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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その19 ~マジカルだいせんそー~

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~マジカルだいせんそー~ 18

 合図は無い。ただ、皆が見守っている中でサクラと白狼丸は向かい合う。試合ではなく、殺し合い。戦争の最中、大将同士の一騎打ちだった。

 本来ならば、そんなことにはならない。敵陣の真ん中で、敵対する大将がいる。それは言ってしまえば処刑でみる光景だ。部下もなくそんな場所に引っ張られてきたのならば、待っているのは死しかない。

 メロディを追いかけ、敵陣までやってきた白狼丸は気づく。

 自分が、どれほどの相手に戦争をしかけたのか。相手は魔女ではなく人間種だった。しかも龍族まで味方についている。どう考えても勝ち目は無かった。

 では、どうしてここまでの戦いになったのか?

 どうして森の中にわざわざ罠を仕掛けたのか?

 そんな疑問が残る。

 わざわざ戦争を受けた理由があるはずだ。だからこそ、白狼丸は敵の大将であるサクラとの一騎打ちを申し出た。

 一目で、実力差を痛感するが。

 その人間は白狼丸からすればバケモノに近かった。全身に呪いを受けながら平然と生きている。そんな人間が、笑いながら生きているのだ。

 白狼丸自身も呪いを受けている。

 それは、彼の仕える魔女から施されたもの。この生涯をかけて彼女を守ると誓った証。それが、白狼丸の身体に刻まれている。

 しかし、サクラのそれは尋常ではない。呪いを受けたからこそ理解できた。その魂まで牙と爪が食い込み、肉体まで変貌させ時間までもが捻じ曲がっている醜悪な呪い。

 そんな生き物として最底辺まで堕ちてしまった状態にも関わらず、その足運び、呼吸、気配、視線の動き……加えて、牽制する殺気までもが達人の域にまで高められていた。

 かなりの経験値を積んできた白狼丸だからこそ理解できる強さ。それを隠しもせず、サクラは勝負を受けてくれた。


「あぁ、死ぬのにはもってこいの相手でござる」


 対峙する少女の姿をバケモノを見て、蛮族のサムライは安堵した。

 自分の最期が、剣士としての死。それも正々堂々と勝負し、負け、命を落とす。それは蛮族のオーガとしての最上の死を意味していた。

 好戦的な種族であるオーガは、戦って死ぬ事こそ誉れであるという文化がある。すなわち、負けこそが死と捉えられていた。

 生きるは恥。

 なれど、強者こそ夢。


「行くで」


 呪われし強者からの合図。と、共に戦場に風が吹く。


「うわっ」


 と、声をあげたのはリルナだった。その声は剣戟の後。リルナの声よりも先に目を見開いたのはメロディ。サクラと白狼丸の、その踏み出す一歩に驚愕する。

 お互いの一歩目で、お互いの間合いに入った。

 攻撃を与えるため、相手を倒すため、それは当たり前のこと。だが、それは同時に自分の死を確実にする行為。剣が腕に当たれば切断され、腹に当たれば内臓がこぼれ落ちる。そんな死地に、自らの足で躊躇なく入り込む。

 正気の沙汰ではないふたりの剣士に、メロディは身震い、尊敬し、笑みがこぼれた。


「ほまれ、じゃな」


 サクラと白狼丸の剣が交錯する。剛剣たる白狼丸の一撃を、柔剣なるサクラの抜刀した倭刀がいなした。位置を入れ替え、振り向きざまに薙いだのはサクラ。それを予見していた白狼丸は屈み、彼もまた剣で薙ぐ。サクラはそれを大きくジャンプして避け、後退した。


「フっ!」


 短い呼気。白狼丸はサクラの着地を狙い突進する。大上段に構えた剣は背中と平行なほどに振り上げられた。


「りゃぁ!」


 気合一閃。地面を叩いた剣は、果たしてサクラの肉体には当たっていない。紙一重で体を横にし、斬撃をかわした。


「にぃ」


 ニヤリとサクラは笑う。


「くっ」


 慌てて白狼丸は後退しようとするが、その前にサクラの足が即頭部にクリーンヒットした。吹っ飛び転がるオーガにサクラは迫る。いつの間にか鞘に納刀された倭刀に手をかけた。

 抜刀という戦闘スタイルは反りがある倭刀、タイワ刀で可能となるものだった。刀を引くと同時に鞘も引く。その刹那の引っかかりが斬撃の速度と威力を加速させた。分かりやすい例がデコピン。中指を親指に引っ掛けてパワーを溜める、それと同じことをサクラは刀と鞘で再現していた。

 加えて、それは間合いの秘匿にもつながる。刃が見えない以上、敵の動きをある程度は大げさなものに変えることができた。もちろん、達人にはそれほど通用しない効果だが。


「ハッ」


 鞘鳴りの音は聞こえない。瞬速に抜かれた刃は空気を切り裂く音すらさせず、白狼丸へと迫った。

 ギン、と弾く音。サクラの一撃を白狼丸は剣で防いだ。


「ほう」

「なんの!」


 牽制に大きく振るった剣をサクラは後方へ下がって避ける。それからゆっくりと刀を鞘へと納めた。


「なかなかの腕前やな。どうして魔女の手下に成り下がっとるのか、分からへんな」

「その言葉、そっくりそのまま返すでござる」

「……そらそうやな」


 くくく、と悪そうに笑ったサクラはそのまま静かに腰を落とした。左手は鞘を持ち、右手は柄を握る。いつでも抜ける、という構えをみせた。

 対して白狼丸は落ち着くように息を吐き、剣を正眼へと構えた。その姿を見て、あっ、と声をあげたのは魔法使い組。リルナと桜花、そして魔女レナンシュだ。

 白狼丸から感じられる魔力。それは剣士にあるまじき量の多さ。足元から渦巻くように練りあがると紅色の風となって白狼丸の髪をはためかせた。


「ほぅ。器用やな」


 赤い風をまとうオーガの姿を見てもサクラは動じない。ただ、静かに倭刀の柄に手を添えて白狼丸の攻撃を待つ。その一撃こそ、彼の切り札だと理解し、その一撃を練り上げる時間は多大なるものと理解しつつも、それを待った。


「感謝」

「他愛なし」


 白狼丸の言葉にサクラが答える。

 ふたりだけの戦場に、メロディは目を細めた。

 出会ったばかりのふたり。敵同士のふたり。それなのに、言葉少なく意思が通じている。剣でのみ会話している。その光景は、お姫様が聞いていた女王からの寝物語。剣士の視線から語られる英雄譚。

 うらやましいと思う。軽く嫉妬する。強者でなければ到達できない領域に、サクラと白狼丸がいる。


「あぁ、妾もそこへ」


 足を踏み入れたい。

 お姫様が願うと同時に、白狼丸の剣が燃え上がった。魔法の炎が剣を包む。魔力が剣まで通り、それは炎となって顕現した。マジックアイテムではなく、彼自身の魔力で作られた炎は赤く彼の髪を染め上げた。


「参る」


 駆ける白と赤の蛮族。

 炎とは、動物が本能的に恐れるもの。野生の獣は決して近づかない魔と文明の力。赤い軌跡を残し、白狼丸の剣が振り下ろされる。

 袈裟に斬り下ろされたそれを、サクラは屈んで避けた。ポニーテールに結われていた毛先が切り落とされ、燃え尽きる。同時に後ろの雑草も炎によって燃え上がった。魔法剣らしく、実際の間合いは刃以上だ。


「せやけど、当たらんかったら意味ないで」


 相手の懐に飛び込むサクラ。肉薄した場所で刀を抜くスペースはない。


「くっ」


 後ろへバックステップした白狼丸へ追従し、前へと飛ぶ。ぴったりと肉薄したまま、身長の高い白狼丸の顔を、視線を見た。

 苦し紛れに振られる炎の剣。お互いに間合いはない。オーガは軸足を残し、左足を下げることによって擬似的に力をこめた斬撃をはなつ。

 それに合わせてサクラは腰を左に捻り、鞘を引き飛ばし捨てる勢いで下げる。


「我流抜刀四十八手、その二十一『抱き地蔵』!」


 コンパクトに、まるで小さく屈み込むような姿勢から、サクラは抜刀し、刃を走らせる。その狙いは振り下ろされる炎の剣。

 交錯する刃と刃。

 その結果は、ガインという金属音と炎の霧散する光景だった。


「なっ」

「悪いな、ござる君。ウチの刀の銘は『クジカネサダ』。ちょっとした魔力ブレイカーなんや」


 驚く白狼丸だが、跳ね返り上がってしまった腕を正眼にまで戻す。しかし、動揺からか力が込められていなかった手から剣が弾けとんだ。

 サクラが絡ませ、梃子の原理で空中高くへと弾き飛ばしたのだ。


「……すぅ、はぁ……感謝するでござる」


 言い訳はしない。

 驚きもしない。

 最初から勝ち目はなかった戦いだ。力量はおろか武器の相性まで悪かった。白狼丸の勝ち目は初めからゼロだっただけに、彼はゆっくりと姿勢を正すとその場で正座した。


「見事でござる、サクラ殿。彼岸への土産は大量でござるよ」


 さぁ、と鉄賀白狼丸は目を閉じた。

 最後に思うのは、自分が仕えた主である魔女の姿。最期は彼女に会いたかったが、もう色々と手遅れだ。初めから無理で無茶で無謀な戦争だったことに気づけなかった魔女も白狼丸も悪い。そう、すべてが悪かったのだ。

 白狼丸は、それだけを恥じ、飲み込み、神様のもとへと旅立つ覚悟を決めた。


「良き日々でござった。さらば!」

「うむ。その姿勢や見事!」


 サクラの賞賛の言葉を嬉しく思う白狼丸。

 そんな彼に、サクラの刃は振り下ろされた――


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