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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その19 ~マジカルだいせんそー~

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~マジカルだいせんそー~ 16

 呼吸は隙を生む。

 サクラから教えてもらったことを思い出す。人間が活動するのに必要な空気。それを絶えず、人は吸ったり吐いたりしている。そして、行動を起こす際に人は必ず大きく息を吸う。それが攻撃の合図となる。そうサクラに教えてもらった。

 だからこそメロディは、まず息を吐ききった。肺の中を空っぽにする。彼女の体は、まだ小さい。冒険者として訓練されているが、まだ成長途中だ。胸もすこしふくらんできた程度。大人の体とは、まだまだ呼べない。

 だからこそ、必要な空気も少ない。言ってしまえば、浅い呼吸ですぐに肺は満たされる。

 無呼吸。

 肺を新鮮な空気で満たした後、メロディは呼吸を捨てた。じゃないと、死ぬ。そう覚悟して目の前のオーガに挑む。

 いや、挑むも間違いだ。

 耐える。

 それしかできない。

 死なないように、がんばるしかない。


「ふっ」


 と、短く呼吸をしたのはオーガ・白狼丸のほうだった。サクラの言うところの攻撃の合図となる。しかし、それを知りながらも知覚できるかどうかは別だ。

 白狼丸の動きをメロディは追う。正眼に構えた剣の切っ先で、一歩を踏み出した。先はその一歩で領土を侵されたが、今回は違う。二歩目は左に反れた。剣が、左へと動きかけたところで、メロディは左へと飛んだ。

 次の瞬間には、右側をオーガが駆け抜ける。足運びの妙。フェイントを織り交ぜたその動きになんとかメロディはついていく。だが、それが精一杯。早駆けながらの攻撃だが、その威力は高い。体重の軽いメロディは易々と後方へと弾かれた。


「っ」


 小さく漏れる呼吸。しかし、たたらを踏むように着地したあとは前へと進んだ。三歩走ったところで振り返る。上段から振り下ろされる白狼丸の剣を、バスタードソードでなんとか防御した。


「見事でござる」


 それに答える暇なく、メロディは剣をふるった。大振りのその一撃は牽制だ。後ろへと下がってもらう意味があったのだが、白狼丸はその一撃を屈んで避ける。

 牽制すら許してくれない。ヒリヒリと続く一撃死の間合いで、メロディは意識を更に改める。オーガの強さはサクラに匹敵するレベルかも、と。

 実質、メロディもリルナも、サクラの限界を知らない。どの程度の強さがあるのか、はっきりと見極めていない。それはサクラ自身がひょうひょうとして語らないこともあるし、匹敵する敵に出会ってもいないからだ。

 しかし、その片鱗は知っている。リルナは宿の主人、カーラと戦うサクラを見ている。メロディはレベル90を上回った母親に鍛えられた人間だ。その強さをサクラに重ねて見ることはできた。

 レベル90も無い。しかし、それに匹敵する強さはある。

 メロディは目の前の白き鬼を、そう判断した。


「やめじゃ」


 ならば、と呼吸をする。思い切り空気を吸い込み、思いっきり視野を広げた。


「む?」


 お姫様の雰囲気が変わったところで白狼丸は足を止める。


「どうしたでござるか?」

「正々堂々と戦おうと思ったのじゃが……お主は強い。妾では到底敵わぬ」

「降参するでござるか」


 それもまた良し、と白狼丸は剣を肩から下ろす。


「いや、違うでござるよ」


 メロディはニヤリと笑って白狼丸の共通語を真似てしゃべった。


「正々堂々と戦うのを諦めたのじゃ。妾の剣技では敵わぬ。だから、剣以外の物を使わせてもらうぞ」

「無論、ここは戦場でござる。なにを使おうとも、剣士の恥にはならぬよ」

「ありがたいのじゃ」

「その在り方、感服いたす」


 再び白狼丸が剣を担いだところで、メロディは火打ち石を剣で弾いた。弾ける火花と共に石が白狼丸へと向かう。それを難なく避けるオーガだが、反撃とばかりに動く彼の足は止まらざるをえなかった。


「くっ」


 マッドゴーレムが彼へと襲いくる。緩慢な動きだが、叩き潰そうと振り下ろされた一撃を無視するわけにもいかない。なにより、白狼丸からすればマッドゴーレムを減らすのは益となる。叩き落された拳を避け、その首を剣で切り落とした。

 ずずん、と音がして倒れるマッドゴーレム。その隙を、メロディが狙うのか、とも思われたが、彼女は動かず剣を構えていた。

 それこそ虚を突かれた白狼丸。そのわずかな疑問を挟む時間を利用して、メロディは距離を保ったまま右側へと移動した。それを目で追うオーガ。しかし、その視線を熱量で遮る存在がある。ウッドゴーレムだ。舌打ちすることなく、メロディとの視線の間に入ってきた燃えるゴーレムを切り伏せる。その両断され朽ちるゴーレムの間からメロディが飛び込んできた。


「うりゃあああ!」


 気合一閃。幅跳びの要領で全力を込めたメロディの一撃だ。しかし、白狼丸は動じない。メロディの剣を素直に受け止めた。さすがに全体重と勢いを乗せた攻撃なだけに弾くことはできない。メロディはひっくり返りそうになる体を無理に引きとめようとせず、白狼丸を越えて背中側へと着地した。慌てて振り返るが、追撃はない。ホッと息を吐いた。


「お主、炎が怖くないのでござるか?」

「妾の原初風景は炎なのじゃ。ゆえに、火の海も熱も、それほど恐怖を抱かんよ」

「生まれ持っての修羅か」

「うつけめ。妾は一領土の姫ぞ。雑種ではあるが、育ちは良いのじゃ」


 かかかかか、とメロディは笑ってみせる。

 最初の記憶が炎の中というのは本当だ。その話をすると、母もメイド長もいい顔をしないので、語るべく話でもなかった。恐らくそれは、母親にとっては良い思い出ではない。しかし、メロディにとっては母と出会えたキッカケにも感じていた。

 だから、炎は怖くない。赤き熱は、我慢できる。


「ゆえに妾は厄介じゃぞ。なにせ、しぶとい。生まれ持っての死に底無い。生まれ直したこの身じゃ。そう簡単に死なぬぞ」


 くけけ、とメロディは意地悪く笑って後方へと下がった。なんだ、次はなにをしてくる、と白狼丸がメロディの次の動作を待つ。

 それが狙い目だった。

 隙とも言える。

 蛮族の視線を制御したメロディは賭けた。ベットしたのは自分の運命を少々。残りの全てを森の中に潜んだエルフへ賭けた。

 風切り音。

 飛来する矢は、白狼丸の後方から。


「援護でござるか!?」


 さすがのオーガ種も背中を向けたまま矢を避けることはできない。むしろ、この戦場の最中に背中への殺気を感じ取れたのが驚きだった。

 白狼丸へと真っ直ぐに向かった矢は、果たして切り落とされる。だが、またしても白狼丸は背後に殺気を感じた。

 踏み込むメロディだ。

 一瞬にして距離を詰めた彼女は、バスタードソードを大きく振りかぶる。虚を突き、その更に虚を突いた攻撃は、これまで以上にオーガへと肉薄した。


「見事。だが――」


 まだ足りないでござる。

 そう言葉にすることなく、白狼丸は肩に剣を引き、叩いた。跳ねる剣。それは、彼の肩に仕込まれたポイントアーマー。うすい鎧が剣を跳ね返しメロディに迫る。

 だが、彼女は止まらない。

 見えていないわけではない。あえて、メロディはそのまま踏み込んだ。

 無謀な特攻か、と白狼丸は思った。

 まだ策があるのか、と白狼丸が自身の考えを否定した。

 果たして彼の高速の剣は、青い障壁に止まる。ヴァルキリー・メイルのオートガードのスキルが発動し、白狼丸の剣を受け止めた。


「おおおおぉぉぉぉぉぉ!」


 その隙を狙い、メロディはバスタードソードを振り下ろす。袈裟に大きく、届けとばかりに全力で振り下ろした。

 ズダン、と大きく中長剣は地面を叩いた。メロディの一撃は、彼の膝先をすこしだけ掠めて、地面を叩いたのだった。

 白狼丸は大きく後ろへとジャンプして距離を取った。その際に小石をメロディに投げつけたのだが、それも全てオートガードの青い障壁に阻まれる。


「奥の手、でござるか」

「……奥すぎて手が届かなかったようじゃ。ふ~む、妾の負けじゃな」

「あっさり引くのでござるな。見事な作戦でござる上に、厄介な能力。まだまだ戦えると思うのだが?」

「これ以上は危険じゃよ。オートガードを見せてしまっては、対策されてしまうじゃろ?」

「確かに、そうでござるな」


 白狼丸はメロディに背を向けて森を見る。矢は一本限りでそれ以上の追撃は無かった。


「見事な仲間にござるな。火打ち石は弓兵への合図でござるか?」

「うむ、その通りじゃ。自慢の友達じゃぞ」

「そうでござるか」

「ちなみに後方にもまだまだ控えておるぞ」

「……そうか。お主は先方か」

「うむ。一番槍の名誉は妾が得た!」


 えっへん、とメロディは胸を張る。そして、剣を鞘に収めると後ろへと下がった。


「妾は負けじゃ。しかし、白狼丸殿。そなたらの勝ちは難しいぞ」

「忠告、痛み入る」


 白狼丸はメロディを追わなかった。チリチリと背中に感じる殺気は、森からのもの。追ったところで足止めされるのは目に見えていた。


「大勢を立て直すのは無理でござるな」


 周囲を確認すると、まだまだ火の手は衰えない。ゴブリンも慌てふためいているし、ウッドゴーレムも暴れている。


「戦争とは、難しいものでござるなぁ」


 苦笑しつつ、白狼丸はメロディの去る方角へ足を進めるのだった。


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