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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その20 ~名前があると強いんだって~

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~名前があると強いんだって~ 4

 黒い袖なしのジャケットに足首までスッポリと隠す黒のロングスカート。そんな黒尽くめな服装とは正反対に、彼女の肌は驚くほどに白い。初めて出会った時はその長い銀髪を後ろで三つ編みにしてしたのだが、本日はツーテールに結っている。そのリボンもまた黒色だった。


「クリアちゃんだ、久しぶりっ」


 地図製作で生計を立てる変わった少女、クリア・ルージュだった。マジックアイテムと自称する肩掛けのカバンは、冒険者ならノドから手どころか足まで出そうなくらいに便利アイテムになっている。

 クリアはツバの大きな黒い帽子と日傘をカバンの中にしまう。どう見てもカバンの容量より傘や帽子のほうが大きいのだが、す~っと入っていってしまった。それこそが、マジックアイテムの便利さを雄弁に語っている。どうしても荷物が多くなってしまう冒険者にとっては、うらやまし過ぎる効果だった。


「メロディちゃんもリルナちゃんも、それからサクラちゃんも久しぶりですわ」


 クリアは本当に会えて嬉しいと、満面の笑みで笑う。そして、ことさらメロディが気に入っているようで、ヴァルキリー・メイルの上から抱きついた。


「おっとっと。激しい歓迎の挨拶じゃな。お主には耳を怪我したときに世話になったので、改めて礼を言いたかったのじゃ」

「う~ん、ひんやりしてて気持ちいいですわ」

「あ、そっちか……」


 白い肌のクリアはやっぱり夏の暑さが苦手らしい。メロディの鎧にぴっとりと肌をつけて、金属特有の冷たさを楽しんでいた。


「く、くく、く、く、クリアちゃん。あ、いえ、クリアさん。あの、あの……!」


 そんなクリアにおずおずと近づく人物。

 それはシャララだった。

 いつもは眠そうな瞳が珍しくも爛々と開いており、なにより期待に満ちた瞳をしている。まるでおあづけをされた犬のようにも思えたが、リルナは失礼なので黙っておいた。無駄に敵を作る必要はない。


「あら~、シャララさん。ごきげんようですわ。今日も退屈そうですわね」

「そ、そうなの。ね、ね、ね、だから早く、はやく頂戴!」


 犬だったら、へ、へ、へ、へとだらしなく舌を出していそうな勢いで、シャララはクリアの腕にしがみつく。ちょっと蒸気した頬は赤く染まっていた。


「まるでご主人様と奴隷やな。しかも性が付くほうの」

「妾も思った」

「ど、奴隷制度は禁止されてるよっ!」


 もちろんリルナも思ってしまったのでシャララと同じく頬が染まる。そんなほっぺたをペチペチと叩いてごまかしていると、クリアも笑顔の方向がすこしだけ捻じ曲がっていた。


「あらあら、はしたないですわよシャララさん。そんな期待をした目で見られても、私にはサッパリと分かりませんわ」

「そ、そんな意地悪しないで。ね、ね、はやく、はやくちょうだいよ」

「がっついてはダメよ。ほら、こんな所でいいのかしら? みんなが見てる前で、あなたは果たして満足できるのかしらね」

「いいよ、いいから。はやく、ねぇ、おねがい、おねがいしますクリアさまぁ」


 クリアちゃんから始まっていた呼称は、ついに『様』へと格上げされた。そんなクリアはぞくぞくと背中をふるわせると、手のひらをシャララに差し出す。

 そんな手を見て、シャララは自分の手を重ねた。


「えへ」


 そして笑う。


「なにが、えへ、ですか」


 そんなシャララの頭をパシンとクリアが叩いた。


「お金です、お金。私はあなたの為に地図を作ってきたんじゃありませんのよ。対価が無いと渡せませんからね!」

「う、うんうん。待ってて!」


 シャララはそのままカウンター向こうへジャンプで飛び込んだ。ギョっとするリルナたちだが、他のギルド員たちは見慣れた様子でチラリと一瞥しただけ。すぐに仕事へと戻る。

 スカートがめくれあがっても気にせず、わちゃわちゃべっちゃりと床に着地したシャララはカウンター裏の棚から自分の財布を取り出した。


「い、いくら?」

「50ギルですわ」

「分かった!」


 シャララは財布から銀色のギル硬貨を五枚取り出すと大急ぎでカウンターから飛び出してきた。また頭から着地するものの、そのまま這いずるようにクリアの前まで戻ってきた。


「これでいい」

「……えぇ、きっちり50ギル。確認しましたわ」

「は、はやくはやく!」


 急かすシャララに苦笑しつつ、クリアはカバンの中に手を入れて五枚の紙を取り出した。もちろんタダの紙ではない。そこには精巧に書き込まれた地図が記されていた。


「うひょー!」


 そんな地図をもらったシャララは珍しい奇声をあげ、そのままカウンター上へ飛び乗る。そのままベッドでくつろぐようなポーズで寝転ぶと、さっそく地図をマジマジと見続けた。度々、ごっくん、とノドを鳴らせるさまはとても不気味であり、リルナたちは一歩下がってしまうのだが、ギルド員は慣れた様子で仕事を続けるのだった。


「なに、アレ」

「地図を記憶している様子ですわ」


 リルナが指差して質問し、それに対してクリアが答えた。記憶が趣味のシャララにとっては精巧な地図もその対象になるらしい。キラキラと瞳を輝かせて地図を眺める様子は、その見た目以上に幼い子供を連想させる。もっとも、お菓子をもらった子供でさえ、ここまで瞳を輝かせることはないが。


「趣味やなぁ……」

「趣味じゃのぅ」


 サクラとメロディは、それを一言で片付けてしまうが、リルナとしては首を傾げたくなる状況だった。


「趣味で片付けていいの? 50ギルって、結構な値段だよ?」

「あら、私の地図の値段にご不満が?」


 クリアは唇を尖らせ、リルナに顔を近づける。見る人によっては美人、はたまた可愛い、と評される顔立ちの最上級に位置しそうなほどに整っているクリアの顔。そんなものが近づいてくると、いくら同性であっても怖いものであり、リルナは後ろへダカダカと非難した。


「苦労して作った地図ですもの。それくらいの価値があると私は自負しますわ。旅費もかかりますしね」

「ほぅ。どこの地図だったんじゃ?」

「お隣のサカ王国のサカ城周辺の地図ですわ。一枚十ギルで、五枚。妥当だと思いますわよ?」

「ふむ、確かに。というか、もう少し高くてもいいぐらいではないかのぅ」

「アハっ!」


 メロディの言葉にクリアは満面の笑みを浮かべた。そのまま小躍りしそうなくらいにメロディに抱きつくと、自分の頬とメロディの頬をくっつける。


「さすがはお姫様ですわ! 物の価値を理解していらっしゃる。どこぞの田舎召喚士とは比べ物になりませんわ~!」

「むぅ。どうせ田舎者ですよーだっ!」


 うふふふふふ、とメロディと一緒に笑うクリアに向かってリルナは舌を出す。そんなリルナを見ながら、クリアはスリスリとメロディのほっぺたを合わせる。


「メロディちゃんはイイですわぁ。あぁ、食べてしまいたいくらい」

「それは性的な意味かのぅ。残念ながら妾は生娘じゃ。クリアちゃんの願いは、そっちのサクラが叶えてくれるじゃろ」

「うぇるかむや。お前さんやったら、ウチも全力で戦えるで」


 サクラががばーっと両手を広げるが、クリアは手のひらをブンブンと振った。


「あ、いえ、お爺ちゃんはいいです」


 見事にフラれたサクラはその場に両手両膝を付いてガックリとうなだれた。


「リルナちゃんでギリギリですわ」

「えぇ!?」


 自分も対象に入っていると分かったリルナは、思わず胸の前で両手を組む。なんだか全てを見透かされているような視線を、クリアの真っ赤な瞳から感じ取った。


「十歳から十二歳。あぁ、たまりませんわ。この青い果実が熟れる前のつぼみ。この期間に味わってしまうのもまた一興……あ、は~ん」


 なにか高ぶってしまったのか、クリアはメロディの頬を舌で舐めた。その際にキラリと尖った犬歯が見えるのだが、すぐに口の中に消えてしまう。


「う~む、クリアちゃん。好かれているのは嬉しいのじゃが、キスじゃなくて舐めるのは乙女としてどうなのじゃ?」

「ハッ……ごめんなさい。つい興奮しちゃって」


 我を忘れていました、とクリアはようやくメロディから離れる。


「それで、メロディちゃん達はどうしてギルドにいらっしゃいますの?」

「あ、えっとね」


 クリアへの質問に、リルナは答える。その間にメロディは頬をゴシゴシとぬぐい、サクラはショックから文字通り立ち直るのだった。


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