~マジカルだいせんそー~ 7
どこに光源があるのかサッパリと分からないが、とにかく真っ黒な天井の中にある森。並ぶ木々がまるで迷宮のように入り組んでおり、真っ直ぐ歩くのを防いでいた。
「ふしぎな感じだ~」
「人工的なのに自然とは……なるほど蛮族的じゃのぅ」
天井に上限があるために、そこまで高くない木を見てリルナとメロディはつぶやく。木々の間からまた別の木が見え、足元は草木が覆い茂っている。ズルをして壁抜けはできそうな雰囲気ではあるが、逆に時間をとられそうな足元だった。
「こっちやで~。迷うと厄介やからしっかりと着いてきいや」
サクラの言葉に、は~い、と一同は答えて移動していく。サクラは慣れた様子で迷宮を進んでいき、分かれ道など躊躇なく進んでいった。
「広い場所もあるんだ」
狭い通路ばかりではなく、大きい空間もある。最初に訪れたそこは綺麗な花畑で、色とりどりの花が咲いていた。どこからか水も流れているらしく、チョロチョロと水音がする。循環して、土を潤しているのかもしれない。
次に訪れた空間には、ウッドゴーレムがいた。番人か、とも思われたが、その手に持っているのは水やりのジョウロ。花の世話は、彼らゴーレムが担当していた。
「通るで~」
ウッドゴーレムに意思があるのか、サクラに対して丁寧にお辞儀をする。リルナも手を振ってみると、お辞儀をしてくれる。過去、思い切りお腹を殴られたことはスッカリと水に流して、そんなゴーレムの対応に笑っておいた。
「便利なものじゃな」
「人間には向いてない魔法じゃないかな~」
なにせゴーレムはモンスターに含まれる存在だ。人間がゴーレムを作って操っている、という話は一切として聞かない。それだけ制御の難しい魔法かもしれないし、なにより街中にゴーレムがいる様子は、精神衛生上よろしくないのだろう。下手な争いの種は持ち込まないほうが良い。
ウッドゴーレムの他には土を媒介としたマッドゴーレムと石のロックゴーレムがいた。それぞれ仕事に勤しんでいるらしく、サクラの挨拶に各々の挨拶を返してくれる。
「よろしく、なのじゃ」
メロディが元気に手をあげると、ロックゴーレムも手を振り上げて挨拶を返す。ちょっとしたお調子者のようで、お姫様はケラケラと笑った。
そんな風に迷宮を歩いていくと、やがて大きな空間へと出る。そこには一本の大樹があり、天井は高くなっていた。周囲は木々が取り囲んでいて、一軒の小さな小屋が建てられている。そこがレナンシュの家かな、とリルナは思ったが、サクラの向かうのは大樹のほう。
「こっちや」
なにも見当たらない大樹の幹に手をかけたかと思うと、そこが扉のように開いた。隠し扉になっているらしく、一同は驚く。うまく木の幹でカモフラージュされており、そこがドアになっているのか、なんて気づきもしなかった。盗賊スキルがあってこそ、発見できる代物なのかもしれない。
大樹の中の部屋は、こじんまりとしていた。小さなベッドに小さな机。光源であるロウソクの明かりがユラユラと揺れているだけの、狭い空間にレナンシュはいた。
「……どうして普通に入ってきてくれないの」
真っ黒な魔女の帽子。それを目深にかぶったままレナンシュは唇を尖らせた。その方角はもちろんサクラ。倭刀でもって、無理やり結界を暴いた進入方法は魔女の意図ではない。
「直接ここに来るより、最初から見て回ったほうが手間が省けるやろ」
「そうだけどさ……」
レナンシュは文句が言いたいのか、肩を上げるのだが――すぐにそれを下ろした。どうせ文句を言ったところで無駄だろう、とため息。苦労しているのね、とリルナは苦笑した。
「今日は……よろしく」
サクラには慣れているレナンシュだが、知らない顔もいるからか、そうおずおずと挨拶する。一応とばかりに、リルナはルルやリリアーナを紹介しておいた。
「あなたが、リリアーナ……?」
「は~い。よろしくおねがいしますねぇ、レナンシュちゃん」
にっこりと笑ったリリアーナは手を差し出す。それを握り返すレナンシュだが、その整った美人の顔をじ~っと見た後、大きく膨らんだ胸を見た。
「どうしたの~」
「こいつかー!」
と、レナンシュが叫びリリアーナの胸を両手で鷲掴みにした。
「ひぃ!?」
思わず悲鳴をあげるリリアーナ。リルナとメロディは慌てて魔女を羽交い絞めにして距離を取ると、どうどうどう、と落ち着くようにレナンシュの肩を叩いた。
「あのおっぱいさえ無ければ!」
「気持ちは分かるけど、理由がサッパリと分からないから!」
「落ち着け、魔女っ子よ。妾もそのうち、あの領域に足を踏み入れるからのぅ!」
ぜぇぜぇと息を漏らすレナンシュは、すぐに落ち着いた。
「つい」
と、一言だけ言い訳するとそのまま机に向かってしまい、背中を向けたままになった。そんな様子をケラケラと笑うサクラ。
あぁ、きっとこの元爺が悪いに違いない。
そう確信したリルナは、とりあえずレナンシュをそのままにして、サクラにこれからどうするのかを聞いた。
「まずは情報収集や。とりあえず、こっちに来てんか」
と、大樹の部屋を出る。着いていくと、今度は木の小屋へと移動した。小さな小屋といえど、大樹の部屋よりも大きい。ドアを開けると、そこには一通りの家具があり、台所なども整っていた。
「おー、立派な家だねっ」
「イザーラの手作りや」
なるほど、とリルナはうなづく。筋骨隆々のエルフ、イザーラは自称魂は女の子、な森の民だ。つまり、木々の扱いには長けているのだろう。自由に木を使ってよいとなれば立派な家を造るのも造作もないのかもしれない。
そんな家の中には、ふたりの人物がいた。いや、ひとりと一匹、というほうが良いのかもしれない。
一匹、というのはコボルトだった。サクラの姿を見た瞬間に瞳を輝かせて、しっぽをぶんぶんと振っている。犬顔の蛮族なだけに、ものすごく犬っぽい反応だった。
そしてもうひとり。
「だぁれ?」
リルナは首を傾げる。サクラが呼んだ助っ人だろうか? 整った顔立ちにすらりと伸びる手足。緑の服と革のジャケットを見事に着こなしており、イケメンという言葉を欲しいがままにした青年だった。
その耳は尖っており、キキン島では珍しいエルフ族であることは分かった。しかし、そのエルフを見てきたリルナやメロディでさえ、彼のカッコ良さは群を抜いていると感嘆の声をあげる。
そんな彼は、机の上で作業の手を止める。どうやら薬草の調合をしていたらしく、各種いろいろな草や道具が並んでいた。その近くにはエルフらしく弓矢も置かれている。森の民らしい装備だった。
「あぁ。あれ、イザーラやで」
「「は?」」
リルナとメロディはキョトンとする。そして、サクラとエルフを交互に見て、再び奇妙な声をあげた。
「「え?」」
イザーラといえば、筋骨隆々でありムキムキであり、パワータイプの珍しいエルフだったはず。青髭が浮かぶ顔立ちは改善したのは知っていたが、その面影などどこにも無かった。むしろ別人である。彼がイザーラならば、前のイザーラは死んでしまったのではないか? 騙されているんじゃないか? と、リルナとメロディは口をパクパクとさせる。
「あら、餌をもらう魚のマネかしらん」
そんなイザーラと同じ口調でイケメンエルフが言う。さわやかな声。それには、どこかイザーラの面影があった。でも、わずかだ。言われないと絶対に分からない程度の面影に、リルナはもうあんぐりとするしかない。
迷宮が様変わりしたのはレナンシュがレベルアップしたから。
だからつまり。
イザーラが受ける呪いもパワーアップしたわけで。
その途中経過である今――彼は、彼女になる途中の姿。
つまるところ、超イケメンに生まれ変わっていたのだった。




