幕間劇 ~砂漠の吸血姫さま~
カッと照らす悪魔のような太陽の光。自分を絶命せしめんと降り注ぐ殺害光線をたった一枚の黒い布で防ぎながら、ヴァンパイア・ロードであるソフィア・ル=ドラク・クリアルージュはポツリとつぶやく。
「あ、あぶなかった……」
そんな彼女の隣で、冒険者然とした青年は同意するようにうなづいた。彼の名前はリュート・ル=ドラク・ブレイクルージュ。ヴァンパイア・ロードによって眷属となった唯一のしもべであり、姫を守るナイト、ヴァンパイア・ナイトだった。
「メロディちゃんとリルナちゃんと戯れにきたのに、もう少しで殺されるところだったわ」
「ソフィア様でも勝てませんか?」
「おまえは私を買いかぶり過ぎだ」
歩き始めるゴシックドレスの吸血姫に、慌てて吸血騎が後を追った。ヴァンパイアの弱点といえば太陽の光なのだが、彼女たちはモノともしていない。弱点を弱点のままにしておくなど、二流や三流の話だ。一流を超えたホンモノは、弱点を克服する。
「ほら、太陽が私の皮膚を焦がしたわ。いったい誰のせいかしら」
真っ白な腕をソフィアはリュートに対して差し出した。焦げた、といっても少し赤くなっている程度。どう考えてもわざとなのだが、リュートはうやうやしく膝を砂に付けると、おずおずと腕に口を近づける。
静かに赤くなった場所に口付けした。
「そう……いいわ。充分に冷えたわよ」
「も、もうすこし」
「調子に乗らないの」
スカートがめくれ上がるのも気にせず、ソフィアはリュートを足蹴にする。ヴァンパイア・ナイトはバランスを崩し、砂漠の窪地に落ちていった。
「そんなことでは神に消されるわよ、リュート。愛があるのなら、耐えなさいな。ほら、スカートの中身、見たくない?」
「見たくありません」
ぴらり、とソフィアが黒のドレススカートを手で持ち上げようとするが――リュートがそれを制した。窪地に落ちたはずなのに、一瞬で元の位置に戻ってきたらしい。
「こんなところで晒されてはソフィア様の御足が穢れてしまいます」
「それもそうね」
肩をすくめるソフィア。それに合わせてリュートは再び日傘で彼女を殺害光線から守った。
「それにしても、神に目を付けられるとは厄介ね。どうしようかしら」
「手を引いてはいかがでしょう? 彼女たちにソフィア様を害する力はありません。たとえ迫るとしても、あと10年は必要でしょう」
「おもちゃを手放せっていうの?」
はい、とうなづこうとしたリュートの体は再び窪地に落ちた。まるで滝つぼに落ちたかのように、砂が跳ね、舞い上がる。
「しかしですね、ソフィア様――」
ソフィアはリュートを蹴り落としたはずだが、彼はすぐに戻ってきていた。極超的なやりとだ。人間のそれを遥かに凌駕するやり取りのはずなのだが、どこか人間くさい。
「分かった分かった、分かりました。ソフィアはメロディちゃんに手を出しません」
「おぉ、分かって頂けましたか」
「クリア・ルージュちゃんは手を出すけどな!」
簡易的な変装をしたクリアの姿を見せる。マッパーという奇妙な職業は、すべてを見通す彼女のスキルがあってこそ。詳細な地図は、彼女の持つ黒い霧を紙に転写したものだ。もちろん、マジックバッグも偽者である。なんでも入るバッグではなく、中でクリアが直接生成しているに過ぎない。
退屈すぎたヴァンパイア・ロードは、人間のフリをして遊ぶ。お気に入りの少女を観察し、観測し、誘惑し、堕落させる。メローディア・サヤマをゆっくりじっくりと狙っていた。
「ソフィア様、神はその程度の変装でごまかせないかと」
「知ってるわよ、それくらい! まったくぅ。リュートもリュートよ。私の下僕だったら、神様くらい殺してみせなさい!」
「ご命令くだされば」
「よし、神殺しを達成したら褒美をくれてやる! なにがいい?」
「一日だけ、僕の娘になってください」
「おまえは天才かっ!?」
砂漠のど真ん中で。
吸血鬼たちはきゃっきゃうふふと戯れるのだった。
 




