~お祭の生まれた日~
主役である青年冒険者がぐったりとしながらポーションをぶっかけられている。彼の持った杯は、すでにお酒かポーションかも分からない。火竜との死闘に勝利したものの、そこから始まったお祭騒ぎに精神はついてこれなかったようだ。がっくりと意識を手放した。
「英雄殿! 寝ている場合ではないぞ! ほれ、次じゃ次! 酒を持ってくるのじゃー!」
そんな青年の頬をビシビシと叩くメロディはご機嫌だった。いや、メロディだけではない。彼が担ぎ上げられた台座の周囲にはルーキーたちが集まっている。その瞳はキラキラと輝き、寝物語を聞いている少年少女を思わせた。
なにせドラゴンを退治した勇者と綺麗なドレスで着飾ったお姫様が同時に目の前にいるのだ。これで心が躍らない者は冒険者になんかなってはいない。この光景こそが、みんなが憧れていたものであり、想像していた通りの姿なのだ。たとえ勇者様がぐったりとしていても、もうなにも気にならない。お姫様がゲラゲラと笑って酒を飲んでいたとしても、そんなのどうだっていい。英雄をこの目で見られて、尚且つ、共に同じ時間を共有しているという事実だけで、ルーキーの頭の中はいっぱいなのだ。
「よーし、飲んでるか? お前も飲めよ、ほれ。いいじゃないか、明日の仕事なんて。些細なことだ。決めた! 来年からはこの日をドラゴンの祭日にするぞ。みんなで歌って飲んで踊って遊んでの休日だ。いいな! いいだろ? ねぇ、いいってことにしようよ」
ゲラゲラと酒を飲みながらサヤマ女王はどこの誰とも知らないおじさんと肩を組む。すっかりと酔っ払っており、勝手にお祭の日を決定してしまった。
本来なら寝静まった夜。活動しているのは酒屋と冒険者のみ、という時間にも関わらず屋台や飲食店は営業を続けていた。それは女王の計らいであり、ある程度を融通するお金はポケットマネーから出された。冒険者時代に貯めたお金は、政治に取り込まれてから使う機会は滅多になく、メロディの装備品に使った程度。いまこそ使う時、とばかりに大盤振る舞いだった。
加えて、材料の無い屋台等にはお城の食材を開放している。儲け時は今ぞ! という女王のお言葉は、商人にとって抗えない命令でもあった。
冒険者がワイワイとやるものだから一般人も集まってくる。あれよあれよ、という間に中央広場は人が集まり、本当のお祭状態になってきた。
「つ、連れてきたよ~」
そんな人々でにぎわう広場が自然に左右に分かれる。英雄が座る玉座まで一直線に生まれた道の先には、ちんちくりんな少女と城下街で一番の美人の姿。自然と、おぉ~……と、感嘆な声が漏れてしまった男性冒険者たちの顔をギロリと見るのは女性冒険者たち。しかし、敵わないな、と肩をすくめるものは多数。
男性の称賛の声を集めたのはちんちくりん……ではなく、ナンバーワン娼婦であるリリアーナ・レモンフィールドだった。ちなみにちんちくりんは召喚士リルナで、残念ながら人々に視線に入ってもいない。豪華絢爛なドレスを着ているのではなく、着られているといった雰囲気は、どうにもため息をつきたくなるものだった。
「あはん」
そんな息を吐きつつ、リルナはリリアーナを連れて行く。おっとりしている彼女は、人々の挨拶にいちいち受け答えするので遅々として進まないのだ。ちなみに彼女の出張料金もサヤマ女王から払われている。大金だったのでリルナはドキドキだったが、無事に英雄のもとまでリリアーナを連れてくることができたので一安心だった。
「これはこれは英雄さま~。このたびはドラゴン退治、すばらしい活躍です~」
「あ、あぁ~、天使が見える。俺は死んだのか」
有翼種たるリリアーナの背中には白い翼があるのだが、神様の使いである天使にも同じ翼がある。フラフラな状態の彼が間違ったのも無理はない。
「あらあら~、これはいけませんね。はやく回復してあげますからね~。あ、良い物がありますね、使わせてもらいましょ~」
そういうと、リリアーナは英雄の両足の間に体をいれ、片側の足に座った。そして彼が持つ杯からポーションの混ざったお酒を口にふくむと、そのまま彼と唇を重ねる。
「……わぉ」
「……うむ」
そんな様子を間近で見た召喚士とお姫様は思わず声を漏らした。同様に周囲を囲むルーキーたちも同じような声。真っ赤になる少女や、なんとなく体勢を変える少年など、様々な冒険者といえど経験の浅い若者には刺激的な回復手段だった。
「ん、ちゅ」
リリアーナから口移しでポーションの混ざった酒が送り込まれる。彼女の手はそのまま英雄の胸に手がいき、すこしばかり撫で回した。
「エナジー・ヒール」
神官魔法のひとつで毒や麻痺、眠りや酩酊を回復する魔法だ。状態回復魔法であり、精神の安定にも使われる。胸に手を当てたのは落ち着きを取り戻すためなのだが、リリアーナの職業柄、どうにも色気のある所作にしか見えなかった。
「いいぞー、リリアーナ! もってやってやれぇ!」
「ヒュ~、やらやましいぜ!」
などなど、ルーキーから少し離れた場所ではドラゴン退治に参加したベテラン勢が酒を片手に英雄を囃し立てる。様々な経験をしてきた彼らは、もうこの程度で動揺したりしなかった。
「う~む、回復魔法っていいものじゃな。妾も覚えたいものじゃ」
「そんな考えだったら、絶対にメロディに神様は声をかけないよ」
扇情的な回復行為を眺めながらリルナとメロディは一息つく。
「……いやいや、リリアーナに声がかかったくらいじゃから、妾にも一声あってもいいんじゃないか?」
「あぁ、なるほど。でも、ディアーナ・フリデッシュ神さまって夜と静寂を司るんでしょ。メロディと正反対じゃない?」
メロディは温かくって元気なイメージだから、とリルナ。一応は褒められているので、お姫様は複雑な表情を見せた。
「回復できる前衛戦士は強いと思うんじゃがなぁ……」
「できることが多いって、便利に見えるけど大変だよ。選択肢が多いって実は迷うことが多いってことだし、連携も大変になるよ」
「そうか~。妾の目指すところは英雄ではなく、英雄の盾、というところじゃな」
玉座の彼を守ったのは、騎士職の青年だ。彼の体は火傷がひどく神殿へと運ばれていった。お祭に参加はできなかったが、命のほうが重大だろう。あとでリリアーナを派遣してもらおう、とメロディはつぶやいた。騎士職繁栄の為に、と決意を新たにする。
「焼きあがったぞー!」
と、エロティックな回復に目を奪われていたルーキーたちが一斉に声の方向を見た。それはベテラン勢も変わらない。加えてロートル勢も素早く駆けつけた。
中央広場のまさに中央。サヤマ城下街の中心で焼かれていた物。それはドラゴンの尻尾だ。
「喰え! お前ら喰っておけ! 末代までの誉れぞ!」
サヤマ女王の声に、ワッと冒険者が集う。
ドラゴンの尻尾を食べた者は、それすなわち英雄である。
そんな言い伝えがあった。そもそも、竜を退治するのは追い払うことであり、昔は倒しきれるものではなかった。そんな時に、尻尾を切断することができた者は、それこそ英雄である。そんな英雄に許されたのは尻尾を食べること。
ただ単純に、今回は街の近くにドラゴンが来ていたからこそ持ち帰られたのだが、本来は腐ってしまうために運ばれたりしない。せいぜい爪や鱗など、持てる限りの部位を剥がす程度なのだが、今回はまるごと持ち帰ることができた。
「メロディ、リルナ! これを英雄に」
女王がふたりに皿を手渡す。そこにはこんがりと焼かれた巨大な肉の塊。香ばしいにおいが漂う美味しそうな巨大な肉だった。
「美味しそうっ!」
「うむ。今まで食べてきた、どの宮廷料理も、これには敵わんじゃろう」
ふたりは一緒にお皿を運んで英雄に献上する。どうやら少しは回復したようで、青年冒険者は笑顔で受け取った。
「あら~、英雄様はそのままで。私が食べさせてあげますからね~。あ~ん」
「あ、は、はい。あ~ん」
そんな光景も、もう誰も見ていない。召喚士もお姫様もさっさと切り上げて尻尾焼きまで戻ってきた。列の最後尾に並んでやきもきしながらも待っていると、切り分けられた数枚をもらう。ちなみに、まだまだ残りはあるようだ。冒険者以外の子供や大人まで並び始めた。
「いただきま~すっ」
リルナは尻尾焼きを一気に口の中に入れた。やはり香ばしく、肉汁があふれてくる。塩で味付けされているので、塩分を感じる。食べ応えは充分にあり、感覚的には牛に近い味わいだった。
しかし、
「硬い……」
もっちもっち、と噛み続けても口の中に居座り続けるドラゴンのしっぽ。硬い鱗に守られていても、肉すら硬いようだ。それでも、英雄ドラゴン殺しにしか食べられない味。いつまでも口の中にいるほうが、なんだかちょっぴり嬉しい気がする。
口の中で噛み続けるために、一気に静かになったお祭会場。
「これもまた一興だな。お祭りのメインは、静かに肉を喰うっていう決まりにしようか」
中央広場の様子に、くくくと忍び笑いを漏らし、サヤマ女王は楽しそうに広場を見渡すのだった。




