~ウンディーネの加護~ 10
悲鳴と共に神殿内は騒然とする。
なにがどこで起こっているのか、瞬時に判断するのは訓練を受けていない一般人では難しい。また冒険者の卵たる訓練生も大勢いたのだが、的確に動ける者は皆無に等しかった。
「なにが起こったの!?」
と、リルナが声をあげたときには、サクラとリュートはすでにウンディーネの部屋から飛び出していた。
「外です! 向かってください!」
目を閉じたウンディーネは周囲の状況を把握し、リルナとメロディに伝えた。混乱が広がりつつある中で、ふたりは踵を返して外へと向かった。
「いっ!?」
「な、なんじゃ!?」
だが、召喚士とお姫様の足は止まってしまう。慌てふためく人々が神殿内へと押し寄せてきたのだ。我先にと逃げる人々がウンディーネの部屋へと詰め寄せた為に、リルナとメロディは外へと向かう道を失う。
「め、メロディ、こっち!」
とっさにリルナはメロディの手をつかみ廊下から湖へと飛び降りる。ばしゃん、と水しぶきを上げて着地すると、立ち上がった。
「ギリギリじゃの」
水位は腰ほど。じゃぶじゃぶと水の中を急ぎながら神殿伝いで急ぐと、やがて異様な光景が広がっていた。
「な、ななな、なに、あれ?」
「う~む……モンスターでは無さそうじゃが」
逃げ惑う人々の中で悠然と立つ水の姿。それはおぼろげに人の形をしており、透明度が高いせいでほぼ輪郭しか見えない。だが、それが異様たらしめているのは大きさだった。
見上げるほどに巨大。
太陽の光を屈折させながらたたずむ透明な巨人の姿に、リルナとメロディは呆然と見上げるしかなかった。
「戦えんもんは逃げや! 自信ある奴は武器を抜け!」
周囲に響くサクラの声に、リルナはハッと意識を戻す。見惚れている場合ではなく、水巨人が敵であることは明らかだった。
「たす、たすけて」
巨人の右手には寄付を募っていた信者が捕まっていた。ときおり、その体は水の中に水没しており、まるで溺れているみたいになっている。遠くからみれば人が浮いているだけに見えてしまっており、透明度の高さがうかがえる。
そんな信者を助けようとリュートが動いていた。剣を抜き、高らかに飛び上がると水巨人の手首を一刀で切断する。
「なっ!?」
しかし、それは切断ではなかった。ただ刃が通り過ぎただけ。斬るのではなく水に沈んだだけになり、何の影響ももたらさなかった。
「これもあれか……パペットマスターの仕業か……?」
以前に火の神殿にて溶岩の塊を動かしていたのを思い出しメロディが眉をひそめる。溶岩人形は一応の液体でもあったのだが、水とは違って粘性があり、まだ人形らしいとは言えた。だが、目の前の水巨人はそのままの水だ。器などは無く、ただ液体が人間の形をしている。それだけに同じ存在とも思えなかった。
「そ、そっか……パペットマスターだとすれば――」
リルナは視界のチャンネルを切り替える。魔力を見る世界へ切り替えた瞬間、あまりのおぞましさにすぐさま視界を元に戻し、湖の中に顔を突っ込んだ。
「ど、どうしたリルナ!?」
「おぅぇぇ……気持ち悪い……なにアレ……」
「な、なにが見えたのじゃ?」
魔力の扱いが不慣れなメロディには魔力の流れが見ることができないので、リルナに説明を求めた。
「莫大な量の魔力の糸で水が固定されてる……あんな魔力量をひとりで操るって……」
バケモノみたい、とリルナは胃液混じりの唾液をぬぐいながら見上げた。
今は見えないが、魔力の視界において見えたのは四方八方から水巨人を支える魔力糸。それはパペットマスターの使うマキナの魔法の改良版『エクス・マキナ』の魔法。歪な魔力の糸はそこら中から水巨人へと集まり、その巨体を支えていた。
その魔力糸は複雑に編み込まれ、まるで人形のように形作られていた。その中身は、綿ではなく水。透明な糸に透明な水で水巨人は構成されていた。
「魔力を斬ればいいんじゃな。ウンディーネ!」
メロディは大声で叫び、バスタードソードを掲げた。本来ならば、召喚されたウンディーネによる属性付与なのだが、この場所はまさにウンディーネの領域。喚び出すことなく、その能力は発動する。
バスタードソードの幅広い刀身がほのかに青く光り、属性が付与された。それは軌跡を残し、水属性の恩恵をメロディに与える。
「うりゃああぁ!」
そのままメロディは走り、巨体を支える足へとバスタードソードを振りぬいた。青き軌跡は水を切り裂き、その動きを鈍くする。
「サクラ、リュート、魔力を斬るのじゃ!」
うむ、とサクラはうなづき、同じく倭刀を掲げる。ウンディーネより属性が与えられた刀で、すばやく掴まれていた信者を持つ手を斬り裂いた。
切断され落ちる手首。だが、それは空中で停止すると、また元の位置に戻った。
「厄介やな」
つぶやき着地するサクラ。それを捕まえようと水巨人が動くが、それをヒョイヒョイと軽くバックステップで避け、水を跳ね上げさせた。
「なるほど、魔力の塊ですか」
リュートも視界のチャンネルを入れ替える。リルナのように顔をゆがめるが、吐くとこまではいかなかった。もっと凶悪なものを見てきたからか、それとも慣れているのか。それはともかくとして、周囲を確認する。
「ここは任せました」
リュートはそう言うと、神殿裏へと走っていく。湖の上を、走っていく。
「……レベル90近くになると、水の上を走れるのか」
「そうみたい……」
水巨人を含め、リルナとメロディは、リュートが水の上を駆けていく様子を唖然と見送るのだった。




