~ウンディーネの加護~ 3
数日の移動を経てイフク城下街へとリルナたちは辿りついた。時間は午後を半ばに過ぎた頃で、そろそろ夕方に向かうという時間帯。
まだまだ空の青さは高く、今日も日差しが暑い中で一同はイフク城下街の門をくぐった。
「やっぱり低いのぅ」
ジンボート港街と同じく、イフク城下街に建ち並ぶ家々も一階建てがほとんどだった。そのお陰か、イフク城は良く見える。お城だけは他国と同じ大きく上へと伸びる造りになっており、その真っ白な外観がとびきり目立つようになっている。港街との徹底的な違いは、やはり外壁の存在だろうか。他国と比べれば圧倒的に低いが、それでもきっちりと壁に覆われており、モンスターや動物の侵入を防いでいた。
「ん~、立派な城やけど……イフクの国王は、目立ちたがり屋なんか?」
「いや、人の良さそうな感じじゃったぞ」
サクラのつぶやきにメロディが応える。どこかの社交界で会っているらしく、柔和なおじさんじゃった、と思い出しながら答えた。
「民がそうじゃから、と王も平伏するような城では示しがつかんのじゃと思うよ。妾の実家もそうなっておるし」
「あぁ……サヤマ女王はお城なんか絶対にいらないタイプだもんね」
本当なら冒険者の宿みたいなお城にしたかったんじゃないか、とリルナは思うが口には出さないでおいた。なんとなくメロディに悪い気がするし、なによりあのお城でメロディは育ってきたのだ。
「メイド長ではなくウェイトレス長になるところじゃったな……ん? あんまり変わらないか……」
肩をすくめるお姫様にリルナとサクラは苦笑した。
「ほな、今日の宿でも決めようや。久しぶりにベッドで寝れるし、なによりお風呂に入りたいわ」
サクラの申し出に、さんせい~、と少女ふたりは手を上げた。ひとまず往来の多い中央通りへと移動し、適当なお店で宿の場所を聞く。教えてもらったのは中央通りに面している宿で、一泊10ギル。部屋は狭いながらふかふかのベッドと温かい大浴場があり、満場一致でその宿に決定した。
残念ながら三人部屋はなく二人部屋と一人部屋のみ。リルナとメロディが二人部屋に泊まり、サクラは一人部屋に泊まることにした。前払いでチェックインしたあと、サクラはさっそくお風呂に向かう。
「メロディはどうする?」
部屋の隅に冒険者セットの詰まったバックパックをおろし、身軽になったことによる息を吐いたふたりは窓から景色をうかがう。
サヤマ城下街と違って冒険者の姿はまったく無い。代わりに商人が多く通っており、その荷物は大体が野菜や果物といった食べ物だった。
「せっかくなので、街を見学したいのぅ。リルナは詳しいのか?」
「ん~、三回ほどしか来たことないよ。これで四回目。ずっと学校にいただけだったし」
「ま、仕方ないの。では遊びに行こう~」
「お~」
フロントのお兄さんに、遊びに行ってきます、と伝えてから外へと移動した。といっても行く当ては無いので、とりあえずイフク城を目指して歩き始めた。
城下街ながらノンビリとした雰囲気は、やはりサヤマ城とは違ったものであり、時間の流れもゆっくりと感じる。その理由は住民の歩くスピードにあるかもしれない。なんてリルナとメロディが話し合いながらイフク城へと到着した。
「お城だね~」
「さすがに立派じゃのぅ」
お城の周囲には高い壁があり中は窺うことはできなかった。門はあるのだが締め切られており、その前には衛兵が番をしている。王族貴族皇族を守る当たり前の姿なのだが、サヤマ城の開けっ放しになった門やお城を見ていると、厳重すぎる構えに見えた。
「なにか事件があったみたいに見える……」
「うむ。改めて母上の異常が分かるのぅ……」
守るべき人間が、守る必要の無いほどに強い。暗殺者も入り込み放題だが、サヤマ・リッドルーンを殺すにはそれ以上の強さが必要となる。加えて、お姫様であるメローディアに血の繋がりは無い。多少の取引には使えるかもしれないが、いざとなれば容易に切り捨てられる存在だ。だからこそ、サヤマ城には衛兵はいても門は閉められることは無かった。開ききった王室が維持されている。
「そこの冒険者! なにか用か!」
と、ふたりして不穏な単語をつぶやいていたからか衛兵に怒られてしまった。
「ごめんなさい! 見に来ただけです!」
「お仕事お疲れさまなのじゃ!」
敵意は無いです、と全力でバンザイしてから慌ててふたりはお城を後にした。
「怒られちゃったね」
「あはは、妾も母上とメイド長以外に怒られるのは久しぶりじゃ」
ドキドキする胸をおさえながら、なにかジュースでも飲もうか、と商店を見渡す。ちらほらと酒屋やレストランなどは見かけるが、気軽に入れる軽食店などは見当たらない。
「ここは冒険者の勘を信じようっ」
と、リルナの合図でメロディと一緒に指をさす。ふたりが示したのは右方向。勘が一致したことにケラケラと笑いながら少女たちが移動すると、本当に軽食店が見えてきた。オシャレにも店外にテーブルと椅子が設置された店で、数人のお客さんが軽食やコーヒーを楽しんでいた。
「妾たちの勘も捨てたもんじゃないの」
「あはは。冒険者らしくなってきたのかもね。ん? あれ?」
と、そんな軽食店のテラス席に見知った顔をリルナは見つける。
「あれは――」
メロディも同じく気づいたようで、驚いた顔でその人物を見た。それと同時にふたりの視線に気づいたのだろう。
彼も、こちらを見て驚いた表情を浮かべるのだった。




