~お昼ごはんを食べよう~
訓練で体力ではなく精神力を消費したので、リルナとメロディはぐったりと息をついた。蛮族組も同じで、早々に召喚を解除。元の大陸へ帰っていった。
「ほな、ウチは遊んでくるわ」
サクラも用事があるのか、本気で遊びに行ったのか、どこかへと行ってしまった。残されたリルナとメロディは宿の庭で、ほぅ、と空を見上げる。
「暑いね」
「暑いのぅ」
夏の日差しがキラキラと照りつける。刺すような暑さではないが、それでも歩き回っていると汗が浮いてくる。屋根の影に入り、ふたりはちょこんと座った。背中からは、すでに盛り上がっている男性冒険者たちの声。冷やされたエールでの乾杯の声と笑い声が伝わってくる。
「お昼、なに食べる?」
「そうじゃのぅ……屋台でも見に行くかの?」
そうだね、とリルナはうなづいた。
少しだけ休憩し、汗がひいた後にふたりは宿から移動する。屋台は中央通りに多く出ているので、そちらへと向かった。
商業区にはやっぱり冒険者が多い。しかし、お昼近くは一番人数が減る時間帯でもある。冒険者のお仕事は冒険だ。ほとんどが街から出て行く為に、ウロウロしているのは休暇中か、もしくは街中で雑用を押し付けられたルーキーばかりだ。
「あ、やっほー龍喚士ちゃん。どう、私たちのパーティに入らない?」
通りすがりの冒険者に声をかけられる。リルナたちより少し年上だろうか。数人のパーティで歩いており、彼女たちも昼食へ向かうようだ。
「あはは、いいですけどお姫様も付いてきますよ?」
「うむ。我はリルナの友人じゃからな。もれなく母上が稽古をつけてくれるぞ」
龍喚士が失態を犯し、サヤマ女王から罰を受けた。なんて噂がすでに冒険者の中で広まっていた。なにせ、岩に括り付けられて空へ飛ばされたのだ。目撃者は複数あり、最後は海に沈められた、なんて背びれと尾びれがついた噂が泳いでいる。
そんなこともあってか、冒険者たちは一斉にウッ、という奇妙なうめき声をあげた。
「なんで生きてるの、龍喚士ちゃん」
「死ぬかと思いました」
微妙にちぐはぐなやり取りに、お互いに苦笑しつつパーティに手を振る。スカウトの声はメロディを利用すると、すんなりと断れることを発見したリルナだった。
「妾の母上は万能じゃのぅ」
「悪い意味でね……」
他人の母親を悪くいうのはどうか、とリルナの善良な心が痛みそうになるが、そもそもあの人間をただの母親と定義していいのかどうか、みたいな考えが脳裏をよぎり、良心はまったく傷まなかった。
メロディと共にケラケラと笑ってから中央通りへと移動する。
商業区とは打って変わって、中央通りは冒険者意外の人たちも多く見受けられる。なにより商人の姿が多く、道沿いに屋台や簡易な露店が開かれており、賑わっていた。
「さて、なに食べよっか」
「う~む……お、アレはどうじゃ?」
メロディが指差したのは、串焼きの屋台だ。牛肉、鳥肉、豚肉、といった各種の肉を串に刺し、炭火で焼いている。煙に混じって良いにおいが漂っていそうな屋台だった。
「じゃぁ、お昼は串焼きで決定っ」
「おーっ」
早速ふたりは屋台へおもむき、相手いた席へと座る。屋台の前に設置された簡易的なテーブルに横一列に座るタイプで、失礼します、と先客のおじさんに声をかけつつ座った。
「いらっしゃい、お嬢ちゃんたち。なんにする?」
「えっとね、三種の肉セットください」
「妾はそうじゃのぅ……うむ、同じでいいか。三種の肉セットをお願いする」
「はいよー。エールは飲むかい?」
「「水で」」
声をそろえて否定するお嬢さんに串焼き屋のお兄さんは苦笑する。そして、待つこと数分でリルナとメロディの前に串焼きセットが届いた。
牛、豚、鳥のブロック肉が串に刺して焼いてあり、ひとつはたっぷりと甘辛いタレが漬け込まれてあり、もうひとつは塩がふりかけられている。肉の大きさはかなりのボリュームで、リルナが大口をあけても入りきらない大きさ。香ばしく焼けたにおいは若者の食欲を嫌でも刺激し、おぉ~、と思わず唸ってしまう豪華さだった。
「おいしそう!」
「うむ、いただきます!」
召喚士もお姫様も、乙女心をどこかへ忘れてしまったらしく、冒険者らしい大口をあけて肉へとかぶりついた。さすがに貴族や皇族が食べる高級なお肉とは比べ物にならないくらいに硬い肉だが、思い切り食いちぎると満足そうに噛んでいく。
「豪快な食べ方だな、お嬢ちゃん。ほれ、オマケの野菜だ」
「わ、あひはほー」
「よいおほほひゃ。わひゃはほふほにしてやふほ」
「ははは! なにいってんのか分かんねーよ」
焼いたキャベツやらピーマンをもらいつつ、ふたりは昼食を楽しむ。ルーキーの昼食としては少々高めの2ギルをお兄さんに支払い、屋台を後にした。
「ん、なんだろう?」
さて午後からどうしようか、なんてメロディと相談していたところ、にわかに騒がしくなっている周囲に気づく。それは冒険者たちで、みんなは一様にお城の方角へ慌しく移動していた。
「また母上が何かやらかしたのかのぅ……」
「なんかドラゴンがどうのって言ってる」
漏れ聞こえてきた情報にリルナは眉根をよせる。ドラゴンといえば、自分だ。まさに『龍喚士』なんていう恥ずかしいニックネームまで付けられてしまっているので気になるところではある。
「ま、行ってみれば分かるかの」
「そっか。そうだねっ」
南にあるのは神殿区であり、冒険者と神官があまり仲良くないサヤマ城下街において冒険者が続々とお城付近に集まるのは珍しい。自然と冒険者たちの目もそこに集まるので、なんだなんだ、と集団になっていった。
結果的にお城の入り口である門の前に集まった冒険者たち。そんな彼らを神官が疎ましく見つめる中で、どうやらお城からの情報が門に貼ってあるらしい、という話がリルナたちの元へと届いた。
「情報? なにか知ってる、メロディ?」
「いや、知らぬ。今朝ではなく、いま入ってきた情報ではなかろうか」
なるほど、とリルナだけでなく周囲の野次馬冒険者たちもうなづく。その内、伝言ゲームのごとく情報もまわってくるだろう、なんて気楽な気持ちで待っていると、盗賊スキルを持つ者たちがいち早く正確な情報をつかんできて周囲に伝播がはじまる。
「どうやらドラゴンが出たらしい」
というのが、最初の情報。それらの情報が広まりつつあると同時に、慌しく動き始める冒険者パーティなどの姿がチラホラと出始めた。
「なんじゃなんじゃ? 街の危機か? ついにリルナが街の転覆を図ったのか?」
「そんな訳なーいっ。今更ドラゴンが街を襲ったりしないよ……たぶん」
ドラゴンのお祭に呼ばれて、多くの龍に囲まれたリルナの正直な感想だった。大昔ならいざ知らず、今はみんなノンキに生活をしているらしい。ホワイトドラゴンのリーンも、いつも眠そうであり、その実、ほとんど寝て暮らしているようだ。街や村を襲って生贄や食料をもらう生活は過去のもの。自給自足に勤しむドラゴンだっている。
正確な情報が知りたい、としばらく待ってみると、残ったのはルーキーと思われる面々ばかり。そんな彼らに混じって得た情報は、やっぱりドラゴンだった。
「ドラゴンはドラゴンでも、モンスターの方だ」
お城の前に張り出された紙。
そこには、飛龍ではなく『火竜』が目撃された情報が掲示されていたのだった。




