~ウンディーネの加護~ 6
簡易バーベキューでお腹を満たしたあと、リルナたちは集落を出て冒険者訓練学校を目指す。残念ながら学校へ行く商人もいず、馬車も無い。のんびりと歩きで移動することになった。
「あつい……」
「暑いのぅ」
平原の中、自然とできた道を歩きながら少女ふたりは空を見上げた。照りつける太陽は容赦なく冒険者の頭を焼き、肌をちりちりと焼いていく。得に重装備なメロディとリュートは歩いているだけで額に汗を浮かべていた。
「情けないなぁ」
とサクラは平気な様子で歩いていくが、そのキモノを着崩して肩を露出させている。あわや胸まで見えてしまいそうな格好なので言葉の重みがゼロだった。
「元お爺さんと知っていても、目に毒ですね……」
唯一まともな男性であるリュートは苦笑するしかない。サクラは気にしていないが、実は彼のお陰でパーティの風紀は保たれている。普段なら、リルナもメロディもスカートを盛大にパタパタとあおいで服の中に空気を取り込んでいるところだ。
そんな熱気も夕方近くになると自然と冷めてくる。いくら平和でモンスターが少ないイフク国だといっても夜間の移動は危険だ。そんなこともあって、完全に日が落ちない内に野営の準備となった。
「あったあった」
こういった場所では、先人の野営後が見つかることが多い。歩くペースはそんなに差は生まれず、何度も利用されていくうちに自然と便利な場所になっていることがあった。リルナたちが見つけた場所も同じで、近くに小川があり折り重なる巨大な二枚の岩が屋根代わりになりそうなところに炭を熾した跡が残っていた。
荷物を降ろし岩を利用した簡易テントを張ると夕食の準備をする。お昼に余っていた野菜で固形スープの素で作った野菜スープと、野菜炒め。それに干し肉をガジガジと噛んで質素ながらも充分にお腹を満たす。
「水浴びしてくる~っ」
「妾も行くのじゃ」
ランタンを持ってリルナとメロディは小川へ移動した。多少は温度が下がったとはいえ、夏の空気はまだまだ暑く、夜であっても水浴びは気持ちいい。装備と服を脱ぎ散らかすとふたりは小川へと入っていった。
「いやぁ、元気やな~。ウチみたいな年寄りになると水浴びは厳しいてな」
「お若いのに、やっぱり影響するもんですか?」
きゃっきゃと騒ぐ少女を遠くに見ながらサクラとリュートは苦笑する。スカートをあおぐのは恥ずかしくても、全裸で水浴びは平気なようで、すっかりとリュートの存在を忘れているのか、汗の気持ち悪さが羞恥心を上回ってしまったのか。
「いくら暑うても、やっぱり温泉がええなぁ。お前さんは行かんでもええんか? 見張りならウチがしとくで」
「いや、さすがにあそこには混ざれませんよ。ほら、僕はこれでも男ですから」
「……反応してまうんか」
「しますねぇ」
「若いなぁ。いや、男やったら当たり前か。しかし、ええなぁ。ウチも久しぶりに男の喜びを味わいたいもんや」
リルナなんかめっちゃ良さそうやん、とサクラの冗談にリュートは笑う。
「じゃぁ僕はメロディちゃんで」
「お前さんはそっちか。ケンカせんで済むな。あ、でも途中で交代やで。ウチもメロディを楽しませてみたいわ」
「これ、サイテーな会話ですよね」
「知っとる」
と、サクラとリュートはゲラゲラと笑った。
「あら、サクラとリュートさんが仲良し」
「男同士、盛り上がる話もあるんじゃろ」
会話の内容を知ってか知らずか、リルナとメロディは野営地を見た。よく考えれば丸見えだ、なんて思ったけれど、まぁいいか、とふたりは肩をすくめる。
あとは交代で見張りをしながら眠ることになった。まずはリルナとメロディが見張り役となり、火の番をしながらあくびを噛み殺す。何事もなく時間が経ちサクラとリュートと交代して朝まで眠った。
夜明けごろに目を覚ますと、サクラが朝食が作ってくれており、簡単なスープと干し肉を食べる。ちょっぴり寝不足な目をこすりながらも日が昇ると同時に出発した。
途中の森でゴブリンを見かけたのだが、向こうが警戒して逃げていった。彼我の力量差を見極められるようで、それなりに長生きしているゴブリン集団なのかもそれない。
「いや、それって倒しておくべきなんじゃ……」
「でも人間を襲っていないのかもしれないよ。なにせ、こんな森の中だし」
リュートの言葉に、そっか、とリルナとメロディはうなづく。周囲には村や集落は無い。しばらく先に冒険者訓練学校があるだけで、商人も滅多に通らないとあれば、あのゴブリン集団は森の中のみで生きているのかもしれない。
「無駄な戦闘行為は避けるべきだ。わざわざ藪を突いて蛇や恐ろしいモンスターを呼び出す必要はないからね」
「はーい」
「分かったのじゃ」
熟練冒険者の意見には素直に従い、そのまま森を脱出する。途中で小休止を挟みながら、お昼頃にようやく冒険者訓練学校へと到着した。
「ついたーっ!」
「おー、ここが学校なのじゃな」
リルナとメロディはバンザイしながら門を通り中を見渡す。
訓練学校、というだけあって敷地内のグラウンドには今まさに生徒たちが戦闘訓練をしていた。剣を持っている生徒が多いので、恐らくは剣士を目指す生徒たちだろう。最奥には大きな木造の建物があり、そこでは座学の授業が行われている。他にも生徒たちが住む寮や食事処、武器や防具を整備する工房やアイテム販売や雑貨を売っている店まであり、ちょっとした集落以上の規模になっていた。
「おー、ここがタイワの訓練学校なんですね。立派だな」
大陸から来たリュートは物珍しそうに見渡す。サクラも、ほ~、などとつぶやきながら周囲を見渡した。
「こっちこっち。先生に挨拶して泊めてもらおっ」
「うむ!」
「ウチらはここで待っとるわ」
「お願いします」
サクラとリュートを残し、リルナとメロディは校舎へ入る。外から見れば立派だが、中はそれなりに年季が入っていた。木板の廊下はギシギシと鳴ってしまう。
「盗賊の練習になるんだって。ここを足音をさせずに歩けたら一人前だって」
「ほ~! いいのぅいいのぅ楽しそう!」
さっそくメロディは挑戦するが、やっぱりギシギシとなった。鎧とバスタードソードなんて背負った状態では無理に等しい。リルナも挑戦してみるが、完全な無音とまでは無理だった。才能はあっても技術練習はしていないので、無理なものは無理だ。
ギシギシと歩きながら職員部屋へと移動し、リルナは遠慮なく開けた。授業中なので先生の数は少ない。それでも、ちらほらと数人の先生が各々の机で作業をしていた。
「先生!」
「ん? あぁ、これはリルナ君じゃないですか。どうしたんです?」
かつての恩師である先生は、リルナを見てパッと笑顔を浮かべるのだった。




