~パペットマスター~ 6
サヤマ城下街と違って、ダサンの街は明確に区分けされている訳ではなかった。それというのも、ダサンの街は商業都市ということもあり、各地に店が存在している。神殿の両隣に肉屋と魚屋というのも珍しくはない。
区画整理もされていないので、街の道は非常に入り組んだ造りをしていた。十字路に斜めからプラスされた五本の道が交わる中心で、リルナは思わずグルリと見渡す。
「これ、ぜったいに迷っちゃうねっ」
「初めて訪れた人は大抵迷いますなぁ」
スペルクの案内でリルナは迷わずに済んだが、一人で来ていたら確実にアウト。目的地に辿り付くまでに相当な時間を要しそうだった。
そろそろと夕方という時間帯ではあるが、人通りは中々に多い。まだまだ乗り合い馬車がカッポカッポと石畳を歩く音を響かせている。商業都市というだけにお店が多いのだが、同じ位に料理屋、食事処、酒屋も多い。
少しばかり漂ってくる良い香りに負けそうになりながらも、スペルクとリルナは目的地に着いた。
そこは大きな倉庫であり、中を覗き見ると色々な食材が所狭しと保管されている。食料専門の倉庫だった。
「やぁやぁスペルクさん!」
倉庫の中に入ると、リルナとスペルクの姿を見て一人の男が声をかけてきた。スペルクよりも若干若い雰囲気の恰幅の良い男は、いかにも商人といった出で立ちだ。
「お世話になってますよ、ラージアさん」
二人は大げさなぐらいに笑顔を作ると抱き合ってバシバシと背中を叩き合っている。どうにも胡散臭い動作なので、リルナは訝しげに二人を見た。
「ん? そちらのお嬢さんは? スペルクさんは確か息子さんが居たはず……」
「あぁ、彼女は冒険者のリルナさんです。ちょっとトラブルがありましてな」
ほう、とラージアはリルナに大きな手を差し出す。リルナはおずおずと手を出して握手した。
「ラージアです。この倉庫の主をやっております。まぁ、簡単に言えば店の為の店ですな」
「リルナ・ファーレンスです。え~っと、店の店?」
ぶんぶんと大げさなくらいな握手に振り回されそうになりながら、自己紹介を済ませた。
「ダサンの街は大きいが、一軒一軒の店が小さい。つまり、倉庫がなかなか持てないという事情がありましてな。一日に売れる分だけ、私の『倉庫』から買い取るという具合です。そうすれば店は在庫を抱えなくても済む。ウチも儲かってみんなが幸せになる、という商売ですな」
がっはっは、とラージアは大きなお腹を揺らしながら笑った。
「な、なるほど~」
いまいち分からなかったリルナも適当に笑っておく。今更ながら、商人の浮かべる笑顔という処世術を学んだ気がした。
「それでスペルクさん。トラブルとはいったい?」
スペルクはラージアに馬車が壊れたことを手短に説明した。
「なんと。それはまぁ、不幸な……」
各地を渡る商人にとって荷馬車は大事な商売道具。それが壊れたとなれば、同じ商人として同情せずにはいられない。そういう表情をラージアは浮かべた。
「良ければ修理代を貸しましょうか? スペルクさんにはお世話になっておりますからな」
「いやいや、それには及びません」
「はて? それはどうして」
スペルクさんは、リルナに顔を向ける。その意味を受け止めて、リルナはコクンと頷いた。
「リルナさん? 冒険者の彼女からお金を借りるとか?」
「いえいえ。そうではありません。彼女が代わりに運んでくれることになりましたので」
「は?」
キョトンとしたラージアの表情に、思わずリルナとスペルクは噴き出してしまった。
「わ、私をからかうのは止めてもらいたい。どういったことなんですか?」
「まぁまぁ。リルナさん、お願いします」
「はいっ」
リルナは少しばかり広い場所に移動して、身体制御呪文『マキナ』を使用する。まるで固定されてしまった人形のようなリルナに、ラージアさんは目を白黒とさせた。
そのままペイントの魔法を駆使し、倉庫の床に魔方陣を描いていく。三重の円からなる魔方陣が完成すると、リルナは一息だけついて、早速とばかりに魔方陣に光る指先を触れさせる。
光は魔方陣を伝い、全体に行き渡ると一層と輝いた。
そして、その光が収束すると同時に、山のような木箱が現れ、召喚術は無事に成功した。
「おぉ! これは一体、どういった手品ですか?」
「手品じゃないよっ、ラージアさん。召喚術です」
「召喚術?」
「そっ。私は召喚士のリルナ・ファーレンス。レベル1だけど、よろしくお願いしますっ」
またまたキョトンとした表情を浮かべるラージアだったが、段々とその意味を察したらしく、またまた大げさなぐらいにリルナは抱きしめた。
「うひゃぅ!」
「これは素晴らしい! なんてお嬢ちゃんだ!」
「さて、ラージアさん。今回の積荷……いや、召喚荷の買取をお願いします」
「はっはっは! 任せてくださいスペルクさん。馬車は壊れたと聞かされて、そしてこんな凄いものを見せてもらったんだ。ちょっとは色をつけないと商人として腐ってしまう」
スペルクとラージアは早速とばかりに商談になった。
リルナは、ほっと胸を撫で下ろす。
何せ初めての仕事だったのだ。ほんのちょっとだが緊張していたらしく、その解放から少しばかり背中を丸めて、息を吐き出した。
「はぁ~……良かった~……」
それからしばらく倉庫の中を見学している内に商談はまとまったようで、スペルクさんはギル硬貨が詰まった袋を受け取った。
「それではリルナさん。これが報酬の5ギルです」
「ありがとうございますっ」
スペルクから五枚のギル硬貨を受け取る。銀貨であるギル硬貨を、リルナは少しばかり眺めてから、きっちりと自分の財布にしまった。
「なんとも安い報酬ですな~。もっとあげてもいいのでは?」
こんなに凄い魔法なのに、とラージアが言う。
「う~ん。相場が分からないので。カーラさんに聞いたら、5ギルぐらいだろうって」
「あぁ、あのカーラさんか……しかし、召喚術は使えるかもしれない……」
ラージアは腕を組み、少しばかり考えを巡らせる。
「使える?」
「商人というのは、馬車を引いて大荷物で移動する。それを狙う盗賊や蛮族にはバレバレな訳ですな。だからこそ冒険者を雇う。ところが、リルナさんの召喚術があれば、目立たずに荷物を運ぶことが出来る。加えて、馬もいらない。恐ろしい程のコストダウンに繋がると思いませんか?」
「確かに、そうですね」
なんだか難しい大人の話をリルナは首を傾げながら聞く。
「はっはっは。リルナさん、良ければ召喚術をどれくらいで習得できるか教えてもらってもいいでしょうか?」
ラージアの言葉に、リルナは人差し指をあごに当てて、上を見上げる。何がある訳ではないが、思い出す時のリルナの癖だった。
「え~っと、まず身体制御呪文マキナと記述魔法ペイントの習得、と同時に魔方陣に記述する神代文字の勉強でしょ。で、マキナとペイントができるようになったら、その魔法を同時使用できるように練習するんだけど……」
リルナは思い出しながら指折り数えていく。
「私は才能があるって言われて、だいたい半年くらいで完璧に出来るようになったよ。合計で1年くらいかな。先生は2年かかったって言ってた」
お爺ちゃんは3年って言ってたかな~、とリルナが呟いたところでスペルクとラージアは顔を見合わせた。
「そんな厳しい習得条件なのですか」
「だから召喚士がいなくなっちゃったんだって。途中で投げ出す人も多いみたい。一応、私が現存する唯一の冒険者の召喚士です」
リルナの言葉に、そうですかぁ、と落ち込むよう子のラージア。
「新しい商売の形が見つかったと思ったのですがね~。いやはや、世の中は厳しい」
「そのようですな。それでは、香辛料を幾つか買わせて頂きたいのですが……リルナさんはどうされます?」
「ほえ?」
「もうそろそろ日が落ちます。先に宿を見つけられてはいかがでしょうか? あとで夕飯を奢りに行きますよ」
「ん~、じゃぁ宿屋さんを探してくるね」
リルナは二人に手をあげてから、倉庫を出る。
そろそろ日は落ちかけ。空はオレンジを通り越して、夜の瑠璃色へと変わろうとしていた。
「お~、夜も素敵な街だわっ」
街を照らすそれぞれの明かり。
石畳を照らし出す風景は、少しばかりリルナの心をくすぐっていくのだった。




