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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その17 ~ほのぼのとした冒険しない話~

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~女王からの緊急依頼《クエスト》~

 午後。

 太陽はすっかりと頭上を越えて一日の終わりへ向かって進み始めた頃。夏の日差しは熱くとも、人々の営みはそう変わらない。商人は商売に勤しんでいるし、衛兵は警備に勤めているし、芸術家はどこかで今も新しい作品に打ち込んでいることだろう。

 そして、冒険者は冒険を繰り広げているのだが、怪我によって休暇せざるを得ないリルナとメロディはお城から広大な海を眺めていた。

 お城の中は人通りが少ない。当たり前といえば当たり前なのだが、本来誰でも自由に入れるようにしてあるサヤマ城。だからといって遊びに来るような人間はおらず、政治を担当するおじさんや警備の衛兵の巡回、メイドさんが掃除に通りがかる程度で閑散としていた。

 そもそも一領主にお城が与えられているのが不思議な話で、本来は立派なお屋敷が精々だ。それだけサヤマ・リッドルーンのやってきた業績が大きかったのかもしれない。


「広大だねぇ~」

「そうじゃのぅ」


 お城の窓から眺める風景は絶景だ。突出した崖を利用した地形に作られたお城なだけに、見えるのは海しかない。青い空と青い海の交わるところでさえ見渡せて、動く物は雲と船、といった状況だ。

 そんな光景をぼ~っと眺める若者ふたりの姿は少し滑稽なのか、通りすがるメイドさんたちはクスっと笑う。成人しているとはいえ、リルナの身長は低く子供っぽい。加えてメロディはまだ成人前。そんな召喚士とお姫様がノンキに海を眺めているのだ。若年寄もびっくりな光景である。


「暇そうだな、お前ら」


 と、そんな声に振り返るとサヤマ女王がいた。仕事の休憩なのか、はたまた抜け出してきたのか、ドーナツを食べながら歩いてくる。


「行儀が悪いぞ、母上」

「承知の上」

「あ、改める気が無いのか……」


 絶望の表情でメロディは母親を見る。メイド長に強く叱られた記憶があるのかもしれない、とリルナは苦笑した。


「冒険者が海を眺めているだけとは嘆かわしい。動けないならば、動けることをすればいいじゃないか」

「だが、メイド長に止められておる。本当は火竜を見学に行きたかったのじゃ」

「いやぁ、あんなもん大したことないぞ。リーンの方がよっぽど価値がある。あいつ呼び出して模擬戦やったほうがよっぽど楽しいと思うぞ、私は」


 どうだ、と女王は召喚士に持ちかけた。


「絶っ対、無理です。怒られますよぅ」

「まぁ、ホワイトドラゴンに怒られるのは嫌だよなぁ。リルナっちの切り札だし。肝心な時に来てくれなかったら死んじゃうもんな」


 ギロリ、とサヤマ女王はリルナを睨む。うぅ、とリルナはうめき声をあげることしかできない。肝心の時、とはヴァンパイア・ロードのことだ。自分の娘が巻き添えになり、あの視線を受けたことは母親にとっては恐ろしいほどの心配事なのだろう。


「幸い、すぐに手は出してこないみたいだけどな。あと、私には視線を向けてないってことは、あいつは楽しむつもりだ。じゃなかったら、お前らとっくに死んでるしな。そうなったら、私は動くぞ。大戦争だ。召喚士リルナ様がノンキにやらかしてくれたお陰でヒューゴ国を巻き添えにしてもぶっ殺すからな、ヤツを」

「母上の愛が重いのじゃ……」

「いやいや、普通だ。これが世の中の平均的な母親ってもんさ。違うのは実力の程度だけよ」


 サヤマ女王は、くひひ、といたずらっぽく笑う。領主らしさも、ましてや母親らしくもない笑顔は、それこそ冒険者らしかった。


「さて若者よ。動いてはいけないのならば、動かない仕事をするが良い。女王からの緊急依頼クエストだ。魚を釣ってこい。夕飯を楽しみにしているぞ。では、頼んだ!」


 女王はシュタっと手をあげるとドーナツを一気に口に頬張り廊下を走っていく。なんだなんだ、と思ったら反対側の廊下から政治担当の大臣が全力で走ってきた。


「女王! 逃げるな、女王! じょうおう! こらー!」


 どうやら休憩中ではなく逃走中だったらしい。果たして大臣はレベル90を誇るサヤマ女王を捕らえることができるのか。メイド長の登場が待たれる中、リルナとメロディは苦笑するしかなかった。


「釣りか~。メロディはしたことある?」

「あるぞ。釣竿もあるしのぅ。母上の言う通り、暇つぶしには丁度いいかもしれぬ」


 こっちじゃ、とメロディに案内されてお城の中を進み、いつもの中庭に出る。すっかりと花壇になってしまった庭を通り、端っこに設置されていた物置を開けると、中には色々な掃除道具などがしまってあった。その掃除道具などの更に奥にあった釣竿を二本取り出し、一本をリルナへと手渡す。


「立派な釣竿だっ」

「大陸製らしいぞ。ちょっとやそっとでは折れない代物じゃ。まぁ、そんな大物は狙わんがのぅ」

「なに釣るの? 近くの川に大物っていたっけ?」

「川ではないぞ」

「え?」

「海じゃ」

「えええぇ!?」


 にっこりと笑っていうメロディに対してリルナは大きく驚いた。

 群島列島タイワにおいて、海で釣りをする者はいない。たとえ存在するとしても、それは船の上であって海岸線でノンキに釣りを楽しむものはいない。

 その理由はひどく簡単で、モンスターがいるから、だ。基本的に街中までモンスターが襲いかかって来ることは無いのだが、外となると話は別だ。無防備に釣りをしている後ろからゴブリンに襲われたのでは笑い話にもならない。

 加えて、海の中にもモンスターはいる。水生生物ながら空気呼吸もできる器用な生物も存在し、間違っても釣り上げたくない。餌で釣るつもりが、餌が釣りをしている状態になってしまうのだ。

 港町であってもそれは同じで、大型の漁船意外での釣りはオススメされていない。港を時折襲撃するモンスターに備えているくらいで、わざわざ餌でモンスターを呼び寄せるのは危険な行為でもあった。


「う、海ってどこの海?」

「海はひとつではないのか?」

「いや、ひとつだけど……」


 スタスタと歩いていくメロディの後ろでリルナは心配そうに付いていく。お姫様はまず厨房によって餌である小エビを袋に入れてもらうと今度は二階へと上がって行った。そして自室へと戻るとバスタードソードを取り出し腰へと装備する。


「武器がいるのね……」

「いるじゃろ? 海は危険だしのぅ」


 そのまま更に移動し、到着したのは海に面した外壁の渡り廊下。あまり誰も近寄らない場所なのか、少しだけ汚れがたまっていた。そんな中に古ぼけたロープが置いてあった。


「なんか嫌な予感がする」

「うむ。妾も初めて母上に誘われた時はそんな気分じゃった」


 ロープの先端は外壁の一部に括り付けられており、メロディはその反対側を海の方角へと放り投げた。


「……やっぱり」

「あっはっは。では、先に下りるぞ。付いて参れ、我が友よ! あっはっはっは!」


 街の外へは出てはいけない、という条件にギリギリ反しているような行為に、どうやらお姫様のテンションは上がりきっているようだ。自分の家で大冒険、にも似た感覚ではあるのでリルナも分からないでもないが、下を覗き込み、その高さに辟易とする。なにせ、女王によってひたすら落下の恐怖を味わったばかりだ。できれば落ちたくない、と大きくため息をついた。


「うおーい、リルナ! こないのか!」

「いくよー! いきますよー! 女王の依頼だし!」


 失敗したら何されるか分かんないもんっ! と、言い訳をしつつリルナは身体制御呪文マキナを起動した。まかり間違ってもロープから手を放す訳にはいかない。念には念を、という訳だ。

 釣竿をベルトに固定し、身を崖へと投げ出す。海風が体を撫でていく恐怖に打ち勝つと、そのままゆっくりとロープを伝い降りていった。


「うひゃう、スカートがっ!」


 吹き付ける風でスカートがめくれあがるが、抑える訳にもいかない。ぱんつが丸見えの状態で、リルナはえっちらおっちらとロープを降りていくのだった。


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