~名前があると強いんだって~ 5
「なるほどですわ。それであの討伐依頼が出ているのですね」
リルナの説明にクリアは嘆息する。その視線の先は、ルンルン気分で地図をながめるシャララの近く。カウンター上に無造作に置かれた超高額討伐依頼の四枚の紙だった。
「それでしたらこれがオススメですわね」
そう言ってクリアが手に取ったのは四枚の中のひとつ。
「……吸血鬼?」
コシク島の四国のひとつ。その支配者の種族はヴァンパイアであると、人間領には伝わっていた。
「そうですわ。二つ名を『伯爵』。自らを貴族と名乗る蛮族は多いですが、こいつもそのひとり。調子に乗って王国をつくり、人間族を内包しつつ、奴隷か餌にしか見ていない愚か者ですわ。自分を最強のヴァンパイアだとか思っているチッポケな蛮族です」
さっさと退治されればいいのですのに、とクリアは肩をすくめた。
「チッポケって……」
蛮族ではあるが、さすがに支配地域を持つ王様レベルの存在をチッポケと言い切ってしまうクリアにリルナは苦笑する。なにせ種族『ヴァンパイア』には因縁があり、それがどうしても頭にチラついてしまった。
「あら、チッポケですわよリルナちゃん。この『伯爵』は太陽神も陽の大精霊も退けられない未熟者。吸血鬼らしく、太陽の光を浴びれば死ぬし、心臓を貫かれたら死にますわ」
「伝わっている弱点通りじゃな」
そうですわ、とメロディに対してにっこり笑うクリア。
ヴァンパイアの弱点は多く伝わっている。その中でも代表的なのは太陽の光を浴びると灰になること。他にも十字架が苦手だったりにんにくが嫌いだったり、鏡にうつらなかったり、流水を渡れなかったり、と多種多様。弱点だらけで対処法はいくらでもあった。
そんな中で国の王まで上り詰めた『伯爵』という存在はやっぱり強くて恐ろしいもの。そもそもルーキーがヴァンパイアに勝てる見込みなど、パーセントで表すと一桁しかない。
「ですので、ちゃちゃっと殺してしまいましょう」
クリアが笑顔で言うが、リルナとメロディは全力で首を横に振るのだった。
「あら、残念ですわ」
「ムリだってば、クリアちゃん。ていうか、その伯爵ってタダのヴァンパイアとは思えないんだけど……その~、ヴァンパイア・キングだとか?」
「いえいえ、本当にタダのヴァンパイアですわ。大陸にはもっと恐ろしいのがいるでしょ? ヴァンパイア・ロー――もががが」
その危ない名前を口に出しそうになる地図製作者をリルナは慌てて口をふさいだ。
「ダメだめ! 目を付けられちゃうよ!」
「おっとっと……そうでしたわね」
危ない危ない、とクリアは苦笑する。
「ほら、私って名前が似てるでしょ? ついつい親近感を持ってしまって」
「どんな親近感よっ!」
リルナのツッコミにクリアは、あはははは、とほがらかに笑った。
「しかし、クリアちゃんは知識が豊富やな。なんでそんなに知っとるんや?」
ウチでもそこまでの情報は無いで、とサクラは肩をすくめる。
「これでもマッパーですので。あらゆる地域やダンジョンを地図にするのが私の仕事。そのためには、あらゆる情報が必要ですの。死にたくありませんので」
「冒険者よりも冒険者らしいのぅ」
本来の意味でいう『冒険者』とはクリアこそふさわしい、とメロディ。そんな風に褒めるものだから、クリアはまたお姫様に抱きついた。そのままほっぺたにキスしようとするが、その顔を全力でメロディは止めた。
「あらゆる情報か。せやったらクリアちゃん、なにか儲かる話はあらへん? なんならそこのお姫様を好きにしてええから、なんか情報をもらえへんか?」
「いや、そんな勝手に――」
「ありますわ!」
必死でクリアの顔を止めていたメロディの代わりにリルナが否定しようとするが、そんな声を上書きするようにクリアが反応する。
「メロディちゃんやリルナちゃんにはちょっと難しいかもしれませんが、サクラちゃんに丁度良い話がありますわよ」
「ほほぅ」
「その代わり、メロディちゃんを好きにさせてもらいますわよ」
「ええで。ただしホンマにウチに合う情報やったらの話や」
「もちろんですわ」
本人をヨソにして、勝手に情報交換が決まってしまった。
「だ、だいじょうぶメロディ……?」
「ま、まぁ仲間のためだもん。が、我慢するのじゃ……いや、しかし……うぬぅ」
珍しくメロディが悩むように顔をしかめる。仲間のためとは言え、自分の身を差し出す。とても美しい行為とはいえるが、その相手が少女であり、しかも自分を物理的に舐めるような相手。その光景は美しいのかどうか、どうにも納得ができない。
そもそもにしてお金が無くなった原因はサヤマ城下街のナンバーワン娼婦を数日に渡って独占した結果だ。なんとも言えない理由に加えてなんとも言えない自己犠牲。これは本当に仲間のためなんだろうか、という思いがメロディの幼い脳内にリフレインして混乱させてくる。
「メロディが悩んでる。クリアちゃんって……すごい」
即決即断であり快活であり極めてシンプルな行動理念のお姫様をここまで追い詰めるクリア・ルージュに、リルナはちょっとした畏怖を抱くのだった。




