~ウンディーネの加護~ 8
ウンディーネのいる水の神殿への遠征試験は、訓練学校では中期試験として行われる。生徒同士で仮のパーティを組み、徒歩で向かって帰ってくるだけの簡単なものだ。しかし、全員で一斉にスタートしてしまうと、ただの集団移動になってしまう。というわけで、パーティによって出発日や時間はバラバラに設定されていた。
「あぁ~、思い出した。サッチュがひどかったのよね……」
今も一組のパーティが緊張の面持ちで学校を出発していくのを見届け、リルナはげんなりとつぶやいた。
「あのタヌキ娘じゃったか。なにかされたのか?」
「なにもしなかったのよ……」
「なるほど」
当時、召喚士であるリルナは召喚術を使えなかった。なにせ、誰とも契約していない状態なので役立たずの荷物持ち扱い。それは甘んじて受けるつもりだったのだが、そこへサッチュが遠慮なく荷物を預けたものだから苦しみは人の二倍だった。それを思い出して、リルナはぐぬぬと歯を噛み締めた。
ちなみに帰りはリルナの召喚術が初めて使用でき、水の工面をすべて任されたのでサッチュが荷物を持つことになった。なんだかんだ言って、初めからそうするつもりだったらしく、文句を言い切れない絶妙なところを突いてくる微妙な友人になった。
「さて、時間を置いて僕たちも出発しましょうか」
「は~い」
同じ時間で出発してしまうと生徒たちと鉢合わせしたり助けてしまうことになる。そうならないように、未来の冒険者の邪魔をしないように、とリルナたちは時間を遅らせて出発した。
「それで、水の神殿は遠いんか?」
出発してから質問するという、なんともノンキなサクラに苦笑しつつリルナは説明する。
「本当は近いよ。水の神殿の近くにラウアの街があるし、そこまでに集落や拠点みたいなところはいっぱいあるよ」
一般の精霊信仰者が唯一まともに訪れることができるのが水の神殿だ。モンスターがいない上に近くに街まである。乗り合い馬車も定期的に出ており、その人の流れが経済の流れにつながっていた。ちょっとした観光スポットになっており、イフク国王もにこやかにウンディーネに感謝している。
「ふ~ん……なんでウチら歩いとるん? 乗り合い馬車があるんとちゃうん」
「えー、だって学校の近くに来たんだもん。先生に会っておきたいよねっ」
「うむ。妾も一日だけ学校の空気を味わえて満足じゃ」
「このルート、そんなワガママで決定したんかいな!」
うはー、とサクラは空を見上げて肩をすくめた。
「荷物持ちしてないくせにワガママ言わないっ」
「というか、お主は本当に旅人なのか。よくそんな軽装備で旅を続けたのぅ」
「お陰で何度も餓死しかけたわ」
かかか、とサクラは特徴的に笑ってみせて先を歩いていく。
「いや立派なものですよ、あの足運び」
と、そんなサクラを後ろから見てリュートがリルナとメロディにささやく。
「いつでも剣を抜けるような足の動きです。軸がぶれず、頭の上下も最小限です。荷物を持たないのは、逆に自衛の為だったんじゃないですかね」
「……それでも餓死するのはどうかと思う」
リルナの言葉には、さすがのリュートも肩をすくめるしかなかった。
サクラを先頭に、平原をそのまま進んでいくと一本の案内板が立っていた。それもかなり年季が入っており、書かれていた文字はもう読めない。ただ左を指しているような矢印の形になっているのが辛うじて分かった。
「これはどっちや?」
「真っ直ぐだよ。これは生徒用の案内図」
「そうなのか?」
メロディの言葉にリルナは、うん、とうなづいた。
「あっちに行くと森があってね、ミッションが与えられるの。植物を探したり、場所を探したり、パーティによって変わるよ。それをクリアしてから遠回りで水の神殿へ向かうことになるの」
「ほほぅ。楽しそうじゃな」
メロディはキラキラとした瞳をサクラに向けるが、さすがに却下された。
「ほれほれ、お姫様。ウチがミッションをあげよう」
「お、なんじゃなんじゃ?」
「踏み込みの練習やな。いくで」
サクラはそう言うと、ぐぐっと腰を落として先へと一足飛びで移動した。たった一歩だというのに、想像以上の距離を一瞬で詰めたことになる。
「ほれ、やってみぃ」
「む、むぅ」
サクラの真似をしてメロディも一歩を踏み出す。ぐい、と地面を蹴って飛ぶが……残念ながらサクラの半分ほど。つまり、サクラの間合いはメロディの軽く二倍程度になる。
「わたしもっ!」
リルナも真似して飛んでみるが――メロディより少し後ろ。むぅ、と召喚士とお姫様は難しい顔を浮かべた。
「ば、バックパックが重いからだっ!」
「そうじゃそうじゃ! サクラは身軽すぎるのじゃ!」
「それやったら、背負ってやってみようか?」
メロディのバックパックを受け取り、それに加えてバスタードソードまで担ぎながらサクラは一足飛びをしてみせる。結果は先ほどと同じ距離であり、まだまだ本気を出していないようだ。
「ぐぬぬ」
メロディはダダダっと助走してサクラ以上に飛んでみせる。しかし、着地と同時にサクラに頭をはたかれる。
「ポンポンと空を飛ぶな。着地を狙われるぞ」
「お、おかしいのじゃ。リュートは飛んでも許されるのに、どうして妾は許されぬ!」
「いや、お姫様が相手やったら飛んでも大丈夫やしなぁ」
「うがー!」
メロディが叫び声をあげるが、リルナとリュートは笑う。正論を言われて何も言い返せなくなった姿というのは、なんとも滑稽だった。
「修行します……」
「がんばりや」
低く這うようなジャンプの練習をしながら移動という、なんとも奇妙なことを繰り返しつつ、へとへとになった夕方ごろに少し大きな村へと到着した。街という規模まではいかないまでも、それなりに賑わいを見せつつ宿屋に泊まる。
翌朝、乗り合い馬車を見つけて精霊信仰の旅人たちと一緒に乗り込むと、一気に水の神殿まで移動した。
到着したのはお昼頃。
夏の強い日差しを受けてキラキラと水面が輝く、そんな湿原に馬車は停まる。
「馬車はここまでさぁ。あとは歩いていってくれ」
と、降ろされたところはすでに水が足首まであり、バシャンと馬車から降りれて水が跳ねた。
「おぉ~、すごく綺麗じゃな」
そこは湖のようになっており、その周囲を森が取り囲んでいる。といっても、かなり大きく向こう岸はほぼ見えない。水は透明で不純物など一切として含んでおらず、どこまでも見渡せた。ところどころに湖から突き出したような白い柱が見え、遠くに神殿が見える。
「これは……すごいな」
サクラも珍しく言葉を失っている。すこし行った先には湖は深くなり、足場のように用意された白い石畳以外の場所は草花に覆われていた。そこが水の中だというのに、平気で花が咲いているのだ。
「水が無いようじゃ」
あまりにも水が透明すぎて、存在しないようにも見える。はらりと風に乗って落ちてきた植物の葉が、まるで空中に浮いているようにも感じた。
「素敵だよねっ」
ここを訪れるのは二度目のリルナでさえ、感動できる。
いつきても人を魅了するほどの光景を与えてくれるのが、大精霊の中でも一番優しいと言われるウンディーネのおもてなしなのかもしれない。




