~マジカルだいせんそー~ 17
地獄というには生ぬるく、ましてや焦土というにはまだまだ早い。そんな焼け野原を白狼丸は走る。オーガという種族は生まれながらにして強い。たとえ赤ん坊であろうとも、生まれながらにコボルト以上の力を持つ者も多かった。
支配者階級。蛮族の中で、少なくともそう呼ばれることがあるオーガ種だが、実質はその傾向にない。そのほとんどがチンピラまがいの集団に過ぎず、井の中の蛙を体言したような者ばかり。白狼丸のようなオーガは珍しいタイプだった。
もっとも、彼は魔女の手下になっている。支配者とも言える種族が仕える魔女の実力がいかほどのものか、想像するに足る材料とも言えた。
生まれながらの脚力は人間種を凌駕する。たとえバケモノに育てられた少女といえど、メロディの速さより白狼丸の足は上回っていた。だが、その距離は埋まらない。お姫様を助けるように、ウッドゴーレムが壁をつくり、背後より矢が射られる。
「フっ!」
短い呼気で力を込め、一撃のもとにウッドゴーレムを両断。続けてウッドゴーレムの肩を足場にして飛び越えると、後ろから迫っていた矢をかわした。ジリジリとメロディとの距離が詰まるものの、徹底的には縮まらない。そんな戦場での追いかけっこも、すぐに終わりを告げた。
炎の戦場を抜け、視界は開ける。世闇の中にあったのは巨大な横たわる岩。その手前で、メロディは止まり反転する。剣を構えて白狼丸の追撃を警戒するが――彼はメロディの元まで走ることなく、足を止めた。
「これは……なんということか……」
初めに見えたのは、白く大きな影だった。世闇の中、炎の明るさから闇に慣れぬ内に見た白い巨石にも思えた。しかし、違う。
それは首を動かすと白狼丸と視線を合わせる。
視線。
そう、白い巨石は生きている。いや、それは岩でも石でもない。白いのは、まだ産毛に覆われた鱗だった。まるで鳥のような姿だが、それを鳥と見間違うのは難しい。誰がどう見てもその姿は龍であった。
「ホワイトドラゴン……」
つぶやく蛮族の声は、自嘲染みたもの。自分たちがケンカを売った相手がどんな存在であるのか、初めて気づいた。
「――、無念でござる」
考える。その結果、どうにもならないことを理解し、白狼丸は潔くどっかりと腰を落とした。地面にあぐらをかいて座ると、難しい顔をしながらも覚悟を決めたように目を閉じる。
「勘違いしないでよ。僕はただの見物人……見物龍だから」
そんな蛮族の姿を見て、ホワイトドラゴンは空気を揺らし声を発した。自分のことを見物人と表現する、少々どころかかなりのニンゲン臭さに驚きつつ、白狼丸は目を開ける。
「こ、こちらの魔女を庇護しているわけではないでござるか?」
「うん。僕の部下は、この子だけ」
そう言ってリーンはリルナのマントをくわえて持ち上げる。
「え? え? なんで!? ていうか、わたし部下じゃない! 主よあるじ! わたしのほうが上っ!」
ニンゲンとじゃれ合っているホワイトドラゴン。そんな奇妙な光景に眉をひそめつつ、白狼丸は立ち上がった。
「で、では、こちらの魔女殿は……」
「私」
ホワイトドラゴンの影から、真っ黒なローブをまとった少女が出てくる。魔女の帽子を深くかぶっていて、その表情はうかがえない。消え入りそうな声がかろうじて白狼丸のもとまで届いた。
「魔女殿。そちらのホワイトドラゴンとの関係は……」
そう聞かれたレナンシュは、ちらりとリーンを見上げる。それに合わせてリーンもレナンシュを見下ろした。だけど、その口にはリルナがくわえられたまま。およそ敵と会合しているような雰囲気ではない。
「ともだちのともだち?」
「疑問系でござるのか……」
まいったでござるな、と白狼丸は頭をかく。その理由としては、レナンシュの幼さ、だ。魔女の実力は歳相応なのが普通だ。ニンゲンの子供と違わない見た目ならば、その実力も小さい。だが、大人の姿ならば話は別となる。魔女はある一定の年齢になると、それ以上は老けない。魔女といえばおばあさんを想像する人が多いが、実際にはおばあさんの魔女なんていたら、それこそ大魔法使いの可能性がある。世界をひっくり返すほどの大魔術を使う可能性があるので、すぐに討伐対象になってしまうだろう。
近々、力を付けてきた魔女。白狼丸はその言葉から、それなりに年齢のいった魔女を想像していた。しかし、違った。相手はまだ子供と呼べる年齢。それなのに力を付けてきた、その理由は恐らく彼女の周囲が原因だろう。
人間だ。
加えてホワイトドラゴンまでいる。
魔女として非常に稀有な状況があった為に、目の前の魔女は成長が著しかったのだろう。白狼丸はそう結論づけ、気持ちを入れ替えた。
「では、魔女殿。お主の命、頂くでござる」
「そうはいかんな」
白狼丸の宣言に、もちろん邪魔が入る。巨石から飛び降りたその人物を見て、あぁなるほど、と白狼丸は理解した。
「お主のおかげ、でござるな」
「そうや。ウチのおかげや」
全身の呪いを体に浮かび上がらせてサクラは言う。成長反転、魂の反転、時間停止、三つの凶悪な呪いは禍々しくもサクラの皮膚を這いずり回っている。まるで意思を持ったかのように、サクラの体に文字や図形を描き続けていた。
そんな中で、一番小さな呪い。腕に巻きつく木の枝だけが、弱弱しくも温かく感じられた。
「貴殿が、魔女の守りでござるな。拙者は鉄雅白狼丸と申す」
「ウチは……本名は捨てた。いまはサクラと名乗っとる」
「ではサクラ殿。勝負をしてくれぬだろうか?」
白狼丸は姿勢を正した。
その態度を見て、サクラはほぅと笑みを浮かべる。
「おまえさんほどの実力やったら分かると思ったんやけどな」
「いや、拙者の負けは確定しているでござるよ。だが、なにもせずに散ったとならば、あの世の土産が無いでござる。せめて手土産を用意して地獄めぐりを楽しみたい。それだけでござるよ」
それが敵わぬというのなら、と白狼丸は再びどっかりと腰を落とした。
「拙者の首を落として、後方に控えているコボルトにでも渡してくれ。それでこの戦争は終わるでござるよ」
「おまえさん、蛮族のくせに面倒な性格しとるなぁ」
「かかか。良く言われるでござる」
いやはやここまでか、と白狼丸は目を閉じた。
「倭刀で斬られたとあっては、良き経験でござる。ご先祖様も褒めてくれるだろう」
「ふん。無抵抗な敵を斬る趣味はあらへんで。立て、白狼丸。決着は刀でつけるぞ」
そのサクラの言葉に白狼丸は目を開く。その表情は嬉しさがあふれ、まるでおもちゃを買ってもらった男児のようだった。
「ありがたき!」
素早く立ち上がると白狼丸はその場で剣を抜き、構える。真っ直ぐな刃は、背中の炎を反射して赤く見えた。
対してサクラも刀を抜く。その薄い刃もまた炎を反射していた。
赤き剣を構え、ふたりの男が笑う。
「我流、鉄雅白狼丸。参るでござる」
「どこまでも古風な男やな」
はっは、とサクラは笑い、白狼丸の矜持に乗った。
「我流抜刀術、サクラ。せいぜい手を抜くから、どこからでもかかってこい」
素早く納刀し、サクラは深く腰を落とした。
張り詰める空気。
戦場の中に訪れた静寂は、真剣勝負の始まりを告げる空気だった。




