~パペットマスター~ 7
リルナが今晩の宿と決めたのは『銀のそよ風亭』という名前の一般的な宿で、朝食付きで一泊3ギル。イフリートキッスの6倍もの値段だが、部屋は広くふかふかのベッドの寝心地は最高で、夕飯前に眠りへと誘われるところだった。
なにより素晴らしいのは部屋にシャワーが付いている所。水浴びで汚れを落とすことの多い冒険者にとって、なによりの贅沢なのかもしれない。
銀のそよ風亭の一階は食堂になっており、スペルクと合流したリルナはそこでたっぷりと夕飯を頂いた。ほんのちょっぴり食べ過ぎたせいで、ぽっこりとお腹がふくらんで見える。まだまだ子供みたいな体型のリルナだった。
「スペルクさんはこの後どうするの?」
「いつもお世話になっている宿がありますので、そちらで。明日は早朝にサヤマに引き上げて荷馬車の修理の算段をすることにしますよ」
「そっか~。じゃぁ、ここでお別れ?」
「そうですね。また何かあればよろしくお願いします」
リルナと握手したスペルクは、人の良い笑顔を浮かべて一礼すると、宿から去っていった。それを見送ってからリルナは自分の部屋へと向かう。
三階建ての三階の奥の部屋。305と札が掛かる扉を開けて、ふへ~、と大きくため息を吐いた。なんだかんだ言って、初仕事ということもあり、緊張していた糸がようやくプッツリと切れたようだ。
マントや防具を全て外してベッドの横に設置してあるクローゼットに放り込む。Tシャツとスカートという街娘姿になったところで、う~ん、と伸びをした。
「あれ?」
そこで違和感に気付いた。
部屋にひとつある窓。
その窓の前に、ぬいぐるみが置いてあった。
「うさぎのぬいぐるみ?」
一度、部屋を見た時に窓際にぬいぐるみがあった記憶はない。
「こんなのあったっけ?」
ぬいぐるみを持ち上げてみる。それはマスコット的なうさぎであり、人間のようにちょこんと足を伸ばして座っていた。どちらかというと、兎型モンスターに近いようなぬいぐるみだったが、愛嬌はあるらしく、可愛らしくもあった。
「落ちてたのかな?」
リルナはぬいぐるみを抱き上げる。そのまま窓の鍵を開け、外を見てみた。窓は直接屋根に繋がっており屋根が広がっている。上を見れば3階の屋根。各々の階に屋根がある造りだった。
ダサンの街では、まだまだ夜も賑やからしく、3階から見える風景は明るい。酔っ払いやフラフラと歩いている様子も見て取れた。
「明るい街だね~、うさぎさん」
うさぎのぬいぐるみに語りかけるが、もちろん応えはない。窓を閉め、鍵も閉めた後、うさぎを窓際に座らせてリルナはベッドに移動する。
「せっかくだから、ね」
何か言い訳するように呟くと、そのまま服を脱ぎ捨てる。部屋の中で全裸になるという少しの気恥ずかしさに耐えながら、シャワー室に飛び込んだ。
「おぉ~、なんか豪華!」
さすが3ギルの部屋、とまでは叫ばなかったが、それなりの音量で感動を呟く。シャワーヘッドに繋がったレバーを右から左に移動させると水が細かく流れ出てきた。
「うっひょー」
それを頭から浴びると、なんとも少女らしくない妙な声をあげるリルナ。
「冷たくて気持ちいい~。あぁ~、イフリートキッスにも付かないかな~」
イフリートキッスには顔を洗う洗面台しか無く、水浴びは街の外でこっそりと行うのがイフリートキッス所属の乙女達の常識。敵はモンスターではなく殿方の視線という訳だ。
ちなみにその他の冒険者の宿に所属する男性諸君は宿の横でホースを繋いでジャバジャバとやっている。女性からすれば、羨ましい情景だった。
「あわあわ~」
石鹸を泡立てて、体を洗っていく。まだまだ若いリルナの肌は、カーラが羨ましくなる程に水を弾いていた。しかし、残念なことに、いくら水を弾いても彼女の体に女性らしさの凹凸は少ない。
なだらかな胸を洗う時には、いつも残念な気持ちになるリルナだった。
滅多に出来ないシャワー体験を存分に楽しんだ後、備え付けのタオルで体を拭きながらシャワー室を出る。
「は~、サッパリした~」
はふぅ~、と今度は別の種類のため息を吐くと、体を丁寧に拭いていく。体の水気を全て取ったあとは、そのままベッドに飛び込んだ。
「うふふ~、大きなベッドに裸で寝るなんて……あぁ、なんだかお姫様になったみたい」
そんな訳の分からないことを呟きながら、窓を見る。
「あれ?」
そこには座っているはずのうさぎのぬいぐるみが、横になっていた。
「風?」
しかし、窓はきちんと閉まっている。
「あ、鍵あけっぱなしだったかな……」
閉めたような閉めなかったような?
そんな疑問を抱きつつ、リルナは裸のままぬいぐるみを座らせてやると、窓の鍵を閉めた。
「ん?」
と、そこで道を行く酔っ払いのおじさんと目があう。
「ぎゃっ!」
慌ててリルナは屈み、そのままベッドの布団の中へと潜り込んだ。
「はぁ~、失敗しっぱい。あの角度から見えてないよねぇ、きっと。うん、そうに違いない」
そう一人で納得しながら、ひんやりとするフカフカの布団を楽しみ、すぐにまどろみへと落ちていくのだった。




