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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その17 ~ほのぼのとした冒険しない話~

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~わりとノンキに訓練しよう~

 正座という文化に慣れていないながらも、大陸にそういう風習があることはリルナも知っていた。しかし、地面の上に直接座るのは、さすがに正式な正座ではないだろうな、なんて思いつつも、ボックスの上に置かれた二つのアイテム越しに神導桜花を見つめた。

 茶色がかった黒髪は短く、どこかリルナと似ている。そんな彼女もまた真剣にアイテムとリルナをちらちらと視線をうつす。


「ふぅ……」

「はぁ……」


 ジリジリと焦れる心、はやる心が体を動かしそうになるが、それを懸命にこらえつつお互いの動きを観察する。


「うぅ」


 チロチロと忙しなく動く桜花の視線。加えて、そわそわと動く肩を見てリルナは動いた。


「とりゃぁっ!」

「わっ!」


 リルナは素早くボックスの上に置かれたハンマー状のアイテムを手に取ると、慌てて革帽子に手を伸ばす桜花の頭を叩いた。

 ピコッ! と、かわいらしい音がハンマーから鳴り、勝負は決した。


「あいた!」

「勝ったぁ!」


 あう~、と後ろに倒れる桜花とバンザイするリルナ。その手に持つ真っ赤なおもちゃのハンマーはどこか誇らしげだった。

 いわゆる子供用の玩具なのだが、サクラが持ち込んで修行アイテムと化していた。布で作られたハンマーの中には鳴き袋が入っており、衝撃でピコッという音が鳴る。商品名は『ピコッとハンマー』。250ガメルで絶賛販売中であり、あまり売れていない。


「えへへ~、桜花ちゃんよりは強かったよ」

「桜花は弱いのぅ。落ち着きが無い」

「だって、めちゃくちゃ怖いよ、これ」

「わたしたち後衛だから。仕方ないよっ」


 その場にいたのはリルナとメロディとサクラ、それに加えて蛮族組である薫風真奈、天月玲奈、神導桜花の六人だ。お互いの時間ある時はこうして合同訓練が行われることもしばしば。冒険者の宿イフリート・キッスの裏庭でサクラ監視のもと修行は行われていた。

 リルナとメロディが怪我をして、完治していない今回は安全な訓練となった。


「それでも対人間タイプには重要な練習やで」


 と、サクラが提唱した勝負の方法は簡単で、ピコッとハンマーで相手の頭を叩いた方が勝ち。防ぐ方法は相手より先に革帽子をかぶること。単純で、子供の遊びのような訓練だった。


「次は妾じゃ」

「それでは、私が相手しましょう」


 メロディと真奈がボックスを挟んで座る。

 お互いに向かい合って座ったところからスタートとなる。ボックスの中央には革帽子がひとつだけ置かれており、その両端にピコッとハンマーがふたつ置かれていた。右か左、どっちのハンマーを使用しても良いが、防御は中央の帽子をかぶるしかない。


「……」

「……」


 先ほどのリルナと真奈と違い、前衛職で剣士を務めるふたりの視線は動かない。この勝負にスタートの合図は無い。各々のタイミングで動き、攻撃か防御を選択させるのが目的だった。ただし、実力が拮抗している者の勝負はなかなかに付かない。


「ふっ!」


 メロディが素早く右のハンマーに手を伸ばし、振りかぶる。最初に動いたメロディを察知して、真奈は革防止に手を伸ばした。

 ピコッ、とかわいらしい音が響くが……それは真奈の艶やかな黒髪を叩いた音ではなく、革帽子を叩いた音。


「むぅ。なかなかやるのぅ、お嬢様」

「ふふ、そう簡単にやられませんよ、お姫様」


 防御側の成功、という訳で、勝負は再び最初に戻った。

 先に動いたからといって有利になる訳ではない。相当に素早い斬撃がくりだせる使い手ならまだしも、メロディと真奈の実力にそこまでの差は無い。

 ハンマーを手に取る、振りかぶる、振り下ろす、という三動作が必要な攻撃に対して、防御側は革帽子を手に取る、かぶる、という二動作で終了する。単純に先にハンマーを手に取ったところで、攻撃できる訳ではない。


「……」

「……」


 だからこそ、リルナが桜花にしたように、相手の隙や動揺を誘わなければならない。しかし、モンスターに真っ向から応対することの多い前衛職に、その隙や動揺は生まれない。

 ジリジリと焦れるような空気が張り詰めた。たかだた玩具のハンマーながら、仮想するのは本物のナイフと盾だ。相手に突き立てることができれば、勝てる。もしも、戦闘において実力が拮抗した場合、相手を突破するには、こういった状況を切り抜けなければならない。

 動かなくなった……否、動けなくなってしまったメロディと真奈を見てサクラはニヤリと笑う。なかなかどうして自分の提案した訓練が上手くいっていること、加えて、メロディと真奈の正直さに、苦笑の意味をこめて笑った。

 だから切欠を与えてみることにした。チラリと、横目で玲奈をみやる。彼女が手に持っているのはリンゴの芯だ。朝ごはんを食べ逃していたらしく、リンゴをお料理コボルトのハーベルクからもらっていた。

 サクラの意図を理解したのだろうか。玲奈はその視線を受け取ると、手に持っていたリンゴの芯を投げた。


「「っ!」」


 動いたのは同時だ。リンゴの芯がふたりの視線を横切った瞬間、メロディと真奈は手を伸ばす。お互いにハンマーに手を取り、振りかぶった。


「「っ!?」」


 そのタイミングは同じ。あとはどちらが早く振り下ろすか。遊びである為にあいこは存在する。それでも、相手より速く振り下ろしたい。その剣士としての本能か、獲物の玩具を全力で振りおろした。

 ピピココッ! と、音が微妙に重なる。お互いに額にハンマーを受けながら、審判であるサクラへと視線を向けた。


「勝者、真奈やな」

「やった!」

「くぅ……!」


 ガッツポーズを取る真奈に対して、メロディは悔しそうに拳をにぎった。


「ほれほれ、悔しがっとらんと反省することは多いでお姫様。真奈もそうや。今みたいになった時は、何か変化が起こらんと動けんようになる。前衛がそうなってまうと後衛頼みや。そんな時の為の後衛なんやけど、そうもいってられん場面がくるかもしれん。後衛を助ける為に一刻も早く目の前の敵を倒さなあかん時もあるかもしれん。そういう時に見つめあったままやったら、どうにもならんやろ」


 サクラの言葉に、真奈は素直にうなづくが、メロディは唇を尖らせた。


「そうは言ってもどうすればいいのじゃ? 母上のように突撃するのか?」

「お主はバケモノに育てられたせいで、苦労するな」


 そこに関して何も言えないらしく、お姫様は肩をすくめるしかない。


「呼吸が大事と何度も言っとるやろ。ほれ、真奈」


 サクラは真奈に座らせる。対面にサクラは座り、勝負の形式となった。すぐに真剣な空気となり、空気が張り詰める。


「……」

「……ほっ」


 だが、呆気なく勝負はついた。サクラが動いたのに対して、真奈の動きは一テンポ遅れる。革帽子に手を伸ばした姿に、ピコッという音が響いた。


「な、う、動けませんでしたわ」

「呼吸や。人間はどうしても行動するに息を吸わなければあかん。特にこういった素早い動きをするのに、動く直前には必ず息を吸う。それを逆に取れば、相手が息を吐ききった瞬間を狙えば、動けへん。動作がひとつ遅れるっちゅうわけや」


 サクラは次にリルナを座らせた。自分は立ち上がり、代わりに玲奈を指名する。


「あとは作戦やな。戦術、と捉えられるかもしれへんけど」

「作戦……?」


 お姫様とお嬢様が首を傾げるのに対して、サクラは玲奈を指し示した。


「……」

「……」


 向かい合ってお互いの動きを見つめるリルナと玲奈。しかし、不意に玲奈が視線を外す。それはハンマーや帽子ではなく、まったく違うサクラの方向。思わず釣られてリルナはサクラを見たが、その頭にハンマーが振り下ろされた。


「あれ?」


 何が起こったのかサッパリと分からない、といった表情でリルナは玲奈へと向き直る。そこにはニンマリと笑ってハンマーを掲げる玲奈がいた。


「なんちゃって盗賊スキル『よそ見』ネ」

「ま、こういうのんは盗賊が得意やな。正攻法がダメやったら邪道もあるってことや。相手にまっすぐ挑むだけが戦闘やない。ま、お姫様とお嬢様が伝統を重んじる『騎士』にでもなるんやったら理解できひんことはないが」


 サクラの視線にメロディと真奈は首を横にふった。自分たちはあくまで冒険者であり、貴族や皇族に仕える騎士に成るつもりは無い、ということだ。


「考え。せやけど、頭ばっかり使っとる暇は戦闘中にはあらへん。せやから普段からの積み重ねが必要や。呼吸を読み取るんも、策を練るんも、普段からやっとくんや。理解したか、お嬢ちゃんたち?」


 メロディと真奈は真剣にうなづく。その後ろでリルナは、なるほどなぁ、なんて気持ちで聞いていたが、ピコッと玲奈に頭を叩かれた。


「あいたっ。なにすんの、玲奈ちゃん」

「盗賊にも関係する話ネ。リルナもちゃんと聞いてたほうが良いヨ」

「わたしは盗賊じゃなくて召喚士っ!」


 と、そんな風にして。

 のんびりとした午前中を過ごすリルナたちだった。


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