~ウンディーネの加護~ 2
水の神殿があるのはクホート島のイフク国と呼ばれる平和を絵に描いたような国だ。穏やかな気候に加えて穏やかな住民。それらを生み出す大地は豊かで、作物がよく実り、飢餓という文字が死滅している王国でもある。
そんなイフク国がノンキにやっていけるのは、モンスターと蛮族が少ないからだ。クホート島には大きく高い山脈があり、それがイフク国を隔離している。もとよりクホート島には少ないモンスターや蛮族なのだが、隔離されているせいで新しく流入することはなかった。よって、平和でノンビリとした国ができあがあったのだ。
そんな平和な土地だからこそ冒険者の育成に適している。冒険者訓練学校が設置されているのは、訓練中にイレギュラーを起こさない程度にしかモンスターも蛮族もいないから。安全に訓練や練習ができるし、再現なく増えるゴブリンやコボルトも適度に間引きできるシステムになっていた。
「ん、ん~……やっとついた~っ」
ジンボート港町。大型船から商人や冒険者たちに混ざって、リルナも船から降りる。数日間もゆらんゆらんと揺られていただけに大地に違和感を感じるが、それよりも到着した喜びから大きく伸びをした。
今回は女王が船を用意してくれた訳ではなく、完全な定期船に乗ったので男女の部屋分けもなく窮屈な船旅だった。しばらく満足に動き回れなかったので、体が凝り固まった錯覚からようやく脱出できた。
「イフク王国、初上陸……じゃ」
船から降りる最後の一歩をジャンプしてメロディは降り立つ。リルナとは違って釣りに興じていたお姫様はわりと元気だった。
「もうちょっと寝ときたかったわ」
欠伸を噛み締めつつも降り立ったのはサクラ。船旅中はメロディと一緒に釣りをするか、リルナが召喚した真奈に稽古をつける以外はず~っと寝ていた。元旅人だけあって船旅は慣れているのか、すでに飽きているのかもしれない。
「ここからどうするのじゃ?」
船員たちの邪魔にならないように港から脱出しながらメロディはリルナに聞いた。おぼろげな地図は頭の中に入っているメロディだが、初めて訪れる土地でそうそう思い通りに動けるわけではない。せいぜい方角を間違えない程度のものだ。
「まずはイフク城下街に行くよ。乗り合い馬車があるといいんだけど……」
リルナの先導によって街を移動する。ジンボートは港町だけあって魚介類を出す飲食店が多く並んでいた。屋台も出ており、三人はホタテの串焼きを購入する。魚醤を付けて焼かれた香ばしいにおいと、ほろほろと解けていく食感を楽しみながら港町を横断した。
「なんというか、低い街じゃのぅ」
メロディのつぶやきにサクラとリルナもうなづく。というのも、ほとんどの家や建物が一階建てであり、土地を贅沢に使った広い物が多い。突出しているのは見張り台である櫓だけ。緊急時に打ち鳴らされる鐘が取り付けられているが、残念ながら肝心の見張る人間が不在だった。それぐらいに平和な街のようだ。
「イフク国は人口が少ないから土地が余ってる……って聞いたよ。だから、家とか一軒一軒大きく作るんだって」
「平和なのに人が少ないとは……稀有なもんじゃなぁ」
なんでじゃろ? とメロディは疑問の声をあげるが、リルナは肩をすくめる。召喚士であって歴史研究家でも土地研究員でもない彼女には理由はサッパリと分からなかった。
「ディアーナ神への信仰があついらしいから、冬が厳しいそうやで。ウチらみたいな老人にはちと辛い土地やな。かといって夏が涼しいわけやなさそうやし」
見上げる空には分厚い雲も見える。晴れやかな空、には少しばかり程遠い空だった。
「あと、雨が多いらしいし、やっぱり気が滅入るんやないか」
「ふ~む。雨の神様も信仰されておるのかのぅ……そんな神様いた?」
「豊穣の神様とか? あ、でもだからウンディーネがいるのかな」
あぁなるほど、とメロディは納得した。
と、いろいろと話しているうちに乗り合い馬車の停留所までやってきた。ただし、そこは閑散としており馬車の一台も停まっていなかった。
「タイミング的にハズレみたいやな」
三人は肩をすくめる。仕方がない、と諦めて徒歩で移動することを決めた。ひとまず街中に戻り携帯食料を補充してから街を出る。やはり平和そのものなのか、街の出口には門や壁もなく、建物の隙間から出られる状態だった。
街道に沿って街の境界から外へと出ると、広がっているのは畑。農業が盛んというのは間違いないらしく、漁業だけではなくしっかりと農業も展開されているようだ。
街道の両端にある畑をながめつつ歩いていくと、農作業をしているおじさんが見えた。やっほー、とばかりに手を振るとおじさんも手を振ってくれる。
「ほ~、こりゃ珍しい、冒険者じゃないか」
「ん? 冒険者なんていっぱい来るのではないのか? 訓練学校があるんじゃろ?」
「あっはっは、あれは冒険者の卵だよ。お嬢さんたちは正真正銘の冒険者だろ」
あぁ確かにね~、とリルナとメロディはオキュペイションカードを見せる。レベルは低くルーキーだけど、卵から生まれたひよこなのは間違いない。
「なにか事件でもあったのかい?」
「あ、ん~ん。観光みたいなものです。水の神殿に」
なるほど、とおじさんは笑って採れたてのトマトを一個づつくれた。さっそく一口かじると、甘みと酸味を感じる瑞々しい美味しさ。
「美味しい~っ。ありがと、おじさんっ!」
「はいはい、その笑顔がなにより嬉しいの」
再びおじさんに手を振って別れを告げる。気温はあつく水分補給になるトマトはありがたかった。
しばらく歩き続けて最初の休憩をしていた一同は、後ろから追いついてきた馬車に気づいた。手を振ってみると、商人であろうおじさんが停まってくれる。
「すまぬがイフク国まで行きたいのじゃ。荷台が開いていればお世話になれぬだろうか?」
「あいあい、構わんよ。ただ、残念ながら護衛代金は払えんがね」
なにせモンスターも出ないからな~、なんていう商人のおじさんに感謝しつつ荷台へと乗り込む。残念ながら幌の無い馬車で日差しは遮られない。それでも歩くより速い上に楽ができる馬車に文句はない。
「おじさん、これなぁに?」
馬車に積まれていたのは金網の上に切り並べられた肉。
「干し肉だよ。移動中に乾燥させれば保存食として売れるからな。ちょっとした副業みたいなもんだ」
他にも細々と商品が積まれている。それらをメロディと一緒に見物しているなか、さっそくとばかりに寝むってしまったサクラに呆れつつ、イフク城下街への馬車の旅を楽しむのだった。




