~マジカルだいせんそー~ 15
戦場は、文字通り赤く燃えていた。
主にウッドゴーレムのせいで。
「あ~ぁ~あ~ぁ~ぁ~……」
燃え上がるウッドゴーレムに逃げ惑うゴブリン。戦闘どころではなく、逃げるのに必死なゴブリンを、自暴自棄になって追いかけるウッドゴーレムたち。
それらを見て、リルナとレナンシュは頭を抱えた。
リルナの嫌な予感、忘れているような胸のつっかえ、それらは魔法という存在だった。魔女の手下なんだから、魔法が使えて当たり前、と考えるべきだったのだが、すっかりとそれを失念していたこと。それが分かっていたのなら、ウッドゴーレムを量産するのではなく、精鋭のマッドゴーレムか、アイアンゴーレムを作るべきと助言ができたはずだ。
レナンシュが頭を抱えたのは、一生懸命がんばって造ったウッドゴーレムたちが無残にも燃えていく様を見て、だった。魔女である彼女自身もすっかりと失念していたのだ。ゴブリンに魔法を仕込むことなど。
それは、レナンシュ自身が木属性に生まれたから、かもしれない。純粋な魔女ではあるのだが、木属性だったからこそ、ウッドゴーレムを容易に作れる立場だったからこそ、魔法という概念をおざなりにしていた。
言ってしまえば、レナンシュは魔法使いではなくクラフトワークスをしていたのだ。ウッドゴーレムやマッドゴーレムは魔法で動く魔導体ではある。しかし、その本分はどちらかというと魔法ではなく、体を作るクラフトのほうだ。迷宮を守ることに注意を注いだレナンシュはいつの間にかゴーレム製造に意識を向け、防御を急いだわけだ。
そこにはサクラの存在も大きい。なにせ最強の矛を手に入れてたのだから、あとは最強の盾をつくれば事は足りる。サクラがいたからこそ、レナンシュは防衛手段を第一に鍛えたのだった。
「がんばって造ったのにぃ……」
ガックリと魔女は岩の上に膝をつく。すっかりと心が折れてしまったようだ。これが軍師ならば最悪なのだが、彼女は担ぎ上げられた大将だ。まだレナンシュ軍は、戦える。
「う、ウンディーネ、なんとかならない?」
水の大精霊ならば火の海もなんとかできるんじゃないか、とリルナは聞いてみるが、ウンディーネは首を横にふる。
「さすがにこの量の火を消すのは無理ですね」
「そっか~」
ウンディーネは申し訳なさそうにするが、その隣に浮いているサラディーナは楽しそうだった。なにせ、火の大精霊。火の海は大好きなんだろう。対して、ウッドゴーレムを見つめて、逃げて逃げてと騒いでいるのはノルミリーム。木の大精霊は、ウッドゴーレムの味方だった。
「うはは。こりゃアカンな」
「どうするのよ、サクラっ」
ノンキに笑っているサクラに掴みかかる勢いでリルナは叫ぶが、まぁまぁ、と元爺はなだめた。落ち着きや、と召喚士の頭をポンポンと叩くと火打ち石を取り出して合図を送る。それは左右に控えているマッドゴーレムへの攻撃命令。もはや挟撃もなにもあったもんじゃないので、いつ参戦しようが同じだった。
「真奈、玲奈、桜花はルルを回収。ウチはリリアーナを回収してくる。作戦は、命を大事に」
それだけ告げると、サクラは岩から飛び降りていってしまった。
「了解ですわ」
真奈たちも素早く岩を飛び降りてルルと合流するために大きく迂回しながら走っていく。
「え、わ、わたしは?」
後に残されたリルナは右往左往。
「落ち着け。待機だよ」
「あ、はい」
リーンの言葉に素直にうなづいて、レナンシュの隣に座ることにした。ぐすん、と涙ぐむレナンシュと共に、戦場をぼ~っと見つめる。
ファイアーダンス状態のフロアに、土で造られたゴーレムたちが参入する。さすがに土は燃えないので、四方八方に逃げまわっているゴブリンに、ゴーレムパンチをお見舞いしていた。数は少ないながらも、効果はきっちり発揮されており、ゴブリンの数は着実に減っていく。しかし、そうなると後方のゴブリン・ウィザードの動きも変わってくる。投入されたマッドゴーレムに対して、木属性の攻撃魔法を発動させた。
「木剋土、だね。イザーラは大丈夫かな……」
「がんばれイザーラ」
エルフにして森の民であるイザーラは、森の中に隠れてもらっていた。彼の得意武器である弓での後方からの支援に期待するが、あまり無茶なことは期待できない。せいぜい、気づかれないようにゴブリンの一体か二体を倒すのみだろう。派手なことをすると、イザーラはたったひとり。余計にピンチになってしまう。
ウッドゴーレムが燃え尽きるのが先か、はたまたゴブリンもろとも巻き込めるか、マッドゴーレムが残るのか、なんとも微妙な状況になってくる。
「メロディはどこだろう」
リルナは戦場を見渡す。あちこちで燃えている中、小さなお姫様の姿は見当たらない。
「あそこ」
レナンシュのほうが先に見つけたらしく、指をさす。そこにはゴブリン相手に奮戦する少女の姿があった。
「あちちち。ふんっ!」
さすがのヴァルキリー・メイルも熱は防ぐことはできない。ただ、熱がっている場合ではない。自暴自棄になったゴブリンが斧を振り上げてきたのを、バスタードソードで斬り裂いた。ぴぎゃ、という短い悲鳴と共にゴブリンは倒れ伏した。
「しかし熱いのぅ。このままではコンガリと美味しく焼かれてしまうのじゃ」
ほっ、と切りかかってくるゴブリンの攻撃を避け、後ろへと下がる。危うく燃えつきかけたウッドゴーレムに突っ込みかけたが、なんとか踏み留まる。
「おっと」
更に突っ込んでくるゴブリンをジャンプで避け、頭を蹴り着地する。後ろを振り返れば、ゴブリンが燃え上がって、恐らくは熱いに該当する蛮族語を叫びながら走り去っていった。
「ふむ。このまま妾ひとりでも大丈夫そうじゃのぅ。マッドゴーレムもおるし」
ウッドゴーレムはもはや自爆特攻機と化しているが、マッドゴーレムは戦場に入り混じりながらゴブリンを倒している。数は少ないながらも頼りになる、と見ていたのだが、そのうちの一体が足を破壊され、その場に転がった。
鋭利に切断された土の足。ジタバタともがくマッドゴーレムにトドメを刺したのは、一本の剣を持つ蛮族だった。
肌は黒く、身長は人間の成人男性ほど。髪は白くそれを後ろにまとめた姿は、どこかサクラに似ていた。しかし、人間と圧倒的に違うのは額から出た角。一本の真っ白な角が、額から真っ直ぐに伸びていた。
ゆったりとした大陸風のキモノ。これで武器が倭刀ならば、サクラと同じ姿なのだが、彼の武器は直刀であり、剣である。大きさはロングソードほど。なんの装飾も無いシンプルな剣だが、その威力はマッドゴーレムで証明済みだった。
「お主が、オーガかのぅ。なかなかのイケメンじゃ」
メロディの言葉に、オーガは笑う。
「珍しい言葉遣いでござるな。古風なようだが、ちょっとニュアンスが違うでござる。なかなか共通語も奥が深いでござるな」
「ほぅ、お主は共通語が理解できるのじゃな。しかし、古風なものを思えたのぅ。いまどき、ござるなんて誰も使っておらぬぞ」
「なんと。そうでござったか」
かっかっか、とオーガは愉快そうに笑った。
「して、人間がなぜ魔女の手下になっておるのだ。よもや巻き込まれたのでござったら、早く逃げることをおススメするでござるよ」
「妾は自分の意思でここにおる。妾の親友の友人が魔女、みたいなもんじゃな。訳あって助太刀いたす、というやつじゃ」
「なるほど。義でござるか」
「そうでござる」
ならば、とオーガは剣を肩に担ぐ。そして、深く腰を落とした。これが、オーガの構えらしい。対してメロディは、正眼に剣を構える。
「拙者、名を鉄雅白狼丸と申す。お相手いたそう」
「妾はメローディア・サヤマ。近しい者からはメロディと呼ばれておる。いつでも、参れ」
いざ、と白狼丸は一歩踏み出す。まるで地面を踏み込むようなその一歩は、容易にメロディの間合いを侵略した。正眼に構えていた剣の更に内側。しかも頭の位置がメロディよりも低い超前傾姿勢のまま、突撃してくる。
メロディにできたのは、後ろへ飛ぶこと。そして左腕のバックラーに重ねるようにバスタードソードの腹を前へと向けた。
「っぐぁ」
剣圧で息を失う。体が水平に後ろへと吹っ飛び、燃え盛るウッドーゴーレムを破壊してメロディは地面へと足をついた。ただし、バランスを崩してそのまま後方へとひっくり返る。だが、その場で止まらず、勢いのまま立ち上がった。
「――っは、すごいの」
オートガードは発動しなかった。メロディのガードが成功した、と判断したのか、はたまたオートガード以上の攻撃速度だったのか。
「見事でござる」
オーガ・白狼丸は、再び剣を肩にかつぎ、腰を落とした。
「そなたの実力は、もっと低いと思っていたのだが……申し訳ない。その年で、修羅を経験しておったでござるか」
「――」
返答する余裕が、無かった。
会話をする呼吸すら惜しい。集中を限界まで高める。じゃないと、死ぬ。
メロディが先の攻撃を防御できたのは、母親のお陰だ。バケモノのような強さでもって、時折見せてくれたその片鱗を経験していたからこそ、防御できた。
だが、それが何度もできるわけではない。油断すれば、一撃で殺される。オートガードのスキルすら見せたくなかった。
対応されれば死ぬ。
「――ふぅ」
最後になるかもしれない呼吸。
それを静かに終え、メロディは目の前の鬼に意識を集中するのだった。




