~パペットマスター~ 10
翌日。
リルナの姿は自警団本部の建物にあった。
石造りの立派な建物はそれなりに掃除が行き届いているらしく、サッパリとした雰囲気がある。だが、自警団本部という無骨な使用目的の為に調度品の類は一切としてなかった。せいぜい使い古された武具が飾られている程度だ。
リルナは昨夜のパペットマスターの件をパトロール中の自警団員に話した。みるみる険しくなる自警団員の表情に不安を覚えつつ、話し終わるとその自警団員に連れられてあれよあれよと話は進んでいく。
幾度か同じ話を何人かに話したところで、最終的にある部屋へと通された。それが、現在リルナが居る部屋、『自警団隊長室』である。
自警団の団長ではなく、隊長?
なんていう妙な考えを抱きつつも部屋に入ると、そこは書類の山だった。大きな机にはこれでもかと書類が積まれ、あちこちに紙の束が置かれている。
「あぁ、すいません。少々待って頂けますか?」
そんな紙の向こうから声が聞こえてきたので、リルナは生返事を返す。どうやらとても忙しいらしい。大変だなぁ、という感想を抱きつつキョロキョロと部屋の中を見渡すと、かろうじて無事だったソファを発見。紙束に領土を侵される前に、彼女はそこへ座ることにした。
「うわ、埃っぽい」
しばらくは使われていないソファ。舞い上がった埃と格闘していると、一段落つけたらしい部屋の主が反対側のソファの紙束を床へと降ろした。
「すいません、色々とお待たせしました」
「あ、ぜんぜん待ってないですっ」
リルナは慌てて立ち上がり、にこやかに笑う青年の姿を見た。
年齢はリルナより高いだろうが、それでも幼さを残した顔立ちをしており、銀色の髪を無造作に切り揃えていた。
どう見てもイケメンなのだが、残念ながら目つきは少々悪かった。それというのも、彼の目の下には少し深いクマが出来ており、そのせいなのはありありと見て取れる。彼に少しでも休みを与えれば、翌日には結婚できるかもしれない。
ラフな麻の服に革のパンツという出で立ちだが、腰には長剣を二本挿せるホルダーがある。その長剣は壁に立てかけられており、彼が間違いなく戦闘職であることを思わせた。
「隊長さんですか?」
「いえ、僕は副隊長のローウェン・スターフィールドと申します。隊長は色々と……いえ、なんでもありません」
「?」
何か言いたそうなローウェンだったが、言葉を切ってリルナに握手を求めた。リルナは疑問を浮かべながらも握手をしておく。
「それで、昨夜にパペットマスターに襲われたということは本当ですか? え~っと――」
「あ、リルナです。リルナ・ファーレンス。冒険者です」
「冒険者のリルナさんですね。それで、どういった状況だったのでしょうか?」
リルナは本日何度目になるのか分からなくなったパペットマスター襲撃事件のあらましをローウェンに話した。もちろん、裸云々の見られた話はカットして。あとホワイトドラゴン召喚も黙っておく。
「なるほど、合点がいきました」
「がてん?」
「えぇ。リルナさんは街に入る時、検査を受けませんでした?」
「あ、受けた。それと何の関係が?」
「ここ最近、冒険者が暴れる謎の病気。いえ、病気と思われていた事件、と言い換えましょう。暴れた冒険者は必ず所持品を失くしていました。同時に恐ろしく混乱をしており、支離滅裂な言動ばかりだったのです。お陰で謎の奇病とばかり思っていました」
「は、はぁ……」
「ですが、パペットマスターがこの街に潜伏していたとなれば話は別です」
「えっと……そのぉ、パペットマスターって有名なんですか?」
「おや、ご存知ないのですか?」
ローウェンは少し驚いたようにリルナを見た。
「170万ギルの懸賞金がかかった賞金首ですよ。冒険者の中でもバウンティハンターと呼ばれる方々が躍起になって探して回っています。未だにその姿を見た者は居ないとか」
「ほ、本物だったんだ……」
あのヘンタイ野郎! とばかりにリルナは拳を握り締める。
「とりあえず、こちらをどうぞ」
ローウェンは懐から革袋を取り出す。リルナはそれを受け取ると、少しばかりずっしりとした重さに驚いた。
「これは?」
「パペットマスターの目撃情報による賞金の100ギルです」
「ほわっ!?」
リルナは思わず袋を手放す。ガチャリというずっしりとした音が部屋に響いた。
「な、ななな、なん、なんでですのん?」
「パペットマスターの首には、それほどの賞金がかけられているという訳です。今朝、リルナさんの報告から、すでに街中の冒険者が動き出しているでしょうね。情報には価値があります。例えリルナさんがそのことを知らなくても」
「そ、そうなんだ……これは自警団から出るお金?」
「いえ。国王からです。あ、より正確にはヒューゴ国だけでなく47の国々から出るお金となりますね」
「パペットマスターって何やったの?」
ヒューゴ国だけでなく、全島の国々から恨みを買う程の大悪党。とてもそうは見えなかった上、慇懃で飄々としたイメージに、リルナの頭はクラクラとする。
「言うならば、全てでしょうか。小さな罪から大きな罪まで。子供騙しの犯罪から、国王の逆鱗に触れるところまで。何の目的があるのかサッパリと分からず、やることの規模がバラバラなものですから、まるで予想もできない。パペットマスターが捕まらない理由でもありますね」
そういってローウェンは苦笑した。
170万の賞金首が自分の街にいて、その自警団の副隊長であった彼の立場としては、色々と思うところがあるのだろう。
「ところで、パペットマスターについて情報はありませんか? 新しい情報だと更に賞金がでますよ」
「え、そうなの?」
「はい。何でも気付いたことがあったら仰ってください」
「え~っとね――」
リルナはそこでパペットマスターが召喚士クズレであること。そして、彼が立ち去った際、何かカラカラという音が聞こえたことを伝えた。
「――リルナさん」
「な、なんでしょう?」
「どう考えても新情報じゃないですか!」
少しばかり興奮したローウェンがリルナに顔を近づける。瞳が輝いて見えるのは、リルナの勘違いだろうか。まるで少年みたいになってしまったローウェンはすっかりとクマが消え、キラキラと輝いている。
「なんだこのイケメン――」
明日といわず、今すぐ結婚できるほどのイケメンオーラに思わずリルナの口から本音が漏れ出てしまった。
「なにか?」
「なんでもないですっ」
こうしちゃいられない、とローウェンは慌しく机を引っ掻き回し、一枚の紙を持ってきた。
「すいません、もう一度詳しくお願いします。得に、しょうかんしくずれ、とは何なのか、教えて頂けますか?」
「あ、そっか」
召喚士がすっかりと忘れ去られた今。召喚士クズレの存在もまた忘れられたものとなっていた。その事実は、リルナにとっては少しだけ寂しいものだ。
しかし、逆にチャンスと感じた。
召喚士クズレの存在が認知されれば、そのまま召喚士の知名度も上がるはず。
「えっとね、まず召喚士っていうのが――」
リルナはローウェンに実演混じりで召喚士の説明をしていく。呼び出された水の大精霊ウンディーネと少々の会話をしつつ、パペットマスターの召喚士クズレについても説明していく。
さすがの副隊長であるローウェンは飲み込みが早く、素早く召喚士と召喚士クズレについてまとめていった。
それはそのまま報告書となり、国王まで渡るらしい。
なにやらとんでもないことになって、緊張していくが、リルナ自身が国王と相対する必要はないので、安堵の息を漏らしておいた。
「ご協力ありがとうございました。新情報のお金は、そのうち国の使者が届けに来てくれると思います。それではまたダサンの街を訪れた際は、是非とも声をかけてください」
「うんっ。ローウェンさんは、あんまり頑張らないようにした方がいいよ」
「お気遣いありがとうございます。ですが隊長が……あ、いえ、なんでもありません」
隊長を思わせる言葉の時、ローウェンの表情が恐くなったのをリルナは見てしまった。あまり深く突っ込まない方が良さそうだ、とリルナは早々に手を振る。
「それじゃぁ!」
「お気をつけて」
見送ってくれたローウェンに別れを告げ、リルナはダサンの街の門へと急いだ。
入る時には列が出来ていたが、今はもう待たされることなく、商人や冒険者が門を潜っていく。
「ふぅ」
ダサンの街の門を越え、リルナは少しため息を吐いた。
ひとつだけローウェンに言わなかったことがある。
それは、パペットマスターがリルナを気に入ったこと。
「別に賞金が欲しい訳じゃないけど」
自分の周りが騒がしくなるのはちょっと嫌だ。
そんなちょっぴりワガママなことを考えながら、サー・サヤマ城下街を目指して帰路につくリルナだった。




