~あぁ新米女神さまの冒険みたいな~ 6
見渡す限りの砂の王国。
足を取られ、埋まり、行動を阻害される世界。生命の重要な要素である水が存在せず、ともすれば死の世界と同義となる砂漠。
そんな砂漠において、目標地点に辿り着けたのは僥倖というよりも経験の成せる業、と言えた。
「ここやな」
トトリ女王が夢で見た場所。
そんな曖昧な情報を元に精査され、偵察され、確定された場所は、やっぱり砂漠のど真ん中であり、かろうじて岩だけが存在する場所だった。
「ほんとにココ?」
目印らしい岩、といっても石と変わりないほどしか見えず、リルナは思わずサクラに聞いた。間違いないと思うけど、とサクラは肩をすくめる。確証はあるが自信はない、といったところだろうか。
「ふむ」
ふたりを尻目にメロディは目印である岩を掘り起こしてみる。日々刻々と風によって姿を変える砂漠なので、岩は砂に埋もれていた。ざっざざっざと砂を掘ってみると、それなりに大きな岩ではあるらしい。先端のみが見えている状態だが、すぐ下は横に広がっている。尖った部分だけが見えているのか、はたまた巨大すぎる楕円の先端なのかは判断がつかない。
「まぁ、適当な依頼じゃしのぅ。間違えていたらその時じゃ」
「そんなんでいいのかなぁ」
「ええんやないか? なんせ夢の話やからな」
確かに、とひとまず全員で肩をすくめておいた。確かにこんな場所に神殿を建築するのは不可能だ。資材を運ぶだけで死人が出かねない距離ではあるし、こんな仕事を請ける大工すらいないかもしれない。
女王にとって召喚士は渡りに船だったし、冒険者にとっては丁度良い仕事だった。
「じゃ、送還陣を描くね」
岩を基準にして、リルナはペイントの魔法で魔法陣を描いていく。お城で描いた魔法陣よりも一回り大きな円を描いていくと、情報となる神代文字を記述していった。最後、中央に大きく文字を描くと、ふぅ、と息をついてから魔法陣の外へと出る。
「これで大丈夫かな?」
一応三人は魔法陣の周囲を確認する。もし、砂が崩れでもしたら神殿は傾いてひっくり返るかもしれない。いずれそうなってしまう可能性もあるが、召喚したところでそうなっては、なんとなく申し訳がないので、そこは厳重に調査した。
「大丈夫やろ」
「問題ないのじゃ」
「は~い。じゃ、いっきまーす」
ほい、とリルナは指先に魔力をこめて召喚陣に触れた。その魔力が循環するように陣へと流れると円と神代文字が光っていく。全てに光が宿ると、そこにお城で建築されていた神殿がまるまる一軒、召喚されてきた。
ズン、と重く沈み、グラリと揺れた時には一同の肩を跳ね上がったが、傾いたりひっくり返ったりはしなかった。多少は斜めになっているかもしれないが、それは目に見える範囲ではなく、中で球を転がして分かる程度だろう。
「成功だっ!」
「お~」
ぱちぱちぱち、とリルナとメロディは手を叩いた。とりあえず確認、とサクラは神殿の扉を開ける。中はもちろん簡素な作りであり、どこの神殿でもある椅子や机などは無い。最奥に立つ神様の像の位置は空白ではあるが、一応は台座が用意されていた。
窓からは照りつける太陽の光が白く神殿の中をうつし、影の部分とのコントラストを深めている。召喚したてだからか、中の空気はトトリ城のまま。すこしヒヤリとした空気は神々しさを感じさせた。
「……当たり前だけど、なんにもならなかったね」
神様が不在の神殿。
ちょっとの奇跡が起きて召喚されてきた神殿の中に神様が待っているんじゃないか、とリルナは思ったけれど、現実にはそんな事は起こらなかった。
誰もいない神殿の中というのは、ちょっぴり哀愁も感じさせる。自然と無言になってしまった一同は、最奥の台座まで進んだ。
「……」
自然と上を向く。もちろん見ているのは天井ではなく、空だ。そこは神様のいる場所。光り輝き、生命を育む太陽こそが神様の住む天界。姿も名前も分からない神様が女王に告げたのは、幻だったのか。神の奇跡も起こらず、神殿の中はシンと静かなままだった。
「……依頼は完了やな。帰ろか」
「そうじゃな」
「……うん」
神殿の中で休憩していっても良いが、すぐに中は高温となるだろう。それよりは神殿の外の影で休んだほうがいい。
三人が外へと向かうために踵を返す。何も無い部屋から出るように、外へと向かうドアに手をかけた時――
コトン、
と、小さな物音が聞こえた。
なんだ? と、リルナが振り向くと、そこにはひとりの少女。影になり、白と黒のコントラストだったはずの神殿の中がすべて光に染まっている。白に染まった中で、台座の上に少女は着地した。
そう、まるで空から降りてきたように着地した。
リルナやメロディとそう変わらない身長に、浅黒い肌。髪は深い色の紫をしており、それをポニーテールに結っている。黒い布で小さな胸を覆っただけの上半身とは違い、下半身は装飾豊かなズボン。刺繍が施された色鮮やかな布が左右に垂れており、靴は履いておらず、裸足だった。
シャラン、と鳴る音は少女が見につけている腕輪から。ふわり、と重力に引かれて髪や服が揺れると、少女は大きく息をつく。
まるで初めて呼吸したように。
まるで生まれたばかりのように。
まるで産声をあげるように。
少女は息を吐いた。
「なっ――」
声をあげたのはリルナだったか、メロディだったか、はたまたサクラだったか。少女の声はすぐに消える。なにより驚きが全てを上回り、なにもかもを放棄してしまったのだ。それが自分の声だったのか、仲間の声だったのかの判断も放棄して、台座の上に立つ少女を見る。
どこかトトリ女王と似ている少女。
踊り子のような、そんな衣装を着た少女。
影の無くなった世界で、その少女はようやく瞳を開けた。
その瞳は、恐ろしい程に澄んだ蒼色をしていた。まるで濁りのない、無垢なる瞳。生まれたばかりの赤ちゃんと同じ瞳で、三人を見下ろす。
「あぁ――」
開いた口から漏れ出る声。震える空気が歓喜に打ち震えるように、その言葉は耳にまで届いてきた。
「ようやく顕界できたわ」
少女は笑う。
リルナたちを見下ろして、笑う。屈託の無い笑顔で、まるで世界に感謝するように、無垢なる笑顔を見せた。
彼女は何者か?
そんなもの、聞くまでもない。
「神さま……」
思わずリルナはつぶやいてしまった。
それに対して、少女――神さまは応える。
「うん、神殿を建ててくれてありがとう!」
間違いなく。
その少女は天から、太陽からやってきた神様だった。




