~マジカルだいせんそー~ 3
ざぁざぁ、と雨は降り続く。
大雨、というほどでもないが、そこそこの雨量は恵みの雨。木の精霊や水の精霊にとっては楽しい一日かもしれない。
冒険者にとっては厄介な雨だが、休暇中のリルナとメロディには関係がなく、魔法の講義はつづく。
「魔法の基礎は分かったのじゃが……妾には、その魔力がいまいち掴めんのじゃ」
メロディは自分の両手を見る。リルナが行使するペイントの魔法は、自分の手を発動体としていた。つまり、魔力を手から放出していることになる。また、武器を握るのも手だ。いってしまえば、人間は手が器用だからこそ発展してきた。
メロディは、自分の手のひらを見る。
しかし、そこに魔力の流れ、というものを見出すことができなかった。人間であれば、必ず魔力は存在している。人によって強弱はあるが、ゼロだという人間はいない。どんなに屈強な戦士であろうと、必ず魔力は有している。
だからこそ、メロディは疑問だった。必ず有る、といわれているモノを、今まで感じたことがない。魔力という存在が、本当に自分の中に流れているのか、いまいち理解ができていなかった。
「あ、うんうん。わたしも最初は分からなかったよ」
「どうやって理解するのじゃ?」
「無理やり」
「ん?」
「無理やり理解します」
ふふふ、とリルナは不気味に笑った。なんだかイヤな予感がしたメロディだが、逆に気にもなったので素直に質問する。
「それは、どういう方法なのじゃ?」
「メロディの中に、直接わたしの魔力を流しますっ! 魔力も人それぞれで、ひとりひとりは別の物なの。だから、他人の魔力が自分の中に流れると違和感がすごいわけ。でも、それによって自分の中の魔力の流れを理解することができるのです」
「ほう、なるほど……リルナのを妾の中に入れるのじゃな。エロイのぅ」
「エロイのはメロディの頭の中っ!」
言い方が酷い、とリルナは笑う。
「うむ。性が気になるお年頃なのじゃ。というわけで、早速やってくれ。どこから入れるのじゃ? 口? それとも下の口?」
「……目から入れてやろうか」
ごめんなさい、とメロディは素直に謝る。まったく、とリルナは肩をすくめてからメロディの手を取った。
「いくよ。ちょっとだけにしておくから、分かんなかったら言ってね」
「うむ!」
お姫様の手を軽く握る。リルナはそのまま、彼女の手へ集中し、その全身を周回している魔力の流れに向かって、ほんのちょっぴりの魔力を流し込んだ。
その瞬間――
「ぴっ!?」
そんな可愛らしい悲鳴をあげて、メロディは後ろへとひっくり返った。サラサラの長い金髪が総立ちするような勢いで、ビリビリと体をふるわせている。まるで弱い雷の魔法をまともに当たってしまったかのような症状に、リルナはあわててお姫様を助け起こした。
「だ、だだ、だいじょうぶ!?」
「ひぃ、ひどいのじゃ、リルナ。おぬし、妾のことが嫌いじゃろ……」
「えー!? なんで!? メロディのこと嫌いじゃないよ!」
「ほんと?」
「うんうん!」
「すき?」
「……そ、それはどういう意味で……?」
「友情に決まっておろう、愚か者め」
ショックから立ち直ったお姫様は、ん、と両手を天井に向けて伸ばした。リルナはそれを掴み、メロディを起こしてやる。椅子も元に戻して、ふたりはホゥと息を吐いた。
「でも、そんなに痛かった?」
「びっくりしちゃのじゃ。こう、全身にビリビリってきて、あちこちから溢れそうになったぞ」
「ほんのちょっとだったんだけどなぁ……」
どれくらい? と聞くメロディに対して、リルナは先ほどの魔力量でペイントの魔法を起動させた。指先がほんのわずかに光る程度。
「それが事実とするならば」
う~む、とメロディは難しい表情を浮かべた。
「妾の持つ魔力は相当に少ないとみた。なぜ母上やメイド長が妾に魔法関連を教えなかったのか、理解できたぞ」
「そんなに少ないの?」
ショックは大きかったが、メロディは自分の魔力を感知できるようになったようだ。しかし、その表情は険しい。
「さっきのリルナが流した魔力を10とするなら、妾に流れている魔力は2ぐらいじゃな……」
「マジで?」
マジマジ、とお姫様は肩をすくめた。どうやら魔法の才能か空っぽのようで、サヤマ女王の英才教育が剣士のみに特化させた理由は、そのことを見抜いていたからだろう。
「魔力の少ないことは分かったのじゃが……これで、どうやったら陰と陽に分けられるのじゃ? 確かになんとなくは分かるが、気合か?」
メロディは拳を握りこんで、ふぬぬ、と首を傾げながら魔力を調整する。しかし、ある程度の強弱が付けることができたのだが、陰と陽に分けることはできなかった。
「それには、陰側にフタをしてやればいいんだけど……」
メロディはすこし口を濁す。
「フタか。なるほど。して、そのフタとは、どうやるのじゃ?」
「陰の魔力で素子を作るの。魔力素子っていって、陽の魔法を使う時は陰魔力で、陰の魔法を使う時は、陽魔力で部品をつくって、フタをするんだけど」
「言いたいことが分かった。妾の魔力量では、その素子が作れるかどうか、じゃな?」
うん、とリルナはうなづく。
魔力素子は、使わない側の魔力でもって流動する魔力の流れに組み込む。その量が多ければ多いほど、いろいろな素子をつくって組み込むことができるのだが、そもそもが少なければ、できることは少ない。
「とりあえず、やってみようではないか。ダメならダメで諦めるが、やってみる前に諦めても意味がないぞ」
「……痛いよ?」
「な、なんで?」
リルナは無言でメロディの手をにぎった。
「習うより慣れよ。というんじゃないけど、言葉で説明するより直接そのフタを渡したほうが、生成しやすいから」
古来より、先人の魔法使いたちが改良を重ねてきた魔力素子。その最も基本となるフタ、その名前を『ダイオード』と名づけられているが、それを理論を元に自力で生成するのは難しい。初めてとなるど、尚更だ。魔法が開発された当初は、もっと複雑な構成をしていたが、研究と実践を経て、今の形に落ち着いている。いわば、現状で最も効率の良いダイオード素子、というわけだ。
言葉で説明するより、実際に見たほうが早い。先ほどの魔力確認と同じく、直接ダイオードを受け渡してもらったほうが、理解が早い・
しかし、極端に魔力量が少ないメロディの体には、それだけでも負担となる。魔力素子ひとつとは言え、彼女にしてみれば大きな異物を挿入させることに近かった。
「だが、好奇心は抑えられぬ。来い、リルナっち」
「いくよっ」
リルナは自分の魔力で作った素子をメロディに文字通り手渡す。その瞬間、またしても。ぴぎゃ、と悲鳴をあげるメロディ。髪の毛は総立ちするが、先ほどで慣れていた分、後ろに倒れはしなかった。
「あばばばばばば、あがががががが」
相当な衝撃だったようだが。
「だ、だいじょうぶ?」
リルナの言葉に、こくこく、とうなづくメロディ。なんとか魔力素子の構造を理解できたのか、頭をフラフラとさせながらぐったりと息を吐いた。
「お、オッケーなのじゃ……うっぷ」
ぜぇはぁと息を吐くお姫様。額には汗が浮かんでおり、相当に疲れた様子。一般人でさえ、平気で通過するところなのだが、やはり相当に才能が無いらしい。リルナとしては、もう苦笑するしかなかった。
「こ、この素子とやらを陰のほうで作っていって、フタをしてやればいいんじゃな?」
「正確には、『一方向にしか流さない魔力素子』、ダイオードだけどね」
フタをするにも使えるが、その他にもいろいろと使い道のある素子である。しかし、それはまだまだ先の話であって、基本的な部分では『フタ』として扱うほうが分かりやすい。
メロディは、きぃ、と唸ったり、ぐぅ、と顔をしかめたりしながら魔力素子を生成していく。たっぷりと時間をかけて、それに成功したようだ。
「すごいね、メロディ」
「な、なにがじゃ?」
「才能が無いことへの努力って、苦痛じゃない。滅茶苦茶たいへんだし。そこまで続けられるっていうのが、すごいよ」
「おぬしも剣をふっているではないか」
リルナも、一応は剣術の訓練をしている。メロディから見れば、それは才能の欠片も見当たらない状態なのだろう。それと一緒じゃ、とお姫様は笑った。
「そんなもんか」
「そんなもんじゃな。それで、ここからどうするのじゃ?」
「じゃ、基本的な魔法を使ってみましょう」
リルナは、人差し指を立てる。その指がポッと小さく光が灯った。それは単純な魔力の光であり、純粋な陽魔力の明かりだった。明かりとして使うには効率の悪い魔法で、普通は使わないものだ。
「陰魔力にフタをして、陽魔力のみにした魔力を指先に集めて顕現させよう」
「うむ」
むむむ、と唸りながらメロディは人差し指を立てる。左手で手首をおさえ、顔を真っ赤にさせながら流れる魔力を指先にかき集めた。
「うりゃあぁ!」
気合一閃。まるで剣を振るように声をあげると、メロディの指先がほんのわずかに光が灯った。光は極わずかであり、しかも薄く明暗している。それは魔力を平滑化していないために強弱が発生している状態であることを示していた。
「おー、やったねメロディ。できじゃないっ!」
わーい、とリルナはメロディとハイタッチをしようと思ったのだが……
「きゅ~~~」
お姫様はその場でがっくりと倒れてしまった。いわゆる魔力の消費による精神力がゼロになった状態。体力とはまた別の消費に耐えられなくなり、気絶に近い状態になってしまった。
「あららら……」
リルナは苦笑する。
本当に魔力が少ないんだなぁ、と肩をすくめるしかなかった。




