~ウンディーネの加護~ 4
カフェテラスでノンキに紅茶を飲んでいた冒険者、リュートは顔見知りの召喚士とお姫様を見て驚いた。
短く黒い髪をかきあげてツンツンと立てており、しっかりと整った顔。いわゆるイケメンと呼ばれる類であり、その瞳は吸血鬼のように真っ赤だ。ただし、眼光は優しく垂れ目気味。がっつりとした体格ではなく、どちらかといえば痩せ気味なのだが、体を覆う鎧は立派なものだ。腰に添えられた剣が、なによりの強さの証だろう。パっと見ただけで、それがマジックアイテムだと見て取れた。
サヤマ城下街で魅了の首飾り事件の当事者でもあったリュートと、遠く離れたイフク城下町で再開することになった。
「これはビックリだ。まさかこんな所で出会うとは思わなかった……」
思わずつぶやいた彼の言葉に、リルナとメロディも同意する。
「すっごい偶然っ!」
「運命じゃな。どうじゃ、妾の婿にならぬか?」
わーい、と駆け寄る少女ふたりにリュートは苦笑する。リルナのほうは別に構わないが、メロディのセリフには多分に冗談が含まれているので、リュートは丁重にお断りの言葉を述べた。
「なんじゃ、貴族に成れるチャンスを不意にしおってからに」
「僕は冒険者だからね」
お互いに肩をすくめて、冗談はこれでおしまい、と合図を送りあった。
「リュートさんは、仕事ですか?」
「その聞き方からすれば、君たちは仕事じゃないのかい?」
逆に質問されてしまったが、リルナの短い言葉だけで現状を把握するリュートの能力に感心する。おぉ、とリルナは声をあげ、メロディは瞳をキラキラとさせた。
「ますます欲しいのぅ。イケメン……じゃし?」
「なんでそこは疑問系なんだ……そんなに悪くない顔だと思うんだけどなぁ」
リュートは頬をペタペタとさわる。ちょっとだけ子供染みた行動に、ふたりの少女はくすくすと笑った。
「わたしたちは、ウンディーネの加護を受けにきましたっ。メロディと仲間のサクラが普通の冒険者じゃないので」
「あぁ、お姫様ともなれば訓練学校に行かずとも冒険者になれるわけか」
「そうなのじゃがな……どうにも、わだかまりが生まれてしまってのぅ。この際じゃから、加護を受けておこうと思っての」
「召喚すれば……済む問題ではないか」
リュートは肩をすくめる。愚問だった、とばかりに苦笑した。
ウンディーネの加護、とは実質ただの気休めみたいなものだ。冒険者訓練学校の中間テストのようなもので、実際に能力がアップしたり水のバリアが張られるわけでもない。心の問題に関しては代替品では気が済まないことは、リュートにも理解できた。
「それで……リュートさんはお仕事?」
小首を傾げてリルナは質問する。合わせてメロディも同じ方向に首を傾けた。その様子がなんとも可愛くてリュートは吹き出しそうになるが、なんとか堪えて腕を組んだ。
「う~ん……まぁ、君たちならいいか。いや、むしろ運が向いてきた、と考えるほうがいいかもしれないな」
なにやらそうつぶやくと、紅茶の入ったカップを持ち上げて席を立つ。
「奥の個室で話そう。いいかな?」
「もちろん紅茶をおごってくれるんじゃろうな」
「……さすが冒険者。お姫様といえどもシッカリしている」
リュートは通りがかったウェイトレスのお姉さんに紅茶の注文とギル硬貨を一枚渡して奥の個室へと案内してもらった。
「お静かにお願いしますね。うふふふ」
「……いや、僕は別に――」
なにやら盛大に勘違いしたお姉さんはニヤニヤとしながら去っていった。
「リュートさんの今後が心配だ……」
「うむ。悪い噂にならなければ良いのじゃが……」
ちょっぴり頬を赤くしたリルナと、お姉さんの同じ類の笑みを浮かべたメロディ。そんなふたりを見てリュートは盛大にため息を吐き出す。重いグラビテイィブレスが霧散した後、席に座ると、お姉さんが紅茶を持ってきた。
「がんばって!」
などとリルナとメロディの肩を叩いてニヤニヤしながらドアを閉める。
「あの者は欲求不満なんじゃろうか」
「た、たぶん……」
具体的な話となり、メロディの頬も赤くなる。なんだかんだいって、まだまだお子様な召喚士とお姫様なのだが、目の前のリュートも少し照れているらしく、顔を手でヒラヒラと煽っていた。
「まぁ、旅の恥はかき捨て、というし……」
「聞いたことの無い格言じゃな。リルナは知っておるか?」
「しらな~い。リュートさんってどこの人?」
とりあえず話題を変えよう、とあくせくと話をすると、リュートは頭をかきながら苦笑する。
「僕の故郷の言葉なんだ。一応は大陸出身なんだけど、地図にも載っていない田舎者だよ」
そうなんだ~、とふたりは納得する。
「それでそれで、話って?」
ようやく落ち着いてきたのを見計らって、リルナが本題である話をうながした。
「うん。実はパペットマスターの情報を手にいれてね」
リュートの言葉に、うげ、とリルナは顔をしかめる。
「パペットマスターが君を気に入っている、みたいな情報は眉唾物だと思ったんだけど、そうでもないみたいだね。いや、むしろ縁が有るのかもしれない。リルナちゃんとパペットマスターの間には、召喚士としての何かがあるんじゃないのかな」
人形遣い……パペットマスター。人々に超迷惑をかけるお尋ね者であり、その正体を、召喚士崩れと見破ったリルナ。
召喚の魔方陣を描く際に必須となる魔法『マキナ』。これは自分の体を正確に制御する魔法なのだが、パペットマスターはそれを他人に使用する。つまり、他人を操り人形にしてしまうことで、悪さを繰り返していた。他人の命まで奪うことはないが、それでも重ねてきた罪の重さは果てしない。お陰で、目撃情報だけでたんまりと報奨金がもらえる事態にまでなっている。リルナが比較的お気楽に冒険者を続けているのは、パペットマスターの情報と引き換えにもらった報奨金のお陰だったりした。
どうやらリュートは、パペットマスターを追っているらしく、偶然にもイフク国へ来たらしい。別の目的でイフク国を訪れたリルナにしてみれば、パペットマスターとの縁があるように思えて、うげぇ、と顔をしかめた。
「どうしてあいつは移動先にいるのかな……!」
思えばカーホイド島でも出会ったことを思い出し、リルナは拳を握り締めた。
「ということは、リュート殿は報奨金狙いの冒険者かの?」
「いや、それ専門というわけではないよ。普通に依頼を受けることもあるけど……なにせソロだからね。できる仕事が限られてるんだ」
ソロ、という単語にリルナとメロディは驚く。一人きりで冒険者をやっている者は少なくはない。だけど、そういった人物はなにかしら難のある人物ばかりだ。言ってしまえば、友達がいないという証明でもあり、コミュニケーションに難あり、と思われることも多い。
「れ、レベルは?」
「う~ん、あまり言いふらさないでくれよ?」
と、リュートはオキュペイションカードを見せてくれる。その内容は、剣士レベル87。えぇ~、と大声をあげそうになり、リルナとメロディはお互いの口を抑えた。
「あまり目立ちたくはないから言わないでくれよ」
「なんでそんなレベル……えぇ~……」
ソロでそこまで高いレベルとなると、相当な活躍を成し遂げてきたことになる。それこそ強さでいうとサヤマ女王に匹敵するかもしれない。優しい顔の青年に、そこまでの実力があると分かり、ルーキーたちは改めて姿勢を正した。
「お主のような者が、よくこの国で自由に振舞えるものじゃな。どうなっておるんじゃ?」
「いや、逆だよメローディア姫。大陸では、僕の名前と顔は通っている。でも、海を渡れば誰も知らない。ソロだからこそ気楽に冒険者を続けることができているんだ。失礼だけど、君の母親は失敗したようだね」
あぁ~そうか~、とメロディは腕を組んで考え始めた。
「話が反れたから戻すけど……どうかな、リルナちゃん。僕も君たちと一緒に行動してもいいかい?」
「どういうこと?」
「パペットマスターがイフク国にいる、という情報は得ているんだが……具体的にどこにいるのかは分からない。だから、君とパペットマスターの縁に賭けてみようと思うんだ」
「そんな……実際に遭遇する保障なんて無いですよ?」
「承知しているよ。このまま闇雲に探すより、よっぽど可能性が高く思えるしね」
リュートはそういって苦笑する。その言葉にリルナも、たしかにな~、と納得した。
「もしパペットマスターに遭遇できたら、その時点で僕からもお金を払おう。そうだな……20ギルで。仮に捕らえたり倒すことができたら、報奨金から200ギルを払う。どうだい?」
「魅力的じゃの。乗った!」
「よし、交渉成立だ。よろしく頼むよ!」
リュートはメロディとがっちり握手する。リルナの意見は無視して、さっさと契約を完了してしまった。
「ちょっとぉ、わたしの意見はっ!」
「なぁに妾たちはまだパーティ名も決まっておらぬ。リーダーを妾にしてしまえるチャンスも残っておるのじゃ」
「独裁はんたーい! ねぇ、リュートさんもそう思わない?」
「だから僕はソロなんだ」
「あ~、なるほどっ……って、嘘うそ! メロディとはお友達だからねっ! ずっと一緒!」
ちょっぴり寂しそうなお姫様に気づいたリルナは慌てて彼女の手をにぎる。
「う、うむ。信じておるぞ、リルナ!」
少女らしいやり取りは微笑ましくもあるが……冒険者として、ずっと一緒、を貫くことの難しさを思い、リュートは複雑な笑みを浮かべるのだった。




