~ノロイの魔女とノロイのサムライ~ 2
サヤマ城下街の東側に広がる商業区。
冒険者の店や食料品店、道具屋から武器、防具店など、果てはお土産屋まで、ありとあらゆる商業店舗が立ち並ぶ区間。その商業区を歩くのは住民や商人ではなく、冒険者が多い。
サヤマ女王が元冒険者だから、という訳ではない。ここサヤマ領を含めたタキグン地方には古い遺跡が多く、まだ未発見の遺跡もある訳だ。それを目当てに一攫千金を狙う冒険者が集い、この場所でひとつの街となった経緯がある。
サヤマ城から北には港町であるバイカラ、また近辺に商業都市であるダサンの街もあり、冒険者が経済の中心になっていた。
もちろん、それに合わせて治安が悪くもなるので(基本的に冒険者は荒れくれ者扱いされる事が多い)自警団や衛兵が設置される。他の国では住民と冒険者との揉め事が耐えない街もあるそうだ。
「え~っと、ここ?」
商業区の一角、少しばかりこじんまりとした建物の前でリルナは首を傾げた。そこは、武器屋や防具屋が立ち並ぶ通りの一番端の店。どちらかというとボロいと言える店であり、すでに看板は文字が辛うじて読める程度。まるで数十年も前からあるようなたたずまい。新進気鋭とはほど遠い、とてもじゃないが優良なイメージから懸け離れたお店だった。
「リトルヴレイブ……間違いない……」
カーラから教えてもらった店の名前と場所は、ばっちりと一致している。しかし、高い買い物ができるような店と言われただけに、どうにも不安が募っていった。
リルナの想像では煌びやかな装飾に彩られたお店だったのだが、よくよく考えればそんな派手な武器屋は存在しない。どこも無骨で無難なデザインの店ばかりだ。
「でも、カーラさんの言うことだから――」
嘘では無いはず。
意を決して、入口である扉を開いた。
カランコロン――と、ドアベルがリルナを歓迎する。
それと共に、リルナは思わず、
「うわぁ」
と、感嘆の声を漏らした。
外観は古ぼけた店だったが、その中は全くの別。色々な武器が所狭しと壁にぶら下げられ、立てかけられ、棚に収められていた。防具も同じく、飾られていたり、棚に並べられている。
そのどれもがかなりの出来栄えだというのが素人目にも分かった。剣の鋭さはもちろん、防具でさえも、その頑強さや精巧さが一目で見て取れた。
それらの武器防具に埃はいっさいとして付いていない。手入れが行き届いているのと同時に、客足の多さや店の実力を充分に示していた。埃をかぶった武器など、誰も買わないガラクタと証明しているようなものだ。カーラが紹介しただけに、店の主の実力は間違いなさそうだ、とリルナは思った。
「いらっしゃ~い」
キョロキョロと展示品である武器等を見ていると、突然に背中から声をかけられた。
「あ、は、はいっ?」
「どうぞどうぞ、遠慮なく見ていってね」
リルナに声をかけたのは、少女だった。少し肌の色は黒く、日焼けしたような色をしており、そのせいか薄桃色の髪が特徴的だった。少し眺めの髪を後ろで結い、垂らしている。服装は一般人の物だが、丈夫そうな革エプロンを着ており、彼女がお店の関係者であることを示していた。
「えっと? お手伝い?」
そんな少女の姿を見て、リルナは声をかける。
彼女の身長はリルナより低く、顔立ちも幼く見えた。だから、リルナは小さい子を相手するかのように、優しく微笑んだ。
「おっとと、その先を口にしない方がいいよ、お嬢ちゃん」
「お、お嬢ちゃん?」
幼い顔に似合わないクールな口調。ちっちっち、とばかりに人差し指を立てて横に振る日焼け少女。
「うんうん、お嬢ちゃんはお嬢ちゃんだよ」
なにやら自分より年下に年下扱いされるという、妙な事態にリルナははてなマークを頭に浮かべた。
「ふむふむ……お嬢ちゃんはカーラの所の所属だね。あの子の紹介でしょ?」
リルナが装備しているピンバッチを見て、日焼け少女は理解したらしい。
「あ、うん。そうだけど……」
「どうせ全く説明してなかったんでしょうね。かわいそうに」
おぉよしよし、とリルナは少女に頭を撫でられた。もう全く良く分からない扱いに、リルナは目を白黒させるしかない。そんなリルナを見かねてか、少女は苦笑しながらも自己紹介をした。
「私はドワーフ族のマイン・リューシンね。これでも38歳よ」
「さ、38歳!?」
目の前の少女が自分の3倍以上も生きている事実に、リルナは思わず声をあげてしまった。
「ほ、ほんと?」
「ドワーフ族は嘘をつかない。学校で習わなかった?」
「え、えっと……習ったような、覚えてないような……でも、たしかドワーフは背が小さいっていうのは覚えてる。あと、ヒゲ」
「あ、うんうん。ヒゲだよね、ヒゲ」
そういうマインの口元にはヒゲがない。ドワーフの特徴であるヒゲは男性のもの。女性の特徴は、彼女のように容姿が幼い事だった。
「私の場合は得に子供に見えるみたいでさぁ。昔は良かったのに、最近はさんざんバカにされてるっていうか、驚かれるっていうかさ。カーラも私より年下のくせに、私より大人ぶって。だから片腕になっちゃうんだよっていう話よ。ねぇ、まったく!」
何か怒りポイントに触れてしまったのか、マインは拳を握り締め、ギリギリと歯を噛みあわせた。
「あ、あの、マインさん? どうどう」
「ふぅふぅ……あ、ごめん。つい、昔を思い出しちゃって」
あはは~と笑うマインにリルナはバンザイをして、全面降伏を申し出た。
「絶対聞きたくないので、話さないでっ」
「え~、聞いておいた方がいいよ! カーラ・スピンフィックスの数々の悪行! サヤマ女王に匹敵するオテンバだったんだからね」
「聞きたくないですよぅ。カーラさん達ってレベルとんでもないじゃないですかっ」
「あはは。ということは、お嬢ちゃんはレベル低いのね」
そんなマインの言葉もあってか、リルナは自己紹介をした。それと共に、ここを訪れた切欠も説明する。
「ほほぅ、召喚士? 珍しいね。どういう戦い方するの?」
「基本的には後衛職です。魔方陣を展開して、召喚しながら戦う職業です。だから、武器じゃなくて、防具を……」
「まぁ、武器はその腰ので充分そうだしね」
リルナの腰にベルトで吊るされているのは倭刀だ。普通の剣は鋭利な部分で叩き切る、というものなのだが、倭刀は違う。まるで魔法でもかかっているかのように、刃に触れたものを切断する。切るのではなく、斬る。剣士にしてみれば、喉から両手が出てきそうな程の伝説級の武器だ。旧神話級の武器にはかなわないものの、それでも剣士たちの憧れではある。
「偶然手に入れた物です。え~っと、良かったら買い取ってもらえます?」
「冗談言わないで、リルナちゃん。店を畳んだって、そんなお金払えないよ」
「ですよね~」
今までどこの武器屋に行っても同じことを言われてきたので、少しの期待を持ったリルナだったが、結局は聞きなれた言葉が返ってきた。
伝説級であっても、彼女にとっては無用の長物。
リルナはガックリと肩を落とした。




