~マジカルだいせんそー~ 19
振り下ろされた倭刀は、果たして白狼丸の首の皮一枚で止まった。流血すらしない、恐ろしいほどの寸止めに、ひぅ、とメロディが声をあげるほど。
「……?」
いつまでたっても訪れない死の衝撃に耐え切れず、白狼丸は眼をあける。未だ自分の首がつながっているのを確かめたあと、隣に立つ女剣士を見上げた。
「拙者に生き恥を晒せ、というのでござるか」
「そうや」
にっかりと笑ってサクラは納刀する。そして、彼の横にどっかりと座った。
「戦争はこれでしまいや。ウチらの勝ち。ええな?」
「……無論。今から拙者が暴れたところで天地ほどの差は埋まらぬ」
よっしゃ、とサクラは大岩へ向けて声をあげた。
「大将首、取った! 勝ち鬨をあげや!」
響き渡る声でそう宣言する。それを受けて、リルナをはじめその場の全員が声をあげた。
「うおおおおおおおおお!」
少々性別に偏りがあるため、ちょっぴり黄色い勝ち鬨になるのは仕方がない。それでも、その大声にホワイトドラゴンの咆哮が混じれば迫力満点。びりびりと空気を揺るがし、炎のくすぶる戦場に響き渡った。
それは、いわゆる戦争終了の合図だ。どちらの陣営が勝利したのか、ハッキリとさせる行為。戦争のルールではなく、戦場の掟のようなもの。その声を聞いて戦闘を続けられる敗戦兵はすくない。
蛮族であるゴブリンたちにも、その声は届く。ファイアーウッドゴーレムとわちゃわちゃと戦っていた連中や、呪文を唱え続け魔法を打ち続けヘトヘトになったゴブリンウィザードたちの手が止まる。自分たちの大将、オーガの負けに士気はゼロになり、攻撃の手は止まってしまった。
やがて静かになっていく戦場。残されたのは燃え上がるウッドゴーレムとその場にたたずむマッドゴーレム。ゴブリンたちはそのまま戦場を離れ、ウィザードたちの元へと合流していった。
「どうして拙者を殺さないのでござるか?」
静かになっていく戦場をながめながら、白狼丸は隣に座るサクラへ聞く。サクラは足を投げ出し、後ろに手を付きながら笑った。
「メリットが無いからや。おまえさんを倒せば、無防備になったそっちの魔女は、無抵抗になる。ウチらが狙わへんでも、どっかの魔女が食べるやろ」
「なぜ……どうして……」
「あぁ、簡単や。連鎖や連鎖。ウチがお前さんたちに勝ったっちゅうことは、ウチのレナンシュが力を付けたってことやろ? そうすると、またウチを狙って別の魔女が襲ってくる。そうなったら勝ち続けるのも面倒や。違うか?」
「ち、違うもなにも……それが魔女の生き方でござるよ」
魔女同士の争いを繰り返し、最期に立っていた者が真に力のある魔女となる。襲ってきた魔女を吸収し尽くしたあとの、凶悪な魔法使いの完成だ。永き時を生き、いくつもの同胞の命を奪った者は、それこそ魔女と呼ばれるにふさわしい生き物なのかもしれない。
だからこその蛮族と人間に揶揄される生き物だった。
「そうや。だからウチが止める。ウチらはやめる。面倒やもん、それ」
「面倒って……では、どうするでござる?」
「同盟や」
白狼丸は、オウム返しに同盟とつぶやいた。
「ウチのレナンシュとお前さんとこの魔女と同盟を組む。お互いに干渉しないこと、お互いに助け合うこと。これでどうや?」
「助け合う、とは?」
「別の魔女に仕掛けられたとき。お前さんの魔女がピンチのときはウチを呼び。なんせ友達がぎょーさんおるから、いくらでも助けたるで。んで、ウチらがピンチのときは、そっちの力を貸してんか。なんなら白狼丸、お前さんだけでもええで。どうや、これが同盟の内容やけど」
「それは……」
魅力的でござる、という言葉を白狼丸は飲み込んだ。彼はあくまで魔女に仕えるサムライ。彼が決めていい内容ではない。
「フーリュに聞いてみないと……分からないでござる」
「それが、お前さんの仕える魔女の名前か」
「フーリュ・ラムダ・ファイアーワークス。それが我が魔女の名でござるよ」
「そうか、分かった。じゃ、さっそく聞きに行こか」
サクラは立ち上がるとお尻についた砂をはらう。そして成り行きを見守っていた大岩の上へ声をかけた。
「リルナー! リーン! ちょっと力かしてーな! あとレナンシュもこーい!」
呼ばれたからには行くしかない。なんだろう、と首をかしげながらリルナは大岩から飛び降りた。リーンはふわりと浮かび上がり、サクラの隣に着地する。遅れてレナンシュもおっかなびっくりと大岩から飛び降りた。
「リーン、ちょっと運んでくれへんか?」
「そっちの魔女のところ?」
「そうや」
ちょっぴり嫌そうなホワイトドラゴン。口を尖らせる、なんて器用な表情をしてみせたあとに了承した。
「ボクは便利な運び屋じゃないんだけどな。最近、戦闘よりも移動に使われてない?」
「実際便利だし――ふぎゃっ!? な、なにすんのよっ!」
にひひ、と笑ったリルナの頭にリーンは自分の顎を乗せる。もちろん体重を支えられるわけがなく、リルナは地面へと倒れた。
「龍族を馬鹿にされたので、一族を代表して鉄槌をくらわせました。パパにもやってもらおうか?」
「い、いいえ、遠慮します。死んじゃう!」
ノンキにやり取りをするリルナとリーンをみて、白狼丸は夢でも見ているのかと思われるような表情を浮かべた。なにより終わったとはいえ戦場でやるようなやり取りではない。
「なるほど。すでに気構えが違ったでござるな」
いや、これこそが人間種か、と妙な方向に納得する白狼丸。あながち間違いではないな、とサクラも笑った。
「というわけで、リーン殿。ホワイトドラゴン様よ。ウチらを乗せて向こうの魔女のところまで送ってや、頼むわ」
「べつにいいけど、なんかお礼が欲しい」
「……そう言われたら、非常に困ったな」
龍族に捧げるものなど、金銀財宝と相場が決まっている。もしくは生け贄の生娘だろうか。サクラの手持ちにそんなものはなく、珍しく腕を組んで固まってしまった。
「すまん、なんもあらへんわ」
「じゃ、土下座して」
「わかった」
ドゲザ? と、一同が疑問符を浮かべている間にサクラは膝を地面につけ、額を地にこすりつけた。
「なにとぞ、なにとぞ」
「よし、オッケー」
「ありがとう。すまんな、リーン」
「いいよいいよ」
謎の儀式が終わったところでサクラはリーンの背中に飛び乗った。続けてレナンシュの手を取り、最後に白狼丸も引っ張りあげる。
「あれ、わたしの場所は……」
「リルナはボクが持つよ」
「えっ!?」
なんで、という抗議を受ける前にリーンはふわりと浮かび上がる。そのまま手でガッシリと両腕を掴むと、リルナを持ち上げた。
「いだだだだだだ! わきが痛いいたい、ひぃ!」
「もう、弱いな~」
リーンは苦笑すると、掴んでいた手を胸の前にやって抱きしめる。すこしは負担が減ったのか、リルナは静かになった。しかし、妙に恥ずかしい。
「なんか人形になった気分……」
小さい子が人形を大事に抱えられているイメージ。それがホワイトドラゴンの子供なので、尚更といった感じを抱いた。
「ほな、行ってくるで。メロディは安全の確保を頼む。リリアーナとルルの保護とイザーラに状況の説明や。ええな」
「うむ、心得た!」
サクラの支持に、メロディはどんと胸を叩く。それを見て、白狼丸もリーンにお願いした。
「すまぬ、ホワイトドラゴン殿。拙者も部下に指示を送りたいのでござるが……」
「いいよ」
まさか気軽な返事がもらえるとは思っていなかったのか、オーガは目を白黒とさせた。なにせ相手は龍種。気軽にお願いできる相手ではなく、下手をすれば命も落としかねない。
それでも単純な願いは聞いてもらえたらしく、戦場に残るゴブリンの元へ移動する。相手からしてみれば、空中から龍が降り立つ光景だ。思わず平伏し、命乞いするのも無理はない。そんなゴブリンに白狼丸は蛮族語で声をかけた。一言か二言、それだけで伝わったらしく、ゴブリンはわたわたと慌てて駆け出した。どちらかというと逃げ出したようにも見えなくない。
「なんて言ったんや?」
「逃げるも良し、残るも良し。どちらも、命は保障する。そう伝えたでござる」
あとはゴブリンやコボルトがどう判断するか。それは彼ら自身に委ねられた。それぐらいの知能は、彼らにもあるだろう。荒野に進むか、白狼丸を信じて仕え続けるか。彼の大将としての姿が問われる問題かもしれない。
「じゃ、加速するよ」
リーンの言葉にリルナ以外がうなづく。なにせ抱っこされているのでどうしようもない。冷たい風をもろに浴びて、涙がちょちょ切れになりながら、ホワイトドラゴンと共に一同は白狼丸の主のもとへと飛行した。




