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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その20 ~名前があると強いんだって~

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~名前があると強いんだって~ 10

 それはキノコに身体が生えた、のではなく、人間の頭がキノコになった。というほうが相応しいフォルムをしていた。

 人間種の成人男性よりも少し高いくらいの身長に、しなやかな筋肉が主張している。重くなりすぎないくらいの適度な筋肉だが、リルナやメロディの小さな女の子に比べれば足の一本で同等の体重がありそうなほど。しかし、それは見せる筋肉でも魅せる筋肉でもない。肉体戦闘用の、実践的すぎる筋肉だ。

 そんな筋肉質な身体に裾がやぶれたハーフパンツ。上半身は何も身に付けていないのだが、人間種と違って乳首は存在しなかった。なにせ歩くキノコ。そんな器官は必要ないのだろう。


「い、意外とかわいい顔してるっ!」


 リルナの第一声がそれ。

 恐ろしくマッチョな肉体の上に乗っている頭は『マッシュルール』だった。ふつうのキノコでいうところの軸に、縦に長い黒い目がちょこんとふたつ有り、ちょっとしたマスコットキャラクターにさえ見える。もちろん、首から下は可愛さの欠片も無いが。


「なるほどのぅ……『ぶっ壊れたマッシュルーム《ブレイク・マッシュ》』とは、言い得て妙じゃ。ネームドモンスターになる訳じゃのぅ」


 メロディは苦笑しながらつぶやいた。なにせ、オアシスという小さな集落だが、そんな中に堂々と水浴びをするモンスターなど、タイワだけでなく大陸を探してもここにしか存在しない。


「迫力満点ですわね」


 情報を掴んでいたクリアも、彼を見るのは初めてだったのかにこやかに笑っている。今から見れるものが楽しみだ、と早くも観戦モードに移行したようだ。


「おーい、そこのキノコ!」


 サクラが呼びかけると、ブレイク・マッシュは気づいたようにこちらへ近づいてきた。どこに耳があるのか分からないが、音は聞き取れるらしい。近づいてきて分かったのだが、マッシュに口は無く、返事はジェスチャーで手を高くあげた。


「に、人間っぽい……」


 モンスターの概念がクラクラとしそうだが、固有種も固有種。こんな歩くキノコが他にいてたまるかっ、とリルナは自分の常識を守った。


「お前さんがブレイク・マッシュやな」


 サクラの質問にマッシュは、うんうん、とうなづいた。その仕草が可愛らしかったのか、ぷくく、とクリアは笑う。


「お前さんと勝負したらお金がもらえるって聞いたんやけど……ホンマか?」


 マッシュは、グッと親指を立てる。そして、ちょっと待った、と手のひらをサクラへ向けると近くに置いてあった彼の荷物の場所まで移動した。それはズタ袋がひとつ。その中からタオルと取り出すと、丁寧に身体を拭いて近くの木陰まで移動した。

 そこでズタ袋から一枚の紙を取り出す。すでにボロボロになった紙で、端のほうが破れてしまっている。茶色い染みや汚れがある中で、それは共通語で書いてあった。


「ルール?」


 リルナの言葉にマッシュはうなづいた。


「武器はなし。時間制限なし。負けても殺しはしない。満足したらお金を払います。寄付をお願いします。これだけ?」


 マッシュは再び、こくこく、と頭を縦に振った。


「素手か……むぅ」


 ルールを見てサクラは難色を示した。刀剣術で戦ってきたサクラからしてみれば、徒手空拳はあまり覚えがない。加えてマッシュとの体重差は歴然としたもので、どう考えても不利な状況だった。


「負けてもお金はもらえるのかのぅ?」


 メロディの質問にもマッシュはうなづいた。本当に満足したらお金がもらえるらしい。


「ほほぅ。では、妾も挑戦したいのじゃが……武器は使わないにしても防具はどうなのじゃ?」


 メロディの言葉に、マッシュは?マークを浮かべた。


「妾に向かって、ちょっと軽く攻撃してみるのじゃ」


 マッシュは言われた通り、軽く拳をにぎってジャブを放つ。その拳はメロディに当たらず青い魔法障壁が防いだ。まるで、おー、と言わんばかりにマッシュは目を開く。そして、親指を立てた。オートガードの装備品でも問題ないという自信だった。


「よし、では早速お願いするのじゃ!」


 勝負の場所は集落の中で少し開けたオアシスのそば。木陰の下で見守るリルナたちをギャラリーにして、メロディとブレイク・マッシュは対峙する。

 さすがに強力なモンスターと向かい合うと空気はピリリと冷たさが混じる。夏の日差しと砂漠の熱気の中に、緊張感がただよった。そんな雰囲気に気づいたのか、住民や商人たちが静かに集まってきた。観客はそろう。


「お願いします」

「――」


 お互いに礼をして、拳を構えた。ブレイク・マッシュはオーソドックスに拳を構えたのに対して、メロディは左手を前に突き出した独特の構えを取った。


「あら、考えましたわねメロディちゃん」

「そうなの?」


 クリアはリルナの疑問に、えぇ、と肯定した。


「メロディちゃんの装備してるヴァルキリーでしたっけ、ヴァルキュリアでしたか。戦乙女のオートガードは、攻撃が身体に触れるのを防ぎます。なので、左手を擬似的な盾として利用していますわ。徒手空拳の勝負には有り得ない状況……面白いですわ! 楽しみですわ! ゾクゾクしますわ!」


 ちょっぴり興奮気味なクリアに圧倒されつつ、リルナはメロディへと向き直る。彼女のマッシュも足はベタっと地面に付けたまま。そんな状況で、ジリジリとメロディがブレイク・マッシュへと距離を詰めた。


「っ!?」


 だが、最初に動いたのはマッシュのほう。ノーモーションで地面を蹴り、縦ではなく横方向へ飛ぶようにしてメロディへと肉薄した。

 攻撃ではなく掴み。投げ技を狙った攻撃だ。


「予想済みじゃ!」


 まるで少女に抱きつく暴漢のような状況だが、悲鳴をあげるはずの少女は自分から男へと飛び込んでいった。

 身長差を狙った肉薄中の更に内側。メロディは股下をくぐる勢いで接近すると、男性でいうところの急所のひとつをショートアッパー気味に叩こうと拳を振り上げた。


「あれ?」


 しかし、拳を空を切る。もちろん、お姫様のパンチは達人のそれと比べたら蟻と神様ほどの差がある。それでも、確実に相手の行動を読みきり、尚且つ大胆に攻めたのにも関わらず、その攻撃は当たらなかった。メロディが悪いのではなく、ブレイク・マッシュの瞬発力がズバ抜けていた。

 彼は、メロディの攻撃を避け拳を繰り出す。スパン、と弾ける音は空気の壁か、はたまたオートガードの青い障壁か。メロディに拳は届かなかったが、それでも二撃目をはなつ。

 そこでようやくメロディはマッシュに向き直った。ルーキーにしては反応が早いほうだ。しかし、その何倍もブレイク・マッシュは速い。二度目のオートガードが働き、マッシュの攻撃を防ぐと同時にメロディは飛ぶ。


「うりゃぁ!」


 本来のタイミングならばカウンターとなる攻撃。しかし、マッシュは起用にも顔に迫るお姫様の足を掴んだ。


「うわっ」


 そのまま逆さまに吊り下げられるが、マッシュはポイっと放り投げるだけで攻撃に移行しなかった。


「ぐぬぬ」


 きっちり着地したお姫様は顔をしかめるが、それでも呼吸ひとつで精神を整えた。乱れた心で相手できるレベル差ではない。もとより負けるのが前提。ちょっとでも経験を積むのがお姫様の目的だった。


「ふぅ。いくぞ」


 パンと膝を叩いてメロディはダッシュする。せめてものフェイントにと右へ飛び、視線を散らしてから左へ足を運ぶ。狙うはマッシュの太もも。振り下ろす拳は、パチンと小気味よい音を立てた。


「――あいたー!?」


 鍛え上げられたマッシュの太ももは鋼のごとく。まさしく金属でも叩いたかのような衝撃に、メロディは思わず悲鳴をあげてしまった。周囲の観衆からも、おぅ、と声があがる。それほどまでに痛そうなお姫様のリアクションにクリアはキャッキャと嬉しそうな歓声をおくった。


「応援じゃないんだ、クリアちゃん」

「負けて元々ならばエンターテイメント性を追求するべきですわ」

「見世物ってこと?」

「えぇ、そうですわ」


 ふ~ん、とリルナは納得するしかない。もとより勝つ見込みのない勝負。それならば、経験値を積む目的のメロディも悪くはないはずだ。それでもクリアは見世物と称した。それは観客の存在があるからこその言葉かも。

 それでも仲間が戦っているのになぁ、とリルナは思ったので精一杯応援の言葉をおくる。


「がんばれー、メロディ!」

「うむ! がんばる!」


 赤くなった手をヒラヒラさせて、お姫様は応えた。マッシュも待っててくれたらしく、改めて構え直す。もう一度メロディがダッシュしようとするが、今度はブレイク・マッシュが接近してきた。


「くっ」


 慌てて防御の準備をするメロディ。本来、オートガードがあるので必要の無い行為だが、本能が邪魔をする。圧迫する空気に、思わず足を止めて両腕をあげた。

 グイン、と金属を叩くような音と衝撃。青く弾ける障壁に両腕の隙間からメロディはマッシュの顔を見た。

 その瞳が訴えかけてくる。

 よく見ておけ、と。


「――っ」


 青の障壁が、一斉に発生した。メロディが取り囲むように、四方八方からブレイク・マッシュの高速攻撃が襲い掛かる。


「ぃっ!?」


 今まで見たことのないスキル光景に、メロディの行動が鈍った。それでも尚、マッシュの攻撃は止むことなく連打が襲い掛かる。


「な、なななななん」


 なんだ、と言い切る前にそれは起こった。

 オートガードのスキルが間に合わず、ブレイク・マッシュの足が届く。強力なマジックアイテムの能力を上回るほどの高速連打。ついには自動防御の魔法が追いつかず、その使用者に攻撃が届く。

 高速に繰り出された足は、メロディのわき腹をとらえ、まるで掬い上げるように蹴り上げた。


「ふひぃぁあああああああ!?」


 そのままお姫様は放物線をえがき、オアシスの真ん中に落ちたのだった。表面積が少ないからか、水柱はそれほど上がらず、ぽっちゃん、とそれなりに大きな音が響き渡った。


「お、おおおおおおおおおお!」


 観客がドッと沸く。その攻撃は乱舞のように美しく、その結果で少女は傷ひとつ追っていない。加えて、ちょっとしたショーにも似た結末だ。

 まさにエンターテイメント。

 次々に投げられるガメル硬貨を見て、ブレイク・マッシュは紳士的に慇懃に頭を下げた。


「ま、まさに『快活紳士』……」


 ブレイク。マッシュの異名と、お金を出せる勝負。

 その両方が判明して、リルナはお姫様の安否よりも先に拍手してしまうのだった。


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