~ウンディーネの加護~ 12
呼び出された蛮族ダークニゲンのお嬢様、薫風真奈とそのお友達ダークエルフの神導桜花。そのふたりは独自に動いてもらいながら、リルナはダークドワーフの天月玲奈と共に走っていた。
本来ドワーフという種族はずんぐりむっくりとした体で戦士タイプが多い。女性であってもその傾向は強いのだが、玲奈はすらりとした軽やかな肉体を駆使し、振り回される水巨人の手をジャンプで避けた。
「ほいほいっと。余裕ネ~!」
「うわぁっと」
対して盗賊職の才能を持ちながらもその訓練を受けていないリルナはジャンプではなく地面に這いつくばって攻撃を避ける。すでにずぶ濡れの状態なので、いまさら水に飛び込んだところで気にはならない。
「玲奈ちゃん、上っ!」
「了解ヨ!」
着地したところで玲奈が指示に従いファインダガーを振る。ウンディーネの加護を受け、水属性が付与された刃は青い軌跡を残す。玲奈には見えなかったが、リルナの魔力視ではきっちりとパペットマスターの糸を切っていた。
「よいしょっト」
「ありがと。次、こっち!」
玲奈がリルナの手を掴み引っ張り起こす。リルナはすぐに指で示して、玲奈は短剣をふった。玲奈もまた魔力関連のスキルがカラッキシなので、リルナが指示することになり、細かく指示するために周囲を走りまわっていた。
水巨人を構成しているのは魔力糸だ。もちろん、それを属性の付与された刃で切ればいいのだが、次々に修復されていってしまう。ならば、と考えたのは周囲四方から水巨人に繋がっている糸を切ること。もちろんそれも修復されてしまうのだが、切る度に巨人の動きが鈍くなるのだ。
恐らくメインの指令を送っているのが周囲から繋がる糸なのだろう。それらを一本でも切断すると、そちらを修復するのに時間と意識と魔力を使うために水巨人の動きが鈍くなると思われた。
「はぁはぁ、そこ」
「はいネ」
軽やかに動き続ける玲奈になんとか追いつきながらリルナは指示を出す。ちらりと横目で見れば、メロディが全力で真奈を守っていた。攻撃を無効化するオートスキルを利用して、真奈の動きをサポートする。足元を真奈とメロディが攻撃し、上半身をサクラが斬り刻んでいた。
「い、いきまーす!」
そして後方から桜花の魔法が発動する。精霊使いである彼女の魔法は、それこそウンディーネの領域において恐ろしい力を発揮した。溢れる青色の光は膨れ上がり、いくつもの光条が周囲を照らす。
「あわわ……み、水の激! いっけぇ!」
精霊の杖に宿った大精霊の力。ガクガクと震える杖をなんとか制御して放ったその魔法は、まさしく激情的だった。青い光が収束すると共に光の本流となって水巨人へと向かう。水の塊に対して水の超激だ。それを防ぐこともできず、ぐわんと空気をも弾きながら水属性に魔力は巨人の手と頭をそのまま弾き飛ばした。拡散した部位は雨のように降り注ぐ。
「ゆるんだっ、玲奈ちゃん右と上!」
「ホイサー!」
なかば蛮族語が混じった返事と共に玲奈が回転する。ダガーの軌跡が青く残り、目に見えない魔力の糸が切られる。
「そろそろトドメやな」
明らかに鈍くなった巨人の動きに合わせてサクラが跳躍する。消し飛んだ巨人の右手を通り越し、その肩口に倭刀を振るう。頭の上に乗ったノルミリームが合わせて能力を行使する。切り払った肩から腕が落ちる。その隙間にポンと薄い桃色の大輪が咲いた。
「上手くいったわん」
その花は魔力の糸を編み込むのを邪魔した。たった一輪の花なれど、超純粋にしてみれば巨大な異物だ。水面に顔を出した花は、水をも凌駕する。
「行くわよお姫様!」
「了解じゃお嬢様!」
動きが止まったのを見て真奈はメロディの腰をパンと叩いた。そして右足へと走る。それに間髪入れずメロディはスタートダッシュを決め、左足へと走った。
「はぁっ!」
「うりゃぁ!」
大きく背中側へと構えた剣を、その足に向かって全力で振り切る。青の軌跡と共に両足が切断された水巨人は支える物も無く、倒れるしかない。
ばっしゃーん、と大きな水しぶきをあげて水巨人は倒れた。だが油断せずにサクラとメロディと真奈は倒れた巨人の部位を切り裂いていく。ついでとばかりにノルミリームもポンポンと花を咲かせていった。
そこに玲奈も加わったので、ようやくリルナは足を止めた。なぜか一番疲れている気がして、そのまま後ろへと倒れる。
「おつかれさま、リルナちゃん」
「うー、体力ないよ~」
そんなリルナに桜花が駆け寄ってくれた。お尻は濡れないように屈みながら、切り裂かれていく巨人を見つめる。ふたりは魔力視で周囲を確認した。糸はもう伸びてこない。どうやら諦めてくれたようだ。
「それにしても……気持ち悪い光景だったよね」
「桜花ちゃんもそう思う?」
身を起こしながらリルナは聞いた。桜花はその質問に、うん、と答える。
「なにあの魔力量。パペットマスターに本当に一人なの? もしかして集団なんじゃない?」
「あぁ、そうかも……」
そうじゃないと、あの巨人を造れるほどの魔力に納得ができない。だが、もし複数人だとすると、恐ろしいほどに魔力制御が上手いことになる。それこそ英雄を越えて神レベルに。
「やっぱり一人じゃないかな。そうじゃないと、魔力を編めないよ」
「そっか……そうだよね。じゃぁ、パペットマスターって気持ち悪いくらい魔力を持った人、ってことになるのか」
視界いっぱいに魔力の糸だったのを思い出して、リルナと真奈は眉根を寄せてつぶやいた。
「「気持ちわるっ」」
変態に加えて気持ち悪さも印象にプラスされたパペットマスター。ついには諦めたようで、漂っていた魔力の糸がすべて霧散した。巨人を構成していた編み込まれた糸も消え、ぱしゃりと元の水に戻る。
あとに残ったのはノルミリームが生み出した桃色の花だけ。それらが風に乗って拡散していく様を、ほぅと一同は見つめた。
「勝ったのじゃー!」
「やりましたわ!」
と、メロディと真奈がバンザイをする。そこでようやく、避難していた人々がワッと声をあげてリルナたちの元へと駆け寄ってくるのだった。




