~マジカルだいせんそー~ 2
「では、まず魔法の基本からです」
おっほん、とリルナは先生らしい咳払いをしてから姿勢を正した。
「うむ」
対して生徒のメロディは常に姿勢が良いので、正す必要はない。いつでもどんと来いとばかりに自信満々の表情だった。
「人間の魂は陰と陽に引かれていて、ちょうど真ん中に保たれていることは知っていますね?」
「うむ、常識じゃな」
「それでは問題です。魂が陰に引かれてしまうとどうなるでしょう」
リルナは人差し指を立てて問題を出す。
そんな問題に考える暇もなくメロディは手をあげた。
「はいはい!」
「はい、メロディちゃん」
「次の輪廻の先、蛮族になって生まれ変わる」
「正解っ!」
わーい、とメロディはバンザイした。
人間族の魂は、陰と陽に引っ張られており、ちょうど真ん中に位置している。そのバランスが著しく崩れた場合、主に陰に引っ張られた結果に待っているのは、蛮族だ。ゴブリンやトロールを始め、魔女や吸血鬼も蛮族である。
またダークニゲン、ダークエルフ、ダークドワーフも蛮族ではあるが、その魂は陰側だ。
他の凶悪な種族に比べると、まだ陽に近い場所に位置している。
また魂が完全に陽になった者が神様だ。もっとも、蛮族から神になる者もいるので、一概には言えないが、基本的に人間が神様になると、魂は陽に傾く。その結果、ひとつ上の次元に移動することになり、神様としての生活が待っていた。
「で、そんな基本的なことが魔法と関係あるのかの?」
「あるんだよ、これが」
それでは次の問題です、とリルナ。
「魔力とはなんでしょう?」
「うっ……」
根本的な問題に、メロディは思わずうなってしまった。冒険者ならば日常的に聞く魔力という言葉。いざ聞かれると、きちんと認識していなかったことが理解できた。
「わ、分からんのじゃ……」
「あはは、しょうがないよね。正解はね、体の中を循環している魂の力、です」
「魂の力?」
いまいち想像ができず、メロディは思わず聞き返した。
「そう、魂の力。簡単に言ったら、精神力。分かりやすく言うとね、体力は体の中を流れてる血液が影響してるでしょ? 疲れた心臓がバクバク言うよね」
「あ、うむ」
メロディは鎧の上から胸に手を当てた。もちろん手に鼓動は伝わってこないけれど、その感覚は覚えている。さらに、運動後に心臓が早鐘のように鳴っているのも知っていた。
「心臓を魂に、体力を魔力に置き換えると分かりやすいよっ」
「なるほどのぅ。つまり、魔法とは魂で使う、というわけじゃな」
正解です、と先生。わーい、と生徒。
「それで魂の話というわけじゃな。ん? もしかして、魔法を使いすぎると蛮族になるとか……?」
「ないないない。そんな危ないの誰も使わないよっ」
リルナは苦笑する。もしも、そんな副作用があるのならば、いまごろ魔法は禁止されているだろう。なにせ蛮族は無条件で人間を襲ってくる。理由は大抵、食糧問題だ。彼らは人間を食べる。だからこそ、人間族は彼らを『蛮族』と呼んでいた。
「魔法を使いすぎると、体力と一緒で魔力が無くなって、ぜぇぜぇってなるよ。それでも使い続けると、最後には倒れちゃう」
「リルナは平気で使い続けとるが、もしかしてすごいのか?」
「すごいのはわたしじゃなくて召喚術だよ。ほとんど魔力を消費していないの。バンバン使える上に色んなこともできちゃう。魔法の中ではサイキョーだよねっ!」
あっはっは、とリルナは胸を張った。
ちなみに、この種の魔法自慢は魔法使いたちには良くある話だ。特にマイナー魔法になればなるほど、この手の主張が激しくなる。ダークエルフの神導桜花が使う魔法『精霊魔法』もマイナー魔法であり、おっとりと優しい彼女も魔法となれば自己主張は激しいだろう。
理由は簡単。
もっと流行れ!
という願いと、メジャー魔法への対抗心からだ。
「うむ、すごいすごいー。というわけで、講義の続きを頼むのじゃ」
「……あ、はい」
半眼でにらむリルナの視線を、メロディは難なく避けた。
「え~っと、魔力は分かったと思うので、次は魔法を使うための基礎ね」
「うむ」
「魔力もまた、血と一緒で全身をまわっているよ。魂から出発して、体を一周して魂に戻る」
「先生、魂とはどこにあるのじゃ?」
「……わかっていません」
「ほう?」
「心臓といっしょに胸にあるっていう人もいれば、頭にあるっていう人もいる。ほら、人間って首を切られると蘇生できないじゃない?」
「あ、なるほどのぅ」
「だから、魂の特定はできていません。アカデミーの学士さんたちの研究に期待しましょう」
分かったのじゃ、とメロディはうなづいた。
今わかっていないことを議論しても始まらない。とにかく、魔力とは頭か胸にあるとされる魂から発せられ、体を一周してから魂に戻るということは分かっていた。
「で、ここからが問題なんだけどね」
「ほう」
「魔法を習っていない人が魔法を使えない理由みたいな感じなんだけど、その魔力ってね、常に陰と陽をフラフラしているのよ」
「……どういうことじゃ?」
「えっとね――」
リルナはペイントの魔法を起動させる。紙と鉛筆が無くても、どこでも文字が書ける魔法は、こういう時にも便利だった。
「魂は陰と陽に引かれて中間に位置している。でも、魔力は陰と陽に引かれると、そっちにいっちゃうのよ」
リルナは、空中に角の無いジグザグの絵、つまり『波』の絵を描いた。アカデミーでは魔力波と呼ばれる図である。
「上が陽で、下が陰。真ん中に線を引いてっと……こんな風に、魔力は陰になったり陽になったりしながら、体の中を巡ってるの」
「フラフラしてるんじゃなぁ……」
「そうなのよ。それが原因で、魔法が簡単に使えないわけっ」
この世界のあらゆる『存在』は陰と陽に引っ張られている。それが植物であろうと、道に転がっている石ころであろうと、例外ではない。そのほとんどの物質や現象は、ある位置で固定されているのだが、魔力は固定されていない。フラフラと陰にいったり陽にいったりと周期的に移動していた。
「それでね、魔法を使うためには、このどっち付かずの魔力を、陰か陽に固定しなきゃならないの」
「ほうほう。それはどうやるのじゃ?」
「その方法は簡単です。例えば、陽に固定する場合――」
リルナは真ん中の線から下の部分の魔法線を消去した。図の波は、こぶが一定置きに並んでいる絵となった。
「陰の部分を消してやればいいのっ。正確には、陰側に魔力の流れを断つんだけどね」
「おぉ~。たしかに陽だけになるのじゃな。でも、そのままでは不安定ではないのか? 素人考えじゃが、ゼロになったり陽になったり、という状況に見えるのじゃが」
「あ、うんうん、その通り。このままじゃ不安定だから、いろいろと組み込むんだけどね。一番簡単なのが、この陽から陰に向かっていくラインをゆるやかにすること。そうすると、ゼロの時間が短くなるでしょ」
リルナはこぶの下がる側の線を斜めに書き直す。これで、ゆるやかなノコギリみたいな波になった。
「おー、こ、これで魔法が使えるのか?」
「残念。これでようやく準備の基本ができる程度です」
リルナの言葉に、メロディはがっくりと肩を落とした。
「道は長いのぅ。手っ取り早く手から炎を出してみたいものじゃ」
「炎じゃなくて、光のほうが簡単だよっ」
「そうなのか……こう、頑張れば口からとか目からビームとか出んのか?」
「……お姫様はいったいどこへ行こうとしているの」
「いや、両手を自由にさせながら魔法を使おうと思うと、おのずと口か目にならんか?」
メロディの言葉にリルナは想像してみる。確かに剣や盾を構えながら魔法が使えると頼もしいが、やはり発動体として使用できるのは目や口や鼻。
「でもメロディ。目から魔法を出してる間って、何も見えなくなると思うよ……」
「……しまった」
メロディは頭を抱えた。
本当にお姫様はどこを目指しているのかサッパリと分からず、リルナは肩をすくめるのだった。




