~名前があると強いんだって~ 3
銀髪にして銀眼。夏であっても雪を思わせる少女、シャララ。そんな彼女のスキルは記憶だった。年齢にしては小さな体だが、どこにそれだけの知識がつまるのか。彼女は生まれる前から今までのことを全て記憶している。
記憶するのが好きで、記憶できることが喜び。目の前で起こることはとりあえず記録するし、聞いたことも覚えている。さすがに雑踏の中で言葉を拾うのは難しいが、それでも近所の奥様たちが話す井戸端会議の内容もシャララは全て記憶していた。
本日の衣装は真っ白なワンピース。ますます雪原めいたシャルルが、いつものように眠たげな瞳でカウンター上で横たわっていた。
「あぁ~……」
やる気の無さに拍車をかけるような仕事態度なのだが、彼女の役目は依頼配分。ギルドに持ち込まれた依頼を、それぞれ冒険者の宿に振り分けるのが彼女の仕事だ。それも一段落してしまえば、あとの業務はオマケ程度。現にマスコット扱いされているために、シャララの席はカウンター上、という奇妙なポジションでもある。
「ど、どうしたの?」
横たわる銀髪少女にリルナは思わず声をかけた。
「記憶をください」
「……きおく?」
なにそれ、とリルナはメロディに振り返るが、もちろんお姫様も良く分からず肩をすくめた。
「なにか新しいことを覚えたい」
「あ、そういうこと……」
納得はしたものの、それがどうして横たわるようなダメージになるのかサッパリと分からない。召喚術で使用する神代文字の記憶にかなりの時間を要したリルナとしては、あまり暗記術について言えない。むしろ、パスしてサクラを前に出した。
「ウチもなんにもないで」
「……だれ?」
そんなサクラを見て、シャララは横たわったまま指をさした。白い肌に白い指。それは確実にサクラをさしており、元爺は眉根を寄せた。
「サクラや。イフリート・キッスに所属しとる。前にも会わんかったか?」
「おぉー!」
サクラの言葉に突然声をあげるとシャララは起き上がる。いつもの正座をすると、マジマジとサクラを見つめた。
「新しい服のサクラ……おぼえた」
ごっくん、と彼女はノドを鳴らした。シャララの記憶するときの癖だが、どうにも頭ではなく胃のほうに落とし込んでいるようで、リルナとしては苦笑するしかない。頭で覚えるのではなく、体で覚えるということだろうか。
「それで、なんのよう?」
「冒険者がギルドに来る理由なんてひとつやろ」
「引退?」
「なんでや。仕事や仕事。なんかぎょーさん儲かる仕事をくれ」
「お金が欲しいの?」
そうや、とサクラは赤いリボンを縦に揺らす。
「じゃぁ……ちょっと待ってて」
シャララは、よいしょ、と言いながら立ち上がるとカウンターから降りる。そのままギルドの奥に並んでいる棚へ移動した。なんだろう、とリルナたちが見ていると、最奥の棚にある引き出しから四つの紙を取り出して戻ってきた。
「はい、これ」
そう言ってシャララがカウンターに並べた四枚の紙。それは表の掲示板に貼り付けてある討伐書なのだが、その桁数は今まで見たことないものだった。
「な、なにこれ……いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまんひゃくまんせんまん、一億ギル……って」
討伐すれば一億ギル。そんな恐ろしい金額が並んだ紙が四枚。不思議なのが、討伐依頼の紙に書かれている情報が極めて少ないこと。表の掲示板に並ぶ物は大抵がイラスト付きだったのだが、目の前の依頼書にはそれも無い。
ただただシンプルに情報が書き込まれているだけだった。
「これは……コシク島の王ではないか」
メロディのその名前を見て、苦虫をかみつぶす。手配書に書かれたそれぞれの名前は、王の名前だった。その名は国の名前にもなっているので馴染みはかろうじてある。
しかし――
「蛮族の王なんて、ムリだー!」
リルナがぶんぶんぶんと首をふる。
コシク島。
そこは、群島列島タイワと呼ばれる島々が連なる地域の中で唯一、蛮族に支配された島だ。四つの国があり、それぞれ蛮族の王が君臨している。冒険者でも超一流しか上陸を可能としてない島で、リルナやメロディはおろかサクラでさえもノンキに歩ける場所ではない。
もちろん人間もいるのだが、極一部。いつ街が崩壊してもおかしくはない状況であり、蛮族が人間に化けて街に侵入することなど日常茶飯事。昨日の友人が今日にはバケモノになっていた、なんてことが当たり前の世界だ。
「いや、おまえさん……ウチらに死んで欲しいんか?」
こんなものを紹介することは、死ね、と言っているようなもの。サクラは半眼でシャララを睨み付けるが、彼女は首を傾げるばかり。
「一番高い仕事だよ」
「ムリな仕事を紹介されても困るねん。手頃な内容で大儲けできるような仕事はないんか?」
「そんなのあったら詐欺を疑うべき」
「……それもそうやな」
シャララの額に頭突きをする勢いで顔を合わせていたサクラだが、その正論には屈した。むしろ、屈しておいたほうが身のためでもある。
「せやったら、普通の仕事をくれ。ウチらで出来る仕事」
「ない」
「なんでや」
「リルナと愉快な仲間たちにできる仕事は現在あつかっておりません」
シャララは、申し訳ございません、とカウンターにあがって正座した。そこで頭を下げると土下座のように見えるので、サクラとしては引き下がるしかない。
「あの……そのパーティ名、やめてほしいなっ」
そんなシャララに対してリルナはおずおずと進言する。付けた覚えのないパーティ名は、少々どころかかなりのマヌケだった。
「では、はやく名づけてください。そして、私に覚えさせてください。ごっくんしたいのです」
はやくはく、と眠そうな目で迫られるので、リルナは思わず謝ってしまった。
「そ、早急に考えておきます……」
よろしい、とシャララはうなづいた。
「それはええんやけど。ホンマに仕事はないんかいな」
「草むしりとか、街の掃除とかはあるよ」
「報酬は?」
「草むしりが100ガメル。街のお掃除は300ガメル」
「子供のお使いかい!」
サクラは、うがー! と両手をあげるが、仕事がないものは仕方がない。サヤマ城下街には多くの冒険者がいる。そんな中でリルナたちのみを優先するわけにはいかない。むしろ平均的に仕事を割り振ってルーキーの育成も必要だ。
なによりリルナとメロディ、そしてサクラのパーティは異質だ。冒険者としては唯一の召喚士に完全防御スキルを持つ装備のメロディ。それに加えて実力は申し分ないが冒険者としての経験が浅いサクラ。
こんなレアパーティに割り振れる仕事なぞ滅多になく、日々仕事にあぶれてしまうのは仕方がないといえば仕方がない。
「こうなったら情報屋に行くでリルナ、メロディ! マジックアイテムを売り払って一攫千金や!」
「それ、もう死んじゃう冒険者のセリフだよね……」
「妾もそう思う。サクラよ、お主の冒険は今回で終了のようじゃ」
死に焦るお爺ちゃんを、まぁまぁ、となだめていると、ギルドの扉が開く。新しいお客さんのために、きぃ~、と興奮するサクラを横にズラさなければならない。
リルナとメロディが、ほらほら、とサクラを押しやると新しく入ってきた人物と目が合う。
「あっ」
「あら、お久しぶりですわ」
にっこりと笑って、その少女は丁寧に挨拶をするのだった。




