~あぁ新米女神さまの冒険みたいな~ 3
褐色の肌に黒く長い髪。さらりと流れる様は、まるで水のようだった。加えて、しゃらりしゃらりと音を立てる装飾品たちは、それひとつで一般市民が半年は暮らせるような一品ばかり。それでいて下品ではなく、そのひとつひとつがトトリ女王を称えるかのように似合っている。スラリと伸びた手足、大胆に露出した腰には無駄な贅肉など欠片も存在せず、美をそこに集結させて鍛え上げたかのような、美しさだけで神に成れる、そんな女王がゆっくりと入室した。
トトリ女王はそのまま王座に座ると、膝をついて頭を下げる冒険者を見る。リルナは慌てて目をふせるが、恐らくバレてしまったのだろう、トトリ女王は口角をあげた。
「良いぞ、別に頭を下げんでも」
トトリ女王の声に、ほぅ、とリルナは顔を上げる。しかし、隣のメロディとサクラは下げたままなので、慌ててもう一度頭を下げた。
「ぬしらは冒険者であろ? ましてや妾の国の民ではない。堂々としているほうが、妾も気が楽じゃ。ほれほれ、遠慮なく頭を上げよ」
そこでようやサクラの動く気配を感じてリルナも頭を上げる。失礼なこと、無礼を働いたところで殺されるわけではないが、やはり相手は王族。貴族とはまた違った緊張感があり、リルナは内心で目をぐるぐると回した。
「……うーむ、しつこいのぉ。お主もいいぞ、メローディア姫」
トトリ女王の言葉にリルナは横を見る。メロディは未だに頭を下げたままだった。
「いや、しかし……妾は貴族なので立場があるので」
メロディは一領主の娘という立場であり、王族との関係は一般民よりも深い。国からの地方自治を任されている身であり、王族の国民から税を得て生活している。たとえ別の国の王であっても、やはり立場の差は歴然としており、特に等しい間柄でなければキッチリとしておかなければ、あとで色々と禍根を生む可能性もあった。
「ハッキリ言うがメローディア姫よ。お主がどんな失礼なことをしても、妾はお主の母親に文句を言う勇気はないぞ?」
「……確かに」
そこで納得するのもどうかと思うが、納得させてしまう要素があの母親にはあった。娘の礼儀を問う問題を伝えれば、なにが起こるか分かったものではない。
「それに妾は冒険者として三人を呼んだのじゃ。それともなにか、お主は冒険者の前に領主の姫だとでもいうのか?」
ニヤリとトトリ女王は笑う。
対して、顔をあげたメローディア姫は、ほぅ、と息を吐いてニヤリと笑った。
「話の分かる女王様じゃのぅ」
「ふふ、同じ『妾仲間』ではないか。仲良くしようぞ」
独特の言葉遣いな女王とお姫様。その点では共通していたようで、ようやく落ち着いて話が出来るようになった。
「それで、トトリ女王様。ウチらにどんな依頼があるんや?」
冒険者は冒険者らしく、というわけでサクラはいつものように独特なイントネーションで離す。それを見て、リルナもようやく平常心を取り戻した。
「なに、簡単な依頼じゃよ。お主らには砂漠のとある地点に行ってもらいたい。なんならひとりでもいいんじゃが……」
と、トトリ女王の視線がリルナへと向く。
リルナは思わず自分を指差して、
「わ、わたし?」
と聞いた。
「うむ。聞けばそなたは召喚士という稀有な魔法を使うそうではないか」
「い、いちおー……ですけど」
「謙遜するな。誰にもマネできぬことは、それだけで武器になる。だからこそ、妾はお主たちに声をかけたんじゃがな」
くくく、とトトリ女王は笑った。
「そ、それで、どんな依頼ですか?」
「召喚士リルナよ。お主の召喚術とやらで砂漠のとある地点に運んで欲しいものがある。たったそれだけの簡単な依頼じゃよ」
「え~っと、召喚術にも制限があって、人間とか生き物とか無理なんですけど」
「分かっておる。無生物、あるいは無機物である場合は召喚陣から召喚陣への移動が可能、であろ?」
「う、は、はい」
トトリ女王は召喚術を知っていた。ただし、それは昔からの知識ではなく、現在において入手した『情報』だろう。
秘匿していたわけではなく、リルナは堂々と召喚術を使用している。その意味は、普及のためでもある。なので、トトリ女王が知ってくれているのは嬉しいのだが、その反面、不気味にも感じられた。
「国という存在の情報収集力はこんなものじゃよ、召喚士。盗賊ギルドを使うのはなにも冒険者だけではないぞ」
「そっか。そうですよね」
盗賊と聞いてタヌキの獣耳種であるサッチュを思い出した。眠たそうな瞳でぼーっとしている風の彼女だったが、学校時代から情報通であり、あらゆる情報を持っていた気がする。もっとも、ハッタリだった可能性もあったが、リルナには見破れなかった。
「それで、なにを召喚すればいいんですか? 準備がありますので色々と知りたいんですけど」
「神殿じゃ」
「……え?」
「神殿をひとつ、砂漠のど真ん中に置いて来て欲しい」
「いやちょっと意味が分かんないです」
「じゃろうな」
リルナの素直な感想にトトリ女王はケラケラと笑った。
「妾も疑心暗鬼なんじゃがなぁ。ちょっとした夢を見たのじゃ」
「夢?」
「うむ。神様が出てきて言うんじゃよ。砂漠のこの地点に神殿を建てよ、とな。わざわざ夢の中の妾を連れ出してその地点を見せおってのぉ。部下に調べさせたら確かに夢の情景と一致しておる。たかが夢と無碍にするには、ちょっとばかり気になってしまっての」
「夢のお告げか。トトリ女王は神官なのか?」
メロディの質問に女王は首を横に振る。
「残念ながら妾は今まで神の声を聞いたことがない。そもそも、その夢に出てきた神は、どの神官に聞いても一致しないのじゃ。神官魔法が使えるようになっているわけでもない。しかし、どうにも気になってしまってのぅ」
「それでウチらに、という話か」
サクラの言葉に女王はうなづいた。
「うむ。そもそも砂漠の真ん中に資材を運び、神殿を建てるなど不可能じゃ。たとえ小さな神殿であっても、死人が出るやもしれん。そんな危険なことを頼める者も酔狂な者もおらんしのぅ」
トトリ女王は肩をすくめた。
熱い日差しの中、砂漠での作業は一般民にとっては危険な行為だ。体の強い蛮族すら生活できない砂漠で、なにも無いところに神殿を建てる。無理をすればできなことはない。しかし、たかが夢といえば夢。もしかしたら偶然の一致、ということもある。そんな不確かなことに国民の命や資材を運ぶためのランバードを潰していいか、と問われれば、満場一致でノーとなるのは当たり前のことだった。
「神の言葉ではあるが、無視をするか。とも思ったが、ちょうど召喚士が我が国に来ているとう情報があっての。この事は、お主らに任せることにした。どうじゃ、受けてくれるか?」
「は、は――」
「依頼料はいくらや?」
はい、とリルナが答えようとするが、その前にサクラが口を挟んだ。
「おっと冒険者には重要なことじゃったな。前金として一万払おう。成功報酬は五万じゃ。どうじゃ、これでも足りぬというのなら、妾のポケットマネーから出すが」
今はポケットがないがのぅ、とトトリ女王はそう冗談を言って肩をすくめる。
「充分や。それ以上もろたら後が怖い」
依頼料に満足して、サクラは上機嫌に返事をする。メロディも文句はなく、リルナもそれでいいんだったら、とうなづいた。
破格の値段にも思えるが、女王側からしても破格だろう。なにせ、命の値段にしては安い。加えて、リルナたちが失敗したとしても、別に困りはしないのだから。一万ギルでたかが夢だったと割り切れれば充分な話だろう。
「交渉成立じゃな」
「はいっ!」
トトリ女王は立ち上がってリルナたちに歩み寄ってくる。それに慌てるように少年メイドが動こうとしたが、女王はそれを制止する。
「たかが握手じゃ、問題ない」
そう言われてしまってはメイドさんも動けなくなる。なんだか申し訳ないな、と思いつつもリルナは女王陛下と握手するのだった。




