~マジカルだいせんそー~ 4
倒れたメロディをベッドで寝かせたリルナは、窓から外をながめた。
相変わらず、ざぁざぁと雨は降り続いており止む様子はない。すこし立て付けの悪くなった窓をギシギシと鳴らしながら開け、街中を見渡した。
「あっめあめざーざー」
少々退屈な空気に辟易とするが、仕事がないので仕方がない。雨ということもあってか、いつもは賑やかな外も、今日は静かだ。こんな日に、立ち話はしたくないし、装備を新調するには日が悪すぎる。
メロディが目覚めたらリトル・ヴレイブでも行こうかな、なんて思っていると部屋のドアがコンコンとノックされた。
「はーい」
どうぞ、と促すと入ってきたのはルルだった。お盆にオレンジジュースを三つ乗せている。
「あれ? 注文なんかしてないけど?」
「休憩してもいいってカーラさんが言ったので~。古くなったから飲んでしまえ、とハー君からのおごりです~」
「やったっ!」
古くなったフルーツジュースなど、冒険者の男たちが飲むわけもなく。腐らせてしまうくらいなら飲んでしまったほうが捨てるより遥かに精神衛生上、良い。というわけでコボルトコックさんであるハーベルクからのおごりを、リルナはバンザイをして受け取った。
「メロディちゃんはどうしちゃったの~? 寝不足?」
「魔力切れ」
あぁなるほど~、とルルはお姫様の顔をのぞきこんだ。うんうん、と青い顔をしているのは、そのせいか、と苦笑する。
「ルルちゃんは魔力あるの?」
「さぁどうでしょう? 勉強には関係ないですからね~」
それもそっか、とリルナはオレンジジュースを飲む。酸味のきいたサッパリとした味は、夏の暑さに調度良い。雨が降って憂鬱な気分も、幾分か解消された。
「そういえばルルちゃんって、お金ためてるんでしょ? どうどう?」
学者が集い、日夜研究と技術開発に勤しむ組織『アカデミー』に所属するためには、多額のお金が必要だ。ルルの両親はアカデミーに所属しており、彼女もまたそれを目指している。ただし、彼女に与えられたのは所属代金ではなくマジックアイテム『森羅万象辞典』。というわけで、ルルはイフリート・キッスでアルバイトをしていた。
荒くれ者の多い冒険者を相手に、よくも平気で給仕をこなしてきたなぁ、とリルナは感心するが、ルルにしてみればどうということもない仕事のようだ。
「う~ん、まだまだ遠いよ~。あとぉ、最近気づいたんだよね」
「なになに?」
「娼婦になったほうが早かった~って」
そんなルルの肩を、リルナはがっしりと掴んだ。
「ダメです。やめてください。自分を大切にっ!」
「え~、学問以上に大切なことなんて無いよ~。ほら、頭と右手さえ無事だったら~、なんでもできるから~」
「いやいや、健康も大事だよ? ほら、風邪ひいちゃったり倒れたりしたら、パフォーマンスは落ちるじゃない? 健康第一っ! 純情も大事っ!」
「う~ん、一理ある」
納得してもらえて幸いです、とリルナは大きく息を吐いた。自分の友人が娼婦になるのは、なかなか複雑な気分だ。思わずパペットマスターの報奨金を全額渡しそうになってしまう。それはルルのためにもならないし、自分のためにもならない。
「いざとなったらお金貸すからね。相談してね。危ないことあったら言ってね。おねがいねっ」
「は~い」
にこにこと返事するルル。日夜知識を溜め込んでいる彼女だが、娼婦の知識もバッチリとなるに違いない。そう思うとなんだか自分だけ置いてけぼりにされている気分だが、まだ早いまだ早い、と自己肯定した。
冒険者の女性は、やっぱり結婚している人間は少ない。パーティ内での恋愛は、良くある話だけど、崩壊の一歩目だ。お金と女性問題は、いつだって人間関係にヒビを入れる。
それでもパーティ内に女性がいれば、そういう仲になるのは普通だ。ならない方がおかしいというか、よっぽどのアマゾネスタイプの女性かもしれない。筋骨隆々で自分より強い女性には、男性もなかなか攻勢にでれないのかもしれなかった。
その生き証人がサヤマ・リッドルーン。女王もまた、元冒険者であり、未婚である。レベルが90を超えれば神様よりも先にバケモノ扱いが関の山。言い寄る男もバケモノレベルでなければ、相手してもらえなかったかもしれない。もっとも、サヤマ女王の場合はベッドよりも戦場かもしれないが。
まだまだ若いし、と自分を慰めたところで、リルナはオレンジジュースを飲む。ほぅ、というため息はおいしさよりも、男性の知り合いって少ないな~、なんて思ったから。
「スカイ先輩が結婚したら、わたしも考えよう」
先輩冒険者の顔を思い出す。どう考えても恋愛のレの字もないような先輩だ。きっと、そういうのも疎いに違いない。
「結婚? するの~?」
「いや、スカイ先輩って絶対に恋人なんていないよね~って」
あはは、と笑うリルナに対してルルもうなづいた。すごく失礼な話をしているのだが、彼女たち『スカイスクレイパーズ』は、冒険中。今頃はモンスター退治に勤しんでいるはずだ。きっとまた、魔法使いなのに最前線に立ってるんだろうなぁ、なんて思っていると、不意に部屋のドアが開いた。
「リルナ、おるか?」
と、やってきたのはサクラだった。どうやら外から帰ってきたらしく頭からズブ濡れになっている。べったりと肌に張り付いた黒髪は、すこし扇情的で、彼女の美人度を跳ね上げていた。しかし残念なことに、サクラは元爺。どんなに美しくても、彼女の内面はおじいちゃんであって、男なのだ。言い寄る男は、容赦なく斬られる可能性があった。
「もう、サクラ。ノックしてよっ。レディの部屋なんだから」
着替え中かもしれないでしょ、とリルナは吼える。
「それやったら好都合や。充分に楽しませてもらえるからな」
ケラケラと笑うと、サクラは部屋に入ってくる。ドアを閉める際にすこしばかり周囲の気配をうかがった。
なにか事情があるのかもしれない、とリルナは気持ちを切り替える。その気配に気づいたのか、サクラはニヤリと笑った。
「これは、リルナには関係ない話やけど。せやけど、関係ある話や」
「うん?」
どういう意味だ、とリルナが聞き返す前にサクラが切り出す。
「ちょっとした依頼や。受けてもらうで、召喚士」
サクラはそういってギル硬貨の入った袋をリルナに手渡すのだった。




