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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その17 ~ほのぼのとした冒険しない話~

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222/304

~お城でむかえる朝~

 朝日が透明度の高いガラスをこえてリルナ・ファーレンスのもとへと届く。

 サヤマ城の一室。それも女王の一人娘であるお姫様の部屋ともなれば、絢爛豪華な天蓋付きのベッドを想像するが、意外にも質素なベッドの上でリルナはパチクリと目を覚ました。

 質素、とは言うものの、その材質は一般市民の物とは比べ物にならない程に良く、布団も枕もふっかふかで体が沈んでしまうのではないか、と恐れおののいたリルナであったが、何度か泊まるうちにそれも慣れてしまった。


「ふあ~ぁ」


 うん、と伸びをしてから体を起こす。夏の夜はやっぱり暑くて、じんわりと汗をかいたらしく、髪の毛が額に貼り付いていた。それを剥がしながら、隣に寝ていたお姫様のほっぺをつねる。


「メロディ……あさ~」

「……ふぁい」


 むにむにとメローディア・サヤマの頬をひっぱるが、柔らかいばっかりで起きる様子は無い。冒険中の野宿や冒険者の宿ならば素早く起きるメロディだが、どうにも実家のお城では油断する性質なのかもしれない。


「はやく起きないとメイド長がくるよっ」


 先にしっかりと覚醒したリルナはお姫様を揺り動かす。


「それはいかん。起きる、起きるぞ」


 メロディ大好きなメイド長は、寝坊したお姫様を勝手にひんむき、好き放題に着替えさせることをシバシバ行っている。気が付けば豪奢なドレスを着ていた、なんてことがあったメロディは、慌てて跳ね起きた。


「よいしょ……と」


 メロディが目覚めたのを確認すると、リルナはベッドからおっかなびっくりと降りる。足の怪我はすっかりと腫れが引いているが、まだ少し傷みがあった。


「あーあーあー」


 対してメロディは、耳を確かめるように言葉を発する。やはり彼女もまた、少し耳が聞こえにくい状態だった。ふたりして怪我の状況は酷く、冒険禁止の命令は続いたまま。お城に泊まったり冒険者の宿に泊まったり、と治療生活を送っていた。

 メロディにおんぶしてもらう毎日だったが、ここ数日はリルナも歩けるようになってきた。なので、ふたりは並んでゆっくりとお城の中庭へと向かう。キャミソールと下着姿で歩くお姫様とご友人の姿は、最初こそギョっとする男性諸君だったが、今ではすっかりと見慣れた光景になったようで、にこやかに挨拶をしながら移動する。ちなみに、良からぬ事を考えると、どこからともなくやってくるメイド長によって、死よりも恐ろしい目に合うのは明白となっているために、その手の趣味の殿方はいつも薄目か血の滲む思いでふたりから逃げていた。

 以前はメロディの練習で綺麗に均してあったのだが、今では花壇や芝生が植えられて、すっかりと憩いの場になっていた。

 そんな中庭の傍らに水瓶が用意されており、お城で働く者が使う水源になっている。もちろん、女王やお姫様には部屋に水源が引かれているが、絶対に使わないぞ、という謎の宣言のもと、メイドさん達といっしょに朝の準備を中庭でおこなっていた。


「おはようございますっ」

「おはようなのじゃ」


 メイドさん達に挨拶をして、ふたりも顔を洗って髪を整える。メロディはそのままだが、リルナはいつも後頭部で髪を青いリボンで結っていた。年上のメイドさんに少しばかり整えてもらってから、再びメロディの私室へと戻る。


「おはようございます、メロディさま、リルナさま。朝食をお持ちしました」

「うむ」

「おはようございます、メイド長さん」


 朝日が昇ると同時に目覚めたリルナたちだったが、メイド長はそれよりも先に起きており、ふたりの朝食を作ってくれていた。今日の朝食はシンプルにパンとサラダとベーコンエッグ。材料も庶民的なものであり、これといって特筆すべきものでもない。

 これもまた女王とお姫様のわがままで、領主とは言え冒険者、絶対に贅沢しないぞ、という謎の宣言のもと、食事に贅は盛り込まれていなかった。ちなみに、サヤマ女王とメロディ姫のワガママという意味でそうなっているだけで、お城で働くメイドさんや大臣、衛兵の皆さんはちょっと良い物を食べている。

 そんなちょっと豪華な朝食を食べたサクラの感想は、


「ウチ、今日からここの子になるわ」


 だった。サヤマ女王は笑って了承したが、メイド長が却下。サクラ爺の希望は残念ながら通らなかった。

 あむあむと朝食を食べ終えて、ふぅ、と一息ついた時、ドタドタと扉の向こうが騒がしくなった。なんだなんだ、とリルナとメロディが警戒していると、勢い良くドアが開かれる。


「メロディ、リルナ! 遊ぶぞ!」


 女王だった。

 サヤマ女王だった。

 嬉々とした表情だが、目の下にはクマ。どう見ても数日間は満足に寝ていないであろう女王がケラケラと笑いながらリルナとメロディの襟元をむんずと掴むと、そのまま窓から飛び降りる。


「ぎゃああああああああ!?」

「ははうええええええええええ!?」


 落ちながら悲鳴をあげるふたり。その声を聞きつけ、部屋にメイド長が来るのだが……一足遅かった。落下の恐怖と着地に衝撃に潰れたカエルのような悲鳴をあげるリルナとメロディ。


「はっはっはっは! よし、ふたりともかかってこい! 私に一撃いれたら開放してや――ぐはぁ!?」


 高らかな宣言をあげ仁王立ちする女王だったが、そのがら空きのお腹にゆらりと影が揺らいだかと思うと、強烈な一撃がねじりこまれた。メイド長の拳だ。いつの間にか窓から飛び降りたのか、気づかせない動きに加えて、上級蛮族をも一撃で倒しそうなストレートパンチ。さすがの女王もダメージを負ったのか、体を『く』の字に折る。


「ふ、ふぅ、ふぅ……やるじゃないか、メイド長。よもやこの私、サヤマ・リッドルーンに反旗をひるがえすとは面白い。クーデターだな、そうなんだな、クーデターということにしよう。あはは、はっはっはっは!」

「落ち着いてください、女王。仕事が嫌なのは分かりますが、それがあなたの罪です。大人しく机に向かってください。じゃないと、終わりません」

「……嫌だ」

「落ち着けアホ女王。娘とその友人を殺す気か」

「……ご、ごめんなさい」


 さすがに娘の話題を出されると、サヤマ女王も正気を取り戻したのか、素直に謝った――


「とでも言うと思ったかぁ!」

「だまされるかぁ!」


 事態は収束した、かのようにみせて全く落ち着きを取り戻すこともなく、女王とメイド長はがっしりと手を組んでお互いの肉体を押し合う。さながら、終末戦争ならぬ週末戦争。


「もうやだ、こんな家族」

「あはははは……」


 メロディはリルナに膝枕してもらって、大きくため息をついた。リルナは苦笑するしかない。

 のんびりとした一日の始まりだった。


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