~ウンディーネの加護~ 1
●リルナ・ファーレンス(12歳)♀
召喚士:レベル6 剣士:レベル0(見習い以下)
心:普通 技:多い 体:少ない
装備・旅人の服 ポイントアーマー アクセルの腕輪 倭刀『キオウマル』
召喚獣:9体
●サクラ(212歳)♀(♂)
旅人:レベル90 剣士:レベル6
心:凄く多い 技:凄く多い 体:多い
装備:倭刀『クジカネサダ』 サムライの鎧 サムライの篭手
●メローディア・サヤマ(10歳)♀
剣士:レベル6
心:多い 技:少ない 体:少ない
装備:ヴァルキュリアシリーズ・リメイク バスタードソード バックラー
ミヤオヤーマの村は、相変わらずゆっくりとした時間が流れていた。蛮族の襲来もなく、モンスターや危険な動物も現れない。農耕と狩猟で成り立ついつもの日常は、永遠に続くかとも思えるほどにノンキな空気がただよっている。
リルナ、サクラ、メロディの三人が再び村を訪れたのは、リルナの里帰りではなく、ちょっとした依頼からだ。
「新しい命に、新たな生命に、水の加護を……」
手のひらサイズに召喚された水の大精霊ウンディーネ。本来の大きさは見上げるほどに巨大な姿なのだが、召喚魔法に応じる際は小さな姿となる。他の精霊と変わらない大きさなのは、一言でいうと不便だから。今みたいに家の中で喚べなくなってしまう。
また召喚されている間にも大精霊たちは本体は神殿に残されている。意志も分断されており、どちらもウンディーネという状態。これは大精霊のみに起こる召喚パターンであり、ホワイトドラゴンや蛮族には適応されていない。理由は定かではなく、召喚術を創り上げた過去の魔法使いに聞いてみるしか知る術はなかった。
「幸多き世の道であることを願い、また生に困らぬ生涯を願い、ここに加護を授けます」
ウンディーネがちょこんと伸ばす腕の先には、生まれたばかりの赤ちゃんがいた。村で新しく生まれた赤ちゃんのために、リルナの母親が手紙を書き、呼び出したわけだ。
ミヤオヤーマ村では、精霊信仰の厚い家庭に対してリルナの父であるキリアス・ファーレンスがウンディーネを召喚し、その加護を与えてまわったそうだ。それを受け継ぐ形でリルナも同じようにウンディーネを召喚してみせる。
「お父さんもこうやってたんだね」
「まぁ、ね」
ファーレンス親子も思うところがあるのか、ウンディーネが加護を与える様子をジッと見ていた。母親に、その思い出があるだろうが、リルナにとっては初めて見る光景だ。なにせ父親の記憶は最古のものに近い。いつも右手に巻いている青いスカーフ。それを受け取った、あの朝の記憶しか、リルナには残っていない。
「終わりました。健やかな成長を祈ってますよ」
出張ウンディーネの加護が終了し、大精霊は小さな手で赤ちゃんの頭を撫でる。その手の感触に、赤ちゃんはくすぐったいのか身じろぎした。
「ありがとうございます、ウンディーネ様」
「いえいえ。お礼はリルナちゃんに言ってくださいな」
赤ちゃんと両親であるふたりは、リルナに向き直り深く腰を折った。慌ててリルナは両手を振るが、感謝の言葉は受け入れることにした。
ひとまず仕事が終わったということで、リルナとルナイ・ファーレンスは実家である雑貨屋へと戻った。
「ただいま~。終わったよっ」
「ほいほい、ご苦労やったな」
「うむ。妾に仕事がなくて残念じゃ」
実家では店番をしていたサクラとメロディが迎え入れてくれる。ちなみにサクラが勘定台に座り、メロディは看板娘として店内に立っていた。ルナイが、お客さんは? と、聞くと、ふたりして右手の人差し指で親指をくっつけて輪をつくる。
「ゼロ人や」
「母上殿。この店でどうやって生きておるのじゃ……?」
雑貨屋たるリルナの実家。商品の中には埃をかぶっている物もあるが、基本的には生活に必要な物ばかり。石鹸や包丁、鍋といった多種多様な商品が並んでいる。しかし、あまり売れている様子はなかった。
「簡単よ。いい旦那を見つければいいの。ついでに、娘も良く育てれば簡単にお金が入ってくるわ」
「なるほどのぅ。勉強になるのじゃ」
あまり参考にしてはいけない意見であり、元男性であるサクラは肩をすくめるしかない。加えて、実の娘であるリルナは、前回に帰った時にお金を没収されているので、半眼でにらむしかなかった。
「お金に困ってないんだったら、わたしのお金取ることないよねっ」
「持ちすぎると盗賊に狙われるし、預かっててあげてるのよ」
見上げるリルナに対して見下ろす母親。冒険者の嫁だけあって、娘の暴言に負ける気はさらさら無く、やれるもんならやってみろと挑発する勢いだった。
「むぅ……とりあえず、依頼は完了したからね。はい、依頼料ちょうだい」
「正当な仕事には正当な報酬を。冒険者を雇う基本だからね」
はい、どうぞ。と、ルナイは三人にギル硬貨を渡す。その枚数は一枚だけ。つまり、報酬はひとり1ギルの格安な依頼だった。
「割に合わない……でも、う~ん……」
道中に危険があるわけでもなく、ましてや大掛かりな魔法でもない。多すぎず、かといって安すぎるではない、正当といえば正当な報酬だった。
「まぁこの場合、がんばったのはウチらやのぅてウンディーネやからな。報酬はこれでも文句は言えんやろ」
「そうじゃな。えらいのはリルナではなくウンディーネじゃ」
「ま、マイナー魔法使いへの差別発言だと思います! それは全世界のマイナー魔法使いへの宣戦布告だと思うよっ!」
過去には普通の職業として存在していた召喚士だが、いまとなっては固有スキルに近い扱いだ。マイナー魔法に数えられてても不思議ではなく、全世界を代表して怒っておいた。もちろん効果はなく、元爺とお姫様は笑うのみ。反省の色はなかった。
「ほら終わったらさっさと旅立ちなさい。ダラダラと実家にいたら、いつまでたっても見つけられないよ」
ルナイの言葉にリルナは素直に返事をした。リルナが冒険者になった理由のひとつは、やはり行方不明の父親を探すこと。現在リルナが手に入れた情報は、ルナイには秘密にしている。なにせヴァンパイア・ロードという危険な存在なために話すら切り出すことができない。
「じゃ、いってきま~す」
「はいはい、いってらっしゃい」
なかば追い出されるようにリルナたちは雑貨店から出た。特に用事もないので、そのままサヤマ城下街へと戻ることにする。
「今までで一番簡単な仕事だったねっ」
「ちょっとしたリハビリじゃったのぅ」
メロディは自分の耳をぐりぐりと押さえた。無茶した結果の長い休養となってしまったので、気をつけないとな、と笑う。リルナも自分の足をみる。いつものように歩いているが、あの痛みは二度とごめんだ、とばかりに苦笑した。
「そういえば、サクラは怪我したことないの?」
「いや、あるで。時間が戻る呪いのせいで傷は消えてしもたけどな」
「あぁそっか。呪われてるんだった」
「なんやと思っとるねん」
かかか、と爺らしく笑うサクラ。
「せっかく落ち着ける場所を見つけたんや。しばらくは一緒にいてくれんとウチが困るからな。レナンシュが一人前になる前に死なんといてや」
「そう簡単に死なないよっ!」
「うむ。妾も死ぬつもりはないぞ」
少女ふたりはサクラに向かってあっかんべーと舌を出した。今となっては古い仕草に、サクラは肩をすくめて苦笑する。
「しかし、真面目な話として妾たちはまだまだ弱いのぅ。冒険者としてのレベルも低いし。せめてルーキーから脱出したいものじゃ」
オキュペイションカードを取り出してメロディはつぶやく。そこに魔法の文字で刻まれている数字はたったの『6』。ルーキーと呼ばれなくなくなるのは15から20ほどであり、まだまだ先は長い。
またレベルは本人の強さではなく『経験』で上がる。いくらサクラが強くても、彼女の冒険者レベルは6であり、旅人レベル90越えではあるのだが、そこは加味されていない。このレベル精度は、いわゆる依頼者側への指針ではあるが、功をあせって暴走する者をいさめる意味合いもあった。背伸びをしたり、お金欲しさに難しい依頼やモンスター退治に挑み、死亡してしまっては意味がない。
冒険者の宿の主人の胸先で決まるレベルなのだが、宿の顔たる冒険者こそが宿の生命でもあるので、レベルアップは慎重に検討されるべき事柄ではあった。
「でもルーキーじゃなくなった辺りで死ぬ人が多いって言うよね」
「油断やな。慣れてきた頃が一番危ない。この前のリルナとメロディの怪我も、慣れてきたからこそ起こったもんやな」
メロディは防具を簡易なものにしていた。それこそ油断の表れだったのかもしれない。ヴァルキリー装備に頼らなくても大丈夫、という思い上がりがメロディの怪我につながり、それを助けるためにリルナは無茶をした。
「うぅ……反省するのじゃ」
「わ、わたしも……」
「いやいや、そんな落ち込まんでも」
道の真ん中でがっくりと肩を落とす召喚士とお姫様。サクラはまたしても苦笑するしかなかった。
「う~む……ひとつ思ったのじゃが」
「なぁに、メロディ?」
「妾は冒険者の学校に通っておらぬじゃろ」
うんうん、とリルナはうなづく。
本来、冒険者となるには冒険者学校に通って一通りの訓練を受ける必要がある。もちろん、それは命を守るためだ。メロディは、サヤマ女王によって一通りの訓練を受けていたが、正式な冒険者という存在ではなかった。
「サクラも特別枠じゃろ? つまり、妾たちに欠けているものがある」
「ほうほう、なんや?」
「それは、ウンディーネの加護じゃ!」
ビシリ、とメロディは人差し指を立てた。
「冒険者学校の恒例と聞いておるのじゃが、ウンディーネのいる水の神殿までの遠征授業。生徒同士でパーティを組み、水の神殿を目指して初めての冒険をする。そして、ウンディーネに水の加護をもらうという一連の流れ。妾とサクラはそれをしておらぬ」
リルナはサクラを見る。その視線を受けてサクラはうなづいた。お爺ちゃんである彼の長い人生で、別の大陸の水の神殿を訪れたこともあったのではないか、とリルナは思ったのだが、どうやらその経験は無いようだ。
「というわけで、水の神殿に行きたいのじゃ! 妾も正式にウンディーネから加護をもらいたいのじゃ!」
先ほどの依頼を見て、メロディはそう考えていた。冒険者として、ほぼ全員が受けている加護を受けていない、というのがどうにも気になる。憂いを断つ、という意味合いでメロディは宣言した。
「召喚じゃダメってことだよね」
「うむ」
「サクラは? いいの?」
「ウチはなんでもええで。加護で呪いは弱まるわけやないけど、受けといて損はせんやろ」
「じゃ、決定ね。帰ったら、さっそく遠征の準備だっ!」
「やったのじゃ! おーっ!」
冒険の行き先が決定したこともあってか、足早になるメロディをなだめつつ、三人の少女はサヤマ城下街へと帰るのだった。




