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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その3 ~パペットマスター~

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~パペットマスター~ 9

「人形のご主人様パペットマスター……?」


 リルナの言葉に仮面の男は頷く。そんな彼の肩にはウサギのぬいぐるみがちょこんと座るようにして姿を現した。

 まるで彼が主だと証明するようにウサギは肩を伝い歩いて行き、そして彼の腕に乗ると、ぬいぐみの本分を思い出したかのように静止した。


「人形のご主人様、というより、人形使い、でしょうかねぇ」


 再び動き出したぬいぐるみは、ぺパペットマスターの手を離れ、路地へと走り去っていく。その不思議な状況に、リルナは声も出せず、見守った。


「おや、私のことはご存知ない?」

「え? えっと……知らないわよ。なに、自意識過剰のヘンタイなの?」

「いえいえ、そんなことはありませんよ」


 これです、と言いながら仮面の男は黒の礼服から一枚の紙を取り出した。丁寧に折り畳まれたそれを、男はゆっくりと開いていく。

それは一枚の手配書。


「それなりに名前が通っていると思っていたのですが、私もまだまだですねぇ」


 そう呟きながら不用意に近づいてくるパペットマスターを警戒しながらも、リルナはおずおずと紙を受け取った。

 それは賞金をかけられた犯罪者リストの一枚らしく、ズラリと数字が並んでおり、リルナはその桁数を思わず数えてしまった。


「パペットマスター……いちじゅうひゃくせんまん……賞金額1700000ギル!?」


 手配書に描かれた人物像、のっぺりとした仮面の絵が描かれたものと、目の前の仮面の男を見比べる。

 しかし、手配書の絵は仮面しか描いておらず、目の前の男が本物かどうかの確証は得られない。


「これって、ただの仮面だけじゃない。あんたが本物の証拠がどこにもないじゃないっ!」

「あっはっは、もちろん手配書はニセモノです。賞金首が自分で手配書を持つ訳がないじゃないですか」

パペットマスターの言葉にリルナは手配書もどきを叩きつけて、踏みつけた。

「ふざけんなっ! んぐっ!?」


 パペットマスターを睨みつけた瞬間、再び彼女の体が拘束されたようにピシリと固まる。そのまま身体は勝手に動き出し、再び気をつけの体勢を取ってしまった。


「しかし驚きましたよ。まだこの世に召喚士が残っているとは」

「むぐぐ……どういうこと……?」


 リルナは気をつけをしたまま、という奇妙な格好のまま叫ぶ。

 気持ちが前へ向かっているのに、直立不動という妙な感じにリルナは表情を曇らせた。


「マキナですよ、マキナ」

「マキナ? マキナって、このマキナ?」


 リルナがマキナの魔法を発動させた瞬間、彼女の周囲に紫色の光がはしり、彼女の拘束は解かれた。


「わ、とと」

「そう、それです。いやはや驚きましたよ、私。あなたには敬意を表したいと思います」


 仮面の男は慇懃の腰を折り、優雅に礼をした。


「なに、どういうこと?」

「あなたは召喚術を修められました。あの古臭くて、面倒で、何の意味もない魔法。苦労の末、習得したところで戦力にはならない、あの役立たずの術。それを習得されたことについて、私はあなたを褒め称えたい」


 パペットマスターは顔を上げると、大げさな程に手を叩いた。

 パチパチパチ、と鳴る音に、それがもうひとつ重なる。

 気がつけばリルナも手を叩いていた。


「うえ!?」


 再びマキナを使用して、動きを制御する。途端に彼女の体は解放された。


「もう! なんなのよ!?」

「おやおや。お気づきになりませんか?」


 そう言うと、仮面の男の身体が奇妙にカクカクと揺れ始めた。

 まるで人形みたいな動きは人間離れしており、その動きには生気が感じられなかった。


「きもっ」

「失礼ですね~。しかし、あなたも出来るでしょう。身体制御呪文マキナ。召喚士の基本ですものね」


 その言葉に、リルナはようやく気付いた。


「あなた、召喚士クズレね」

「いかにも」


 召喚士クズレ。

 リルナがまだ訓練学校に所属していた頃、教師に教えてもらった存在である。

 曰く、身体制御呪文を覚えた段階で召喚士を断念した者。

 身体制御呪文マキナは、自分の身体を完全に制御する呪文であり、それを真に活かすのは召喚術ではなく、前衛戦闘職だった。

 つまり、寸分の狂いなく剣を振ったり、拳を突きたてたり――といったことを練習も修行もなく実行することが出来る魔法だ。

 この便利な魔法を習得した段階で召喚士という職業から心離れる者が多いことを先生が嘆いていた。


「召喚士。理論上、たった一人で前衛も後衛もこなせる素晴らしい職業です。唯一、大精霊を神官以外の存在が扱うこともできる素敵な職業です。召喚士一人で数千の敵と戦うことが出来る勇敢な職業です。ですが、それは理論上。机の上で無敵であっても、実際の戦場で貧弱であるならば、どうしようもありません」

「そ、そんなこと……」


 リルナは言葉に詰まる。

 彼の言っていることは正しい。

 理論上であれば、召喚士は無敵である。それは仲間である召喚獣を無限に呼び出し続ければいい。召喚術はほとんど魔力を消費することなく発動させることが出来る。よって、多少の無理をすれば、それこそ数千の召喚は可能である。

 ただし、それほどの数の仲間がいれば、の話だ。

 召喚術で召喚できるのは、人間以外の存在と限定されている。人間は召喚獣とは見なされず、召喚の契約が出来ない。それは過去、あらゆる召喚士が研究したことだが、覆されることはなかった。とある例外を除いて。


「召喚士とは孤独です。仲間とは、すなわちモンスターでもある。いわゆる魔物使い……そんな稀有で奇妙な存在が、パーティなんて組めるはずがない。そう私は気付いたのです」


 パペットマスターは悲しむようなジェスチャーをした。まるで芝居がかったその動きに、リルナは苛立ちを募らせていく。


「そ、そんなことないわ! 誰が魔物使いよ。わたしは立派な召喚士だもんっ!」

「えぇえぇ、そうでしょうとも。恐らくあなたが最後の一人となるでしょうね。おかわいそうに」

「さっきから何なのよ! 何が目的なの!?」


 リルナは躍起になるように魔法を発動させる。

 身体制御呪文マキナと空間描写呪文ペイント。

 その両方を同時発動させ、魔方陣を描くという独特の行為。

 それを邪魔するかのように仮面の男がリルナへと襲い掛かる。


「弱点だらけの召喚術。そんなものを会得するより、よっぽど有意義な使い方がありますよ!」

「うるさい! バカにするな、ヘンタイ!」


 突き出してくる無軌道の拳。

 それを両手で受け止め、リルナはバックステップ。パペットマスターから距離を取ると、素早く魔方陣を描いていく。


「ほう、速い動きです。練度が現れておりますねぇ」


 仮面の下で男がニヤリと笑った。

 そんな気がして、リルナは半身になった。その空間に、パペットマスターの蹴りが放たれる。危うく蹴り飛ばされるところだったが、冒険者の勘めいたものに感謝した。

 しかし、それでもしつこく肉薄してくる仮面の男。その間にも、魔方陣は描かれていき、五撃目を打ち払った瞬間に、最後の神代文字を書き終える。


「出来た! っと、うりゃぁ!」


 魔方陣の完成に安堵の息を吐く間もなく、リルナは召喚術を発動させた。

 その中心に描かれた神代文字の意味は『龍』。

 光が収束すると同時に、空間に現れたのはホワイトドラゴンの堂々たる姿だった。


「ふわぁ~ぁ、こんな夜中にどうしたの?」


 ホワイトドラゴンは可愛らしく、くわぁ、と欠伸を噛み殺すと、自分を召喚した少女をやぶ睨みする。


「ド、ドラゴンを召喚とは――」


 パペットマスターは慌てて距離を取った。

 今まで余裕の態度だったのだが、さすがに動揺がみてとれる。


「はっはっは! どうよ、これが召喚士の実力よ! あいたっ!? なにするのシロちゃん!?」


 自慢気に胸を張るリルナだが、その頭をホワイトドラゴンが叩いた。


「リルナが偉いんじゃなくて、ボクが偉いの。あと、シロちゃんって呼ぶな。ボクの名前はリーン・シーロイド・スカイワーカーだって言ってるでしょ」

「そんなのどうでもいいから、とりあえずあいつやっつけて!」


 リルナはパペットマスターを指差す。

 それをいぶかしげにリーンは見た。


「なに、あいつ?」

「パペットマスターでございます、以後お見知りおきを、ホワイトドラゴンさま」

「はーい、分かったよ」

「ちょっとちょっと! なんでシロちゃんが仲良さそうにしてるの!? ヘンタイだよ、ヘンタイなの! 仲良くしたらホワイトドラゴンの名前が泣いちゃうよ」

「ボクとしては、リルナもヘンタイに見えるよ。どうしてスカートの下、何も穿いてないのさ」

「え?」


 気がつけば、リルナは自分でスカートの裾を握っていた。つまり、下半身を自分で晒していた。


「ぎゃああああああ!」


 慌てて手を離そうとするが、リルナの手は制御不能。どうやらマキナで打ち消せることをすっかりと失念しているようだ。


「不思議な魔法だね。まるで操り人形の糸みたいだ」

「ほう、さすがホワイトドラゴンさま。見えるのですね」

「リーンと呼んでよ」

「それでは、リーン様。私のことはパペットマスターとお呼び下さい」

「はーい。パペマスさんだね」


 リーンはそうにこやかに応えると、ジタバタと暴れているリルナとパペットマスターの間をカプリと噛む。その瞬間に、リルナの身体は制御を取り戻し、ようやくとばかりにスカートを下ろすことが出来た。

 リルナはそのままスカートを抑えて屈みこむ。しばらく起き上がる気力は無くなってしまったようだ。


「マキナを自分じゃなくて、他を操るように改良した訳だね。それで魔力の糸が見えるんだ」

「ご明察です、リーン様。私はこの魔法をデウス・エクスと名付けました」

「語源かな? なるほど、それらしい魔法だね。でも神を名乗るのは止めた方がいいよ。さすがのボクも神様には勝てない」

「神になるつもりはありませんよ。私はただの人形使い。ぬいぐるみのご主人様で精一杯です」

「そう。じゃぁ、早く逃げた方がいいよ。パペマスさんの魔法はボクには効かない」


 その言葉と同時に、リーンはパクリと顎を打ち鳴らす。

 どうやら見えない魔力の糸を噛み切ったらしい。


「確かにそのようです。まさか、偶然襲い掛かった少女が召喚士で、年端もいかないと油断していたらドラゴンを召喚する。そろそろ手を引けという神様の啓示でしょうかねぇ?」

「神様は何も言わないよ。ただ伝えるだけ。それこそ運が無かったね。君みたいなのは食べてもいいって言われてるんだ」

「ほう。誰にですか?」

「ボクのママさ」


 リーンはそう告げると、バサリと翼を打つ。フワリ、とその体が浮いたかと思うとパペットマスターへと肉薄した。

 避ける間もない、とはこのことだろうか。


「あっ」


 と、リルナが声を発した瞬間に、パペットマスターの体は引き千切られた。


「なんだ?」


 引き千切られた体を見て、リーンは声をあげる。

 彼の体の中に詰まっていたのは、内臓ではなく綿だった。真っ白な綿が敷き詰められており、ブワリと溢れ出す。


『おやおや、私の大事な人形が壊れてしまいました』


 引き裂かれた上半身。仮面の下から声が聞こえる。リルナは立ち上がると、地面に転がるパペットマスターの顔から仮面を引き剥がした。


「なにこれ……」


 仮面の下は、ただギョロリとしたガラスの目玉があるだけで、鼻も口も眉も付いてなかった。


「やられた……最初から人形だったんだ」

「そんな!?」


 リルナとリーンは周囲を見渡す。パペットマスターの体が人形だというならば、本体はどこかでこちらを見ているはずだ。

 しかし、周囲に人の気配はない。

 ただただギョロリとした目玉が付いただけの顔から、忍び笑いだけが聞こえてくる。


『安心してください、召喚士のお嬢さん。リルナさんと言いましたか』

「えぇ。リルナ・ファーレンスよ。召喚士クズレなら、知っているでしょ。ファーレンスの名前くらい」

『くっくっく、あっはっは! なるほど、道理で召喚士な訳です。なるほど、道理でドラゴンを召喚できる訳だ。なるほど! なるほど! なるほどなるほど! ファーレンスですか。理解しましたよ。そして、覚えましたリルナ・ファーレンスさん。またそのうち、お会いしましょう! えぇ、是非とも! 絶対に!』

「あ、待ちなさいっ!」


 リルナはそう叫ぶが、人形からはそれ以上の言葉は出てこなかった。ただ、カラカラという乾いた音が聞こえたきり、ぷっつりと音声が途絶える。


「シロちゃん、分かる?」


 リーンは五感を尖らせるようにして、夜空に顔を突き上げる。耳で音、目で魔力の流れを追っていたようだが……しばらくして顔を横に振った。


「ダメだ、わかんない。リルナ、厄介な奴に目を付けられたね」

「うぅ、最悪だ~」


 そう嘆くと同時に、疲れが出たのだろうか。フラフラと地面にへたり込む。


「あぁ、直接地面に座っちゃ汚れちゃうよ」

「うぅ……裸とか色々見られたぁ……最悪だ~」

「いや、たぶん見えてないよ。見えない所から人形を操っていたと思うから」

「ほんと?」

「まぁ、ボクは見たけどね」

「ばかぁ!」

「あいたっ!?」


 ホワイトドラゴンの顔に渾身の一撃をおみまいする。

 そんな前人未到の偉業を達成したところで、リルナはトボトボと宿へ戻るのだった。


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