~あぁ新米女神さまの冒険みたいな~ 12
真っ黒なサンドワーム。
その情報を聞いた一同は思わず天を仰いだ。なにせサンドワーム自体がモンスターとして破格の強さを持っている。砂の中を自由に移動する上に巨大な体。なにより丸呑みされてしまう大きな口と、巨体を利用した押しつぶし。レベルにして50を優に超えるモンスター。街の掲示板に討伐以来が出ていたが、恐らく別の固体だろう。黒いサンドワームなど、一目でネームドエネミーの仲間入りだ。
「サクラは勝てんと言っておったが……どうなのじゃ?」
サンドワームの怖さは未体験であるメロディ。レベルとはあくまで目安ではあるので、戦力と状況がそろえば勝てない相手ではないことも多い。現状の状況をあわせてメロディはサクラに聞いてみた。
「できれば依頼を放棄したいところやけど」
サクラは渋々と答えつつ、神様の姿を見る。小神フランジェリアはその視線を受けて、目を閉じる。逡巡すること数秒で、顔をあげた。
「できれば依頼の実行をお願いするわ。できるだけ協力する。魔力も限界まで供給するわ」
そう言うと、神様の体が薄く光をはなつ。ふわり、と感じた冷たさ。恐らく神様の魔力が冒険者たちの体を包んだのだろう。太陽の光に焦がされていた肌のジリジリとした感覚がやわらいだ。
「人数なら増やせるよ。なんならホワイトドラゴンも」
横になっていたリルナが起き上がる。魔力供給のおかげで気分が良くなったのか、顔色は元に戻っていた。
「ホワイトドラゴン?」
フランは奇妙な声をあげた。もっとも、それは仕方のないこと。ホワイトドラゴンと仲の良い人間というのは考えられない事実だし、それがルーキーランクの冒険者が呼び出せるとは思わなかった。
「これでも召喚士なんだからっ」
えっへん、とリルナは胸をはる。ほぉ~、とフランはなおのことお願いする、という視線をサクラへと向けた。
「全力でいくんやったら、空からやな。せやけど、さっきみたいに倒れられたら全員がアウトになるで」
「分かってる。でも、見えているのなら死なせはしない」
送喚は一瞬で終わる。それこそ、サンドワームに丸呑みにされた直後ならまだ間に合うだろう。押しつぶされそうになった場合もタイミングによっては間に合う。
そのためには常に戦場を監視している状態が必要となる。
位置取りが重要だった。
「――となると、死んでもいいもんが囮やな」
みんなの視線がようやく落ち着いた玲奈へと集まる。
「わ、わたしかネ」
「だいじょうぶっ! 玲奈ちゃんだけじゃなくて、真奈ちゃんと桜華ちゃんにも死んでもらうからっ!」
「……ひどい召喚者がいたものネ」
ひどい話だ、と玲奈は肩をすくめる。しかし、快諾した。
その理由は一重に『経験』だ。言ってしまえば死ぬような経験など、人生においては一度味わうのみで終わってしまう。蘇生魔法では、死ぬ前の記憶はどうしても失われてしまうものだ。
つまり、召喚術こそが唯一の経験方法となる。格上との戦闘経験は冒険者であればノドから手が出るほど欲しい。しかもしれば安全が保障とされているとなれば尚更だ。
「そうと決まれば!」
リルナはさっそく魔法陣を連続で描いていく。それぞれの情報を神代文字で刻み、シンボルを中央に刻み込むと、次々と召喚していった。
蛮族、ダークニゲンである薫風真奈。ダークエルフの神導桜花。そしてダークドワーフの天月玲奈を加えた蛮族冒険者チーム。
「状況は分かったわ。それで、神様?」
真奈は少しばかり胡散臭そうにフランへ話しかける。当たり前の話だが、神様が普通に地上にいるっていうのがそもそも信用できない。特殊すぎる状況だった。
「ん? なになに?」
しかもフレンドリーっていうのが気になるところだが、その神々しさはホンモノ以外に有り得ない。いろいろと噛み砕いて溜飲した真奈は、自分たちにも加護を申し出た。
「召喚された者にも加護を送れるのかしら?」
フランはそう言いながらも真奈、玲奈、桜花に加護を与えてみる。どうやらうまくいったらしく、三人にも魔力共有された。
「心地いい……」
リルナは冷たいと感じた魔力だが、真奈にとっては心地よいみたいだ。玲奈も桜花も違和感がないらしい。
なにより魔力量が増えて嬉しいのは後衛である桜花。精霊使い、というレアな職業の彼女だが、砂漠では役に立てない。なにせ、砂は無の世界。精霊の住める環境ではなかった。
なので――
「よろしく頼みますわ」
「おう、いくらでも使ってくれ!」
「協力はおしまないわぁん」
大精霊のウンディーネ、サラディーナ、ノルミリームが両肩と頭の上に陣取る。
「よ、よ、よろしくお願いします」
神様の魔力で支えきれるかしら、とちょっぴり恐怖するのだった。
「……あつい」
そんな中で真っ黒なローブと魔女の帽子をかぶった魔女レナンシュがぼそりとつぶやく。そんな魔女娘をサクラはまぁまぁとなだめながら、作戦を語った。
もちろんそこには、
「くわぁ~」
と、大口であくびをするホワイトドラゴンのリーンもいる。
「――っていう作戦やけど。なにか異論はあらへんか、リーン殿?」
「作戦っていうより行き当たりばったりだね」
そう言われてしまっては元も子もない、とサクラは肩をすくめる。
「じゃ、他に案はあるんか?」
「ボクだけが単身で突撃し、撃破する」
「やってくれるの、リーン君っ!」
と、リルナが瞳をキラキラと輝かせたが、そんなリルナの頭をリーンは思い切り大口で挟み込んだ。
「ぎゃああああああ、牙がこわいーっ!」
「面倒だから絶対にやだ。だから、その適当な作戦でいいよ」
「難儀な性格をしているんだな、ドラゴンさん」
と、リーンに言ったフランだが、じろりとにらみ付けられて視線をわざとらしく外した。
「怒られてもしらないよ?」
「しかし、その時にはすでに私はひとつ格が上がるのだった。はっはっはー」
神様は神様で思惑があるらしい。その内容はリーンには分かっているようだが、害はないのか、放置するようだ。
「あいたたた……もう、ひどいなぁ」
牙が食い込んで血が出ていないか確かめたリルナ。無事を確認すると、腰につけていた倭刀をメロディへと渡す。
「これ、使って」
「分かった。ありがたく使わせてもらうぞ」
バスタードソードよりも短いが、それでも伝説級。マジックアイテムでもない剣よりよっぽど役に立つだろう。
「準備はええか? ほんならまぁ、適当に」
そんなノンキな挨拶のあと、サクラは自分の倭刀を掲げた。それに合わせて真奈たち蛮族チームは各々の武器をサクラの倭刀に重ねる。
それを見てメロディも倭刀を掲げ、レナンシュも杖を掲げた。
「え、え~っと」
残念ながらリルナは武器がないので、手をあげる。
「が、がんばろー!」
「おー!」
砂漠の真ん中で、少女たちの決意の言葉が響くのだった。




