気絶していても少女は少しずつ喉を動かして水を飲んでいった。それで少しは落ち着いたのか、少女の表情が和らぐ。一息ついたかのような表情だった。
「大丈夫そうですね」
「うん……それにしても――」
チラリと、リルナは少女の横に置いた倭刀に目を向ける。その特徴的な鍔と鞘は、倭刀の特徴を色濃く演出していた。
旧神話級の一振りも存在する倭刀。レベルの高い、それこそいくつもの冒険を経たレベルの高い冒険者が持つ武器なのだが、そんな物を持つ少女が自分以外に居るとは思ってもみなかったらしく、リルナは自分の倭刀と見比べた。
違いは鍔の形だろうか。
それ以外には、大きな違いはない。
リルナは少女の倭刀を手に取ると、少しだけ鞘から抜いてみる。
「同じだ……」
普通の剣とは違い、片側だけの刃。
そして、反りがあり、複雑な刃紋が刃の腹に見て取れる。
「……返してくれるか?」
「ひあっ!?」
突然にかけられた声に、リルナは驚きの声をあげた。
びっくりした勢いで手を離してしまった倭刀を、寝そべったままの少女はキャッチした。
「あ、気が付かれたんですね」
「助かったで、お嬢ちゃん」
力なく笑った少女は、しかし、立ち上がろうと起き上がろうともしなかった。
「どこか怪我しているとか?」
「それやったら良かったんやけどな。腹が減って動けんのや」
体調不良や怪我ではなく、空腹で倒れたらしい。良く見れば頬は痩せている。あまりに美人のため、気が付かなかったようだ。
「なんだ、その程度?」
「飢餓はこたえるで、お嬢ちゃん。さすがのウチも、一週間は厳しかったわ~」
あはは、と苦笑する少女に対して、リルナとルルは顔を見合わせた。少女の自嘲が本当ならば、恐ろしい話ではある。
一週間飲まず食わずで、彼女は何をしていたのだろうか? そもそもにして、人間は一週間も飲まず食わずで動けるだろうか?
そんな疑問が浮かんでくるが、今はそれより先に食べ物を彼女に提供する方が重要だ。
二人はバックパックを漁る。
残念ながらリルナの荷物に保存食は無かった。代わりにルルの鞄からリンゴが出てくる。
「はい、どうぞ」
「私からは何もないけど、水だったらウンディーネが幾らでも出してくれるわ」
「おぉ、助かるわ。お嬢ちゃんは召喚士か。久しぶりに見るわ」
「え?」
召喚士はすでに廃れてしまった職業。ほとんど覚えている人が居ないぐらいの不人気職業である。習得に時間が掛かる上に、たとえ召喚士レベル1になったとしても、その時点では戦えない。なにせ呼び出せる召喚獣がゼロだからだ。それなりの召喚獣を手に入れない限り、いつまで経っても役立たずである。
そんな事もあってか、召喚士はすでに忘れられた職業になっている、とリルナは認識していた。
にも関わらず、少女は『召喚士』を識っていた。
「あなた、何者なの?」
「ウチか? ウチは――」
少女はリンゴを齧りながら答えるのだった。




