~ウンディーネの加護~ 7
現存する召喚士は三人いる。
ひとりは言わずもがな、冒険者ルーキーのリルナ・ファーレンス。そして、そのリルナに召喚術を教えたのが、学校の先生であるフレク。彼もまた召喚士であるのは間違いない。残念ながら冒険者ではないため、その存在をカウントして良いかどうかは微妙なところだ。それでも、召喚術を使えることは間違いないので、召喚士という枠組みに確実に入っている。
「久しぶりです、先生」
「はい、リルナさんも元気そうでなによりです。そちらの方は?」
「同じパーティのメロディです」
「うむ。リルナにはお世話になっておるのじゃ。先生殿にも感謝じゃな」
ありがとう、とメロディは先生と握手した。彼自身が助けたわけではないので、先生は苦笑する。それでも教え子がきちんと冒険者をやっていることが嬉しいのか、にこやかにメロディと握手をかわした。
「先生、授業は?」
「残念ながら、今年も召喚士希望者はゼロです。去年が豊作でしたね~」
豊作といってもリルナ含めて生徒はふたり。しかもその内のひとりが趣味で技能を獲得するロックおじいちゃんであり、実質ひとりと変わらない。
また雑用と補助にまわってしまったらしく、フレク先生の机には書類がたくさん置かれていた。例年のことながら、慣れているのかもしれない。
「それで、リルナさんはどうしたんです?」
「あ、実はパーティのメロディとサクラがウンディーネの加護を受けてないんです。それで、どうせならな加護してもらお~って話になったので」
「ということは、訓練学校卒業生ではない、と」
うむ、とメロディはうなづく。
「妾の母上はちょっとした有名人でな、そのコネで冒険者にならせてもらった。基礎や訓練は母上に仕込まれたので大丈夫なのじゃが、ウンディーネの加護だけは母上にも無理じゃからな」
「お母様、というのは?」
「元レベル90の冒険者です」
リルナの言葉に先生は、あぁ、と納得したようにうなづいた。それだけでサヤマ女王の立場を理解したのかもしれない。
「あと、ちょっと前にわたしとメロディがすごい怪我しちゃって……治ってからの初めての冒険だから、簡単なのがいいね~って」
「冒険者に怪我はつきものですが……どうか、命だけは落とさないように」
「はいっ」
「了解なのじゃ」
冒険者の先生なんてやっていると、教え子を何人も亡くしているのは間違いない。そんな報告を山ほど聞いてきたフレク先生は、すこしだけ眉を寄せながらも笑ってみせた。
「それでは空いてる寮の部屋を使ってください。食堂も使っていいですよ」
「はいっ、ありがとうございますっ!」
先生にお礼を言ったリルナとメロディは一礼してから部屋を出る。もう一度、廊下の足音を消すチャレンジをしてから外へと出てきた。
「う~む、やはり難しいのじゃ」
「盗賊スキルがないと無理だね~。今度、玲奈に教えてもらお~」
なんて話をしながら戻ってきたのだが、そこにサクラとリュートの姿が無かった。あれれ、とふたりが見回すと、グランドで歓声があがる。
なんだなんだ、と見てみるとサクラとリュートが生徒相手に戦闘訓練を行っていた。怪我をしないようにと木製の剣を持っているのだが、サクラもリュートもそれを使用していない。まだ入学して半年ほどの見習い剣士たちの攻撃を、防御もせずに避けてはちょんと額を小突いていく。
「ほれ、次や次! いくらでも来たらいいで」
「あはは、まだまだ未熟ですね。懐かしいものです」
挑発に乗ってから生徒が四方八方を各々取り囲む。グランドに巨大な円が二個も発生し、より歓声が大きくなっていった。
「あ、あの~、剣士の先生ですか?」
「ん? あぁ君が彼らのパーティだな。ちょっと仲間を借りてるよ。ルーキーといえども、本物の冒険者が来るなんて滅多に無いからな。良い刺激となる」
がははは、と豪快に笑う剣士科の先生。一応はルーキーなのだが、サクラのそれは全くの別。ましてや隣のリュートはルーキーどころではなく英雄一歩手前だ。それを知ってか知らずか、戦闘訓練に誘ってしまった先生に、リルナはいいのかな~、なんて思いつつも眺める。
「わ、妾も! 妾も参加して良いか、先生殿!」
「んお、ちっこいお嬢ちゃんだな。いいぞ、是非とも参加してくれ……って、受ける側なのか」
「あはは……」
メローディア・サヤマ、参る! と叫びながらメロディがリュートの輪の中へと突撃していった。木剣ではなく本物のバスタードソードなのだが、レベル6が87をどうこう出来るわけもなく、余裕でいなされていた。
「あ、そうだ。先生ちょっといいですか?」
「なんだ?」
「最近、この辺りでなにか変わった事とかありませんでした? え~っと、体が勝手に動く、とかそういう話」
「なんだそりゃ? あ、まてよ」
なにか覚えがあるのか、先生は腕を組み思い出す。
「聞いたことあるな。水の神殿だったか……精霊信仰の信者がお布施を盗んだ事件があったんだが、そいつが言うには体が勝手に動いた、とか、知らない間にやっていた、とか言う事件があったらしいぞ。それじゃねぇか?」
「うわー、マジだー」
知らない人が聞けば泥棒がバレた言い訳にしか聞こえないが、パペットマスターが暗躍していると聞かされている以上、それはもう人形使いの仕業としか思えなかった。
「その事件を追ってきたんかい、お前さんたちは」
「あ、はい……一応?」
「ハッキリしねぇなぁ」
「あはは……あ、今晩は一泊していきますので、お世話になりますっ」
「あいよ。俺はなにもしないがな」
がははは、と先生が笑っている間も、次々と生徒がサクラとリュートに挑み続け、体力の限界と心が折れたものから輪から外れていく。
「うおおおおおお!」
結局、最後まで残ったのはメロディだった。サヤマ女王の鍛え方はやはり間違っていなかったらしく、年齢的にも体格的にも劣る彼女がリュートへと迫る。
繰り出されるバスタードソードを後退して避けたリュート。そこへお姫様は肉薄すると、刃ではなく柄を叩き込む。しかし、それはリュートも木剣の腹で受け止めた。しかし、折込済みだったのか、メロディはその場で右足を軸にして回転した。重いバスタードソードだからこその遠心力を加えた一撃。その攻撃は木剣で防御するわけにもいかず、リュートは大きくジャンプした。
「ふははは、もらったのじゃ!」
その着地点を狙ってメロディが中長剣を振り下ろす。しかし、その攻撃はリュートまで届かなかった。空中でリュートは木剣を投げ、その上に着地する。木剣の柄部分で受け止められたメロディーの刃は、そのまま彼の体重と共に地面へと突き刺さった。
「うへぁっ!?」
と、奇妙な声をあげてメロディは剣を手放す。妙な角度のまま振り切ってしまえば手首を傷めかねない。仕方なく剣を捨て、そのまま体が流れてしまったのを利用して大廻し蹴りをリュートの顔へと放つのだが――
「女性がスカートのままで足を振り上げるなんて、はしたないですね」
残念ながら体格差と体重差が覆しようがなく、リュートに受け止められたメロディはぶら~んと逆さまに吊り上げられた。下着が丸見えになったので、一部男子生徒から、よし、という謎の声があがるが、年下少女のぱんつを見て喜べるのは極少数のみ。特殊な趣味の生徒は女生徒から妙な目で見られるのだった。
「こ、降参じゃ……くっ、殺せ!」
「それ、お姫様は絶対に言わないといけなんですか?」
苦笑しつつ、リュートはメロディを丁寧におろす。そんなふたりに盛大な歓声が送られ、リュートではなくメロディにみんなは集まった。なにせ、強すぎるサクラとリュートは参考にならず、どちらかといえばギリギリで追いつけそうなメロディにみんなは共感したのだった。
「あはは、人気者だ」
「若いのぅ」
「ですね」
すっかりと盛り上がったメロディと剣士候補生たちはそのまま一緒に授業を続け、リルナたちもそれに従った。
その日はそのまま生徒たちと過ごし、ご飯を食べて、寮で就寝する。お風呂は時間制で、慌しく入ったのだが、やけにサクラがにやにやと楽しそうだった。
「そういえば、爺だった」
「ハーレム、とか思っているおるのじゃろう」
「なんで分かったんや」
そんな会話を交わしつつ、久しぶりのベッドを味わい、深い眠りへと落ちていくのだった。




