~あぁ新米女神さまの冒険みたいな~ 10
天月玲奈はダークドワーフである。蛮族側に付いたとされる種族の肌は、基本的には白い。ドワーフといえば小さな体という印象だが、それにプラスして浅黒い肌という点もあった。しかし、ダークドワーフである彼女は、色白の幼い少女にしか見えない。
真っ白な肌は砂漠ではジリジリと肌を焼くらしく、ひぃ、という声を噛み殺して真っ黒な砂漠を探索する。
リルナたちが取った作戦は単純なものだった。まずはなにより根源である魔神の位置を把握すること。そして、それがどんな魔神なのか確かめること。
それらを託されたのが彼女、玲奈だ。盗賊という職業を習得している彼女ならば、砂漠の中でも比較的自由に動ける。そんな判断を受けて、彼女は快く引き受けた。
「引き受けたけど、これは厳しいネ」
慣れない共通語で悪態をつく。蛮族語とドワーフ語で育ってきた彼女は、まだまだ人間種が扱う言語を覚えたて。特にイントネーションが慣れないし、語尾の選択が難しいらしく、最後に『ネ』を付ければなんとなかなる、という妙な覚え方になってしまっていた。
砂漠の砂の上を足跡もつけず、起用に跳ねるように移動する様はウサギにも見える。照り返す太陽の光に顔をしかめながら神様に伝えられた方角へ走り続けた。
「ん」
ざわり、と背中があわだつ。なにか、嫌な予感を感じて玲奈は足を止めた。初めて黒い砂がくずれ、彼女の足が埋もれる。
静かに周囲を見渡すが、なにもない。見えるのはどこまでも続く黒い砂の世界だ。
その場にしゃがみ、より一層と周囲に集中する。
「――」
それは単純な〝勘〟だった。
嫌な予感がする。たったそれだけのことだ。信用できる要素でもなんでもない。
しかし、特に盗賊職を修めた者は、それを信用する。鼻で笑わない。
直感と表現されるものには、裏打ちがある。
それは、違和感と表裏一体だからだ。なにか通常ではなく、様子がおかしい。それが視覚情報や聴覚、なんなら嗅覚や触覚を使って感じ取り、そして判断する。
なにかがおかしい。
だから、警戒する。
その制度が、ズバ抜けて高く見抜けるのが盗賊の仕事とも言えた。
「なにも無い?」
つぶやく。
その声に反応する者はない。
目の前には丘陵が続く、その谷。黒い砂のせいか、影となっている部分は何物も反射しないかのような、無に近い黒色に思えた。
ぞわり、とする。
なにか本能がそこへ近づくな、と訴える。
ただの気のせいだ、と冷静な自分が言うが、玲奈はそれを無視した。理論より本能を信じる。だから、受け取った水筒を無の黒へと投げ入れた。
なにも無ければ取りにいけばいいだけの話だ。
しかし、その水筒は永遠に回収不可能となる。
「ッ!?」
砂が割れた。
まるで底の抜けたバケツのように、砂が落ちていく。
どこへ?
「サンドワーム!?」
大きく丸い口へ。するどい牙が並ぶ丸い口が砂ごと水筒を飲み込み、そして大きく鎌首をあげた。
砂漠で一番会いたくないモンスターといえば、みんなが口をそろえて言うのが、このサンドワームだ。言ってしまえば巨大なミミズなのだが、その大きさは簡単に人の大きさを越える。簡単に一飲みされてしまう大きさで、砂の中を自由に動き回る不思議な魔力持ちだ。
足を取られ自由に動けないこちらとは別に、まるで水の中を動くような警戒さを持っている。詳しくは分かっていないが、恐らくは魔力を利用しているだろう、という研究もあった。しかし、それがなんの役に立つか、と言われればなんの役にも立っていない。
なにせ戦うより逃げることが優先されているモンスターだ。特に厄介なのが、サンドワームの待ち伏せである。砂の中で大口を開けて通りかかる獲物を待つスタイルは、一般人には判別不能。それこそ専門職である盗賊がいないと危ないどころではない。出会った瞬間に飲み込まれてしまうのであれば、サンドワームの生態がどうのこうのと言っている意味がないからだ。
「ぎゃあああああああああ!」
今までの静けさはどこへやら。玲奈は全力で逃げ出す。その後ろをうねりながら追いかけてくるサンドワーム。本来は茶色や赤に近い皮膚を持つサンドワームだが、玲奈を追いかけるそれは真っ黒だった。加えて突起物があり、良くみればそれは人間の指だと確認できた。手ではなく、指だけが生えている。
「×××××ー!」
ついにはドワーフ語で叫びながら玲奈は走る。盗賊独特の足運びは砂の上でも遜色ない。足を取られれば最後、すぐ後ろにせまるサンドワーム魔神の口の中。まるのみされるか、押しつぶされるかが待っていた。
「×××! △△△! タスケテ!」
ドワーフ語、蛮族語、共通語で叫びながら、天月玲奈は全力で魔神から逃げるのだった。




