~名前があると強いんだって~ 12
リルナの前におずおずとブレイク・マッシュは1ギル硬貨を置いた。ご丁寧にも、その両目を片手で隠しながら。
というのも、オアシスに落ちたリルナはやっぱり下着姿になっており、メロディといっしょに並ぶ姿は少々魅力的。
「こうやって並ぶとワザと水に落としたように思えるのぅ」
「あはは……」
メロディの一言に全力で首を振るキノコのお化けに苦笑しつつ、リルナは1ギルを受け取った。宿代の足しにはなるだろう。全額をまかなえないのが悲しいところではあるのだが、贅沢は言ってられない。
「お二人とも、素晴らしい戦いでしたわ。あ、服を乾かすのはこちらの木の棒へ」
ぐっしょりと濡れた服を、まさか砂の上に置いておくわけにもいかない。メロディはバスタードソードの鞘に引っ掛けていたが、リルナの服のスペースはない。というわけで、ニヤニヤキラキラと戦闘を堪能したクリアがマジックバックからにょろりと長い木の棒を出した。
「便利だねぇ。ありがとっ」
リルナの服とせっかくなのでメロディの服を棒に引っ掛けて斜めに立てる。ヒラヒラと風に揺れ、暑い夏の日差しがすぐに水分を蒸発させてくれるだろう。
「リルナちゃんは目がいいんですわね」
「えっ、うひゃぅ」
クリアはリルナの顔を覗き込む。顔、というより瞳のほうが合っているだろうか。目と目を直接付ける勢いでクリアが迫ってきたので、リルナは思わず仰け反った。
赤い瞳には金色の虹彩。その美しい輝きは怪しい魅力にも思えるが、綺麗なほどに不気味さも感じる。改めてクリアの瞳をリルナは見ると、なにやらほんわりと身体が温まるのを感じた。
「訓練学校時代にも褒められたんだけど……盗賊職の才能があるみたい」
「シーフですの? なるほどなるほど、それで目がいいんですわね」
そういってクリアは改めてリルナの全身を見る。といっても、今は下着姿。そんなリルナをマジマジと見つめて、くふふふふ、と赤くなって笑えば怪しい雰囲気は抜群となる。
「な、ななな、なに?」
リルナはちっちゃな胸を腕を組んで隠しながら内股に足をゆがめた。
「いえいえ。メロディちゃんが大好物と思っていましたが……なかなかどうして、リルナちゃんもしっかり食べれば美味しそうですわ。そう思いまして見ていました」
「言わなくてイイ! 言わなくてイイよ~っ!」
ひぃ、とリルナはメロディの後ろへと隠れる。そんな召喚士を前衛らしく守るように、メロディはクリアの視線に耐えた。
「まぁ、妾はもう慣れてしまったのじゃがな」
「あらお姫様。ではもうワンステップ踏み込んでも良い、というお誘いですわね!」
「嘘ですごめんなさい! いやー、クリアちゃんと視線はトッテモ恥ずかしいナー! なのじゃ」
ひぃ、と少女ふたりが悲鳴をあげる中で、サクラは苦笑しつつ準備運動を終えた。
「ほいっと。待たせたな」
サクラはブーツを脱ぎ捨て、装備のほとんどを外す。篭手や胸の鎧を外すと、下の服が露になった。それは大陸風の伝統的な衣服であり、キモノと呼ばれている。その裾をまくりあげ、下着が見えるギリギリのラインで固定する。
「おほっ」
と、声をあげたのは観衆か、はたまらクリア・ルージュだったか。妙なイントネーションで中身と正体が爺ということを除けば超が付くほどの美人であるサクラ。その白い太ももが見えただけで、数枚の硬貨が投げ入れられた。
「……そのお金はウチのもんやんな」
「……(こくん)」
数秒ほど悩んだ結果、ブレイク・マッシュはうなづく。と、同時にサクラはギリギリのラインからもう少しだけ裾をあげた。
「もう、お金に魂を売った亡者のようじゃの。あーいう輩を貴族にしてはイケナイと、母上から教えられたぞ」
「わたしもそう思う」
「その通りですわね」
仲間から散々の言われようだが、残念ながらサクラの耳には届いていない。湯水にように使ったお金は戻ってこないので、自分の身体で稼ぐしかない。
「それやるんじゃったら、初めから娼婦になっておれ」
「そうだそうだっ!」
「色欲魔王!」
「う、うるさい外野やなぁ。まぁサービスはこの辺が限界やな。これ以上は脱いだほうがマシや」
サクラのつぶやきに、それは勘弁してください、という表情を浮かべる快活紳士。
「お前さんもマジメやのぅ。安心し。ウチは元より男や。しかも爺やで。ぱんつ見えたり、おっぱい見えても恥ずかしさの欠片も無し。お前さんも遠慮なく、そういうつもりで戦ってや」
つまり、手加減はいらない、というサクラの言葉だ。
それを理解したらしく、ブレイク・マッシュはうなづく。
「さぁ、はじめよか。ウチが気に入ったら、ようさん報酬を頼むで!」
サクラはリルナと同じく半身に構える。違うのはそこから腰を落とし、左手の手のひらを前にした構え。体重はやや後ろへ。右手は後ろ腰にそろえ、両手の親指を折り曲げる。その独特な構えに、周囲は一気に緊張感が高まる。ワイワイガヤガヤと少女たちのストリップ姿に盛り上がっていた男性たちですら、ピンと張り詰める冷たい空気に黙らざるを得なかった。
太陽はカンカンに照っている。本当はジリジリと肌を焼くほどに熱いはずの光が、なぜか冷たく感じるほどの圧。それはサクラからだけでなくブレイク・マッシュからも感じられた。
彼の筋肉が盛り上がる。今までが本気ではなかったかのような証明だった。爆発する力を押さえ込むように肥大した筋肉は、すぐに収まる。しなやかに、美しく。まるで無駄の無い身体は、モンスターゆえの完成形か。
歩くキノコとして誕生した彼が、ブレイク・マッシュと名づけられた成果。
「――」
「うむ」
言葉なき戦闘開始の合図が、お互いに了承された。




