~両手に花の会議室~
メイドさんたちにワイワイともてあそばれ、すっかりとお姫様っぽく着飾られてしまったリルナは大きくため息をつく。なにより気恥ずかしい上にそんなに似合っていない。ドレスを着ているのではなく、ドレスに着てもらっている、なんて感想が脳内に浮かんでしまって、どうにもやりきれない。
隣の正真正銘のお姫様、メロディはといえば違和感なくドレスを着こなしている。彼女の金色で長い髪は、それこそ領主の娘らしいと言え、冒険や訓練で汗と土でドロドロになっても艶やかさを保っていた。
「むぅ」
「どうした唇なんか尖らせおって。妾とキスがしたいのならば、やぶさかではない。しかし、できれば初めてのキスは殿方が良いのぅ」
「わたしだってそう……いやいや、そうじゃなくって。やっぱりお姫様っぽくていいな~って」
「まぁ、姫じゃし」
そうだよね、とリルナは肩をすくめるしかない。
リルナもうらやむほどのメロディの姿、というのはメイド長にとっては自慢なのか嬉しいことなのか、すっかりと機嫌は良くなったらしく、ふたりを案内してくれる。
お風呂に入っているうちに夕飯でもできあがったのか、と思っていたが案内されたのは会議室だった。
「食堂ではないのか?」
「いいえ、メローディア様とリルナ様にお客様ですわ」
メイド長の言葉にお姫様たちは顔を見合わせた。もちろん、片方はニセモノだが。ともかくとして、お客さんならば待たせる訳にはいかない。コンコンコン、と部屋のドアをノックしてから入室した。
「突然の訪問、失礼します。ローウェン・スターフィールドです」
と、挨拶をしたのはダサンの街の自警団副団長ローウェン・スターフィールドだった。相変わらず苦労をしているのか目の下にクマが刻まれており、疲れた顔をしている。しかし、書類業務に終われずに済んでいるからか、ちょっぴり休めたようでスッキリとした表情を浮かべている。
「えっと、ダサンの街の自警団の副団長さんだよ」
リルナはメロディの耳元で彼の情報を伝える。うむ、とうなづくとメロディはスカートの裾をちょっとだけ持ち上げて、貴族式の礼をした。
「ご足労感謝するぞ。妾はメローディア・サヤマ。気安くメロディと呼んで頂ければ幸いじゃ」
「いいの、それで?」
一応は領主の娘であるメロディ。貴族ではあるので気安く呼んでね、なんて挨拶は大丈夫なんだろうか、とリルナは聞いてみた。
「元より雑種とさげすまれるからのぅ。最初から下げておけば後は上がるのみよ」
あっはっは、とお姫様は笑ってみせた。貴族の付き合いも大変そうだ、とリルナは苦笑するしかない。
「本日は冒険者としてメロディさんとリルナさんに用件があり訪れさせて頂きましたので、素直にメロディさん、と呼ばせて頂きますね」
ローウェンはそう言ってにっこりと笑う。
「なんじゃ。ようやく妾にも婿候補が現れたと思ったのにのぅ。政略結婚の道具と成り果てたかと期待したんじゃが」
「残念ながら、副団長レベルではお姫様を婿にする器に届かないかと」
ローウェンは肩をすくめる。お姫様の営業トークも動じることなく受け流す器量はあるらしい。良い男じゃ、とメロディはケラケラと笑って椅子に座る。それを見てリルナも慌てて着席した。
「しかし、冒険者としてお二人に会いに来たのですが……お姫様として迎えられるとは思いませんでした」
「タイミングがいいぞ、お主。リルナのこんな姿は滅多に見られるものではないからな。良く見ておくといいぞ」
「そうですね」
「いやいやいやいや、見ないでくださいっ」
メイドさんならまだしも、男性に見られるのはやっぱり恥ずかしいらしく、リルナは顔の前で手をぶんぶんと振った。
「両手に花じゃな。して、要件とはなんぞ?」
「はい、最近になって各地で活動している集団についての話です」
ローウェンの表情が真面目なものに変わる。それに合わせてメロディもおふざけモードをやめて、ほぅ、と言葉をもらした。リルナだけは置いていかれたようで、あわてて赤くなった頬を冷やすために顔を手であおぐ。
「集団って、あの黒い集団?」
「えぇ、恐らくそれでしょう」
ローウェンは鞄から一枚の紙を取り出し、机に置く。そこに描かれていたのは、歪ま円がトゲトゲしているマークだった。
「黒いローブに描かれていたエンブレムと一緒じゃ」
「彼らの情報を収集しております。サヤマ城下街で起こった美術館の地下での拉致事件も、この集団が犯人だったとか」
そうかも、とリルナとメロディはうなづく。
「分かっているのは、彼らは自分たちを『教団』と名乗っていること。そして、各地で謎のモンスターを呼び、そのモンスターによって自らの命を絶つこと」
その光景はリルナも三度みた。一度は美術館の地下。二度目はカーホイド島の森の中、三度め前回の冒険場所であった遺跡。その全てにおいて、首謀者と仲間は死んでいる。
「教団による事件が問題になってきております。その手法は様々ですが、酷い場所になると無関係の人間さえも巻き込み、モンスターを〝召喚〟しています」
召喚、という言葉と共にローウェンはリルナの目を見た。その視線に対して、リルナは臆することなく受け止める。
「あれは、召喚術ではありません」
「……確実ですか?」
リルナはうなづく。間違いありません、とうなづく。
「召喚士が使う召喚術は、契約した者しか召喚できません。仮に、あの――わたしたちは魔神って呼んでますけど、あの魔神を召喚しようと思えば、先に魔神と契約をする必要があります」
「魔神……そうですね。モンスターよりシックリする表現です」
ローウェンもあの姿を見たことあるのか、うなづいた。
「あの理性の無い破壊だけを行う存在と契約……とは、考えにくいことですね。えっと、それならば強制的に召喚はできないのですか? えっと、確か召喚術で食料を運びになったとか」
クリスタルゴーレムが出現した際にリルナは冒険者たちの為に輸送を担当した。その時の状況が伝わっているのだろう。
「あれができるのは、命が無い物、だけです。たとえ召喚陣の中に人間や動物、魔神がいたとしても、召喚できません」
「実演できますか?」
リルナはうなづき、椅子から立ち上がる。会議室の端っこにペイントの魔法で召喚陣を描いた。
「これが、送られる側の召喚陣です。えっと、椅子でいいか。あとメロディはここに立ってて」
「了解じゃ」
椅子を召喚陣の上に置く。そしてメロディにも召喚陣の中に入ってもらった。
「で、こっちに召喚する魔方陣を描きぃぃ……ますっ」
反対側の部屋のすみっこにもうひとつ新しい魔方陣を描いた。
「この状態で召喚陣を発動させますと、椅子だけが移動します……って、メロディ座ってたら危ないよ」
「いいのじゃ。好きにしてくれ」
知らないよ~、と声をかけてからリルナは召喚陣を魔力のこもった指でトンと叩く。すると、メロディが座っていた椅子が消失し、リルナの目の前に現れた。もちろん、座っていたメロディは床に尻餅をつくことになり、きゃん、と可愛らしい悲鳴をあげる。
「確かに本当ですね。ありがとうございます」
召喚士への疑いが晴れたと思ってか、リルナは胸をなでおろす。
「あいたた……奴らの召喚術は魔法ではなくマジックアイテムじゃろうて」
お尻をさすりながらメロディは元の椅子へと座る。先の遺跡で出会った魔神の出現を目撃していた情報を語った。
「なにか大きなツボがにょっきりと出てきおったぞ。そのツボは割られてしまったがのぅ」
「うんうん。なんか必ず割れれるみたい」
教団の手ではなく、魔神が割っている。そこの理由は分かるわけもなく、肩をすくめるしかない。
「そうですね……その目撃情報もあります。他に何かありませんか?」
「魂の救済がどうのこうの、って言っておったぞ。蛮族に成りたくない、みたいな?」
「あ、うんうん言ってた。魂を浄化して神様のもとに行く、みたいな感じ?」
「神様……なにか神殿の関係でしょうか」
う~む、とローウェンは腕を組む。
「神殿というか、神様となると蛮族関連かと疑われるのですが……そもそも、蛮族になるのを否定している、となると……ダメだ、まったく分からない」
「なにせ死んでしまうしのぅ。連中、毒を使っておったぞ。蛮族も容赦なく殺しておったし、自分も遠慮なく死によった。さっぱりと分からぬ集団よ」
「ん~、でもさ。放っておいたら、最後には全滅しない? ほら、自分たちで死んでいくんだし」
という、リルナの言葉にメロディは納得いったのか、それじゃ、と声をあげた。
「いやいや、それじゃ、ではないですよお姫様。無関係の人間が巻き込まれることもあるんですから、対策せねばなりません。というか自殺や自滅はダメです。命は大切に」
「……そうじゃの。分かったかリルナ?」
「わ、分かってるよっ。ていうか、メロディも納得したよね」
「いいや」
「あ、ひどいっ!」
結局のところ、それ以上の情報はなくローウェンの質問や疑問にも回答できたので会議は終了となった。
「サクラには聞いてみたの?」
「いえ、サクラさんですが、イフリート・キッスを伺ったのですが姿は見えず。あなた方はお城に居るだろう、と教えてもらったのでこちらを優先させて頂きました」
「サクラだったら、また別のことを考えてるかもしれないから、見つけたら言っとくね」
「おねがいします。今日はこちらのお城に泊まらせて頂けるそうなので、そう言っておいてください。後日であれば、女王に連絡して頂けるとありがたいです」
わかりました、とリルナとメロディ。
謎の教団について、国単位で動き出したこともあり、その矢面に『召喚士』という存在が立たされそうになるが……
「なんとかなりそうじゃの」
「そうだねっ」
うまく伝わればいいな、とリルナは思う。そして、行方不明になっている父親ならば、どう解決しただろうか、とあの日、自分にスカーフをリボンとして巻いてくれた父の姿を少しだけ思い出すのだった。




