~かんたんなおしごと~ 14
「レナンシュ、今だっ!」
腫れあがる足で体を支えられず、リルナは壁を背にして戦場を見る。隣に控えた魔女が闇魔法を発動させ、黒足をツタが絡め取った。ギチリ、と縛り上げるがそれもほんの一瞬。すぐに開放されてしまう。
だが、動きを止める役目は担った。
「リーン君!」
「分かってるよ!」
響くホワイトドラゴンの声。同時に牙が並ぶ顎を開き、そこが白き輝きに満ちた。無属性のドラゴンブレス。純粋な彼自身のエネルギーが放たれ、黒足に炸裂した。
「玲奈、いまですわ!」
「了解ネ!」
ふらつく黒足の周囲を玲奈は素早くまわり、両足をロープで結んだ。ダメージでたたらを踏む黒足は、それがもつれ見事に転んでしまう。
「精霊さん、いっくよ~! 大地の棘!」
倒れたところへ、桜花の精霊魔法が発動する。土属性の精霊を宿した杖の宝玉がひかり、黒足が倒れる下から棘のように大地を隆起させた。先端が容赦なく尖った氷柱状の岩が黒足を刺し貫く。
まるで悲鳴のように両足を震わせる黒足。びくり、と全身の腕を痙攣させたその上にサクラと真奈が着地する。
「行くで、真奈」
「はい!」
二人は黒足の腰あたりに刃を突きたてた。そのまま足先に向かって二人は刃を押していく。サクラの倭刀は斬れ味が抜群のために速いが、真奈の持つ精霊の剣もなかなかの進み具合だった。右足、左足に分かれて二人は足先まで移動すると剣を引き抜き、そのまま床へと着地。今度はくるぶし辺りに剣を差し入れ腰に向かってダッシュする。
「やああああああああああ!」
真奈は、気合いと共に走り抜けた。彼女を掴もうとする手から逃れるように走りきると、剣を振りぬく。
サクラと真奈の攻撃が致命傷になったのか、黒足がビクリと震え、全身の腕がぐったりと力を無くした。そのまま、影にとけるようにドロドロと形が崩れ始める。どうやら倒しきれたようだ。
「よ、良かった~……」
それを見て、ようやくとばかりにリルナは息を吐く。途端に足の痛みを思い出して悶絶するように倒れた。
「ちょっとちょっと、大丈夫なのリルナちゃん?」
「い、イザーラ。足が痛いよぅ」
じわじわと瞳に涙をためつつ、素直に駆けつけてきたイザーラに助けを請う。ゆっくりとブーツを脱がしてもらうと、足首がぶら~んとしている上に赤く腫れあがっていた。骨が皮膚を突き破っている様子は無いが、絶対に折れていると確信できるほどの腫れ具合ではある。
ひとまず薬士であるイザーラが応急処置をしようとするのだが、リルナはそれよりもと通路を指差した。
「わたしよりメロディが。み、耳から血が出てて聞こえてないみたいっ」
「分かったわん。じゃ、抱き上げるわよ」
「う、うん。あいたたた!」
お姫様抱っこしてもらうリルナだったが、ほんのちょっと足首が揺れるだけで激痛がはしる。涙目になりながら通路へと運んでもらった。
「いつもの魔神は問題なく倒せたけど……教団がどうのこうのって言っとったけど、こりゃアカンなぁ」
サクラと蛮族組、そしてリーンは黒足が消えたあとの部屋内に残された二つの遺体を見た。ひとつは階段で潰れた遺体で、元が人間だったのかどうかも分からない。もうひとつはメロディが首をはねた遺体だったのだが、それも形が分からないくらいにグズグズに崩れていた。
「毒っぽいネ。もともと死ぬつもりだったのかもヨ」
男の肉体はドロドロに溶けていき腐敗臭をただよわせている。加えて、頭のほうは戦闘に巻き込まれて黒足に踏み潰されていた。残された衣服からは何も残っておらず、『教団』で使われているローブが手に入っただけだった。
「収穫は、微々たるもんか。ゼロよりまぁマシか。ホワイトドラゴン殿は、何か知っとらへんのか?」
「知らないなぁ。そもそもあんな変なものを呼び出せること事態が龍種の知識でも存在し無いよ。つまり、新しい魔法だってこと」
「そうか……」
「それよりも気をつけてね」
「なにがや?」
リーンは肩をすくめる人間のようなジェスチャーをすると、その姿を消した。召喚の魔法を切断し、元の場所へと戻ったようだ。
「それじゃ私たちも戻りますわ。リルナが怪我したようですので、負担にならないように」
真奈と玲奈、そして桜花は少しでも魔力の負担にならないようにと姿を消した。それを確認すると、サクラもふかく息をこぼして腰をおろした。
「ふぅ……まぁ、大丈夫やろ」
傍目にうつっていたメロディを思い出す。しっかりと自分の意思で歩けていたところをみると、深刻のダメージは無い、とサクラは判断した。
「ひどいと片耳だけでも立てへんもんなぁ」
酷く昔を思い出して、元ジジイはくつくつと質の悪い笑みを浮かべるのだった。
「メロディ、だいじょ……うぶ……?」
イザーラにお姫様抱っこしてもらったリルナが、通路に入って最初に見たのは、ひどく卑猥な光景だった。
「んちゅ、ちゅ、はむ、ん、ちゅ、ちゅ、あ~む」
「ふあ、あ、ん……うぅ、ひゃう……んっ、あ、ん……」
ぴちゃり、ぴちゃり、と音が響き、クリアがお姫様の耳を舐めていた。ぺろぺろ、れろれろとなんとも淫靡な音が通路に伝播する。加えて、メロディの口から漏れる嬌声。お姫様の弱点は耳かもしれない、なんてリルナは思ったが、それよりも先にクリアへの言葉が上書きされた。
「なにしてんの、クリアちゃん!?」
「はむはむ……ん~ちゅ、ちゅ……ぷはぁっ。あ、倒しましたの? 見てのとおり、メロディちゃんの耳の消毒ですわ」
「はうんっ」
すっかりと弱ってしまったメロディはなすがままだったのか、体を弛緩させている。耳が聞こえないことへの精神的ダメージからか、耳舐めにやられてしまった結果なのか。それはお姫様のみが知る。
「しっかりして、メロディ! いま手当てしてあげるからね!」
「も、問題ないのひゃ。妾の耳は聞こえへおるよ」
「イザーラが診てくれるからね」
「きこえておる。だいひょうぶじゃ」
会話が噛み合っていない。メロディが強がっているのが透けてみえている結果、悲壮感しか漂っていない。リルナがどうしよう、とイザーラを見るが、対処法はクリアから語られた。
「リルナちゃん、メロディちゃんとおでこを合わせて話してみて」
「おでこ?」
クリアに言われた通りに、リルナはメロディは抱きかかえるようにしておでこをコツンと合わせる。
「メロディ、聞こえる?」
「どうひたリルナ。これは恋人同士の距離ひゃよ」
「聞こえてるのよね?」
「うむ。やっと聞こえた……あ、うそ。さっきかりゃ聞こえてのじゃ」
「良かった、耳が潰れたわけじゃないのね」
「妾もホっとした」
すこし泣きそうになるリルナとメロディ。それを見て、クリアが唇を尖らせる。さっきまでメロディの耳を好き放題していたからの嫉妬だろうか、とイザーラは苦笑した。
「ほら、治療するわよリルナ。メロディはあたしの手持ちではどうしようもないわん」
「あ、それなら私に。良い物を持っています」
クリアは魔法の鞄から青い瓶を取り出した。
「ポーションです」
おぉ、とリルナとメロディ、イザーラが声をあげる。ポーションとは、神殿で製造される神の奇跡を水に宿したものだ。一般的に神殿で販売されているのだが、サヤマ城下街では冒険者と神官の仲が最悪なので売られていない。
仮に売られていたとしても一本50ギルとかなり高価な物であり、これで傷が完全に治るかと言われれば魔法よりも効果が薄いので、ルーキーには手が出しにくいアイテムである。もっとも、ルーキーを卒業するレベル20代ともなれば常備していて当たり前なのだが。
「お値段75ギルですわ」
「……そういやクリアちゃん、商人だった」
背に腹は変えられない、とリルナとメロディで折半で払うことにした。
「でしたら、ふたりで割りやすいように40ギルづつでどうでしょう?」
「値上がりしてるよっ!」
「ふふ、冗談ですわ。30ギルでいいですよ」
合計して60ギルを払い、ポーションをイザーラに手渡す。薬士である彼は、腫れているリルナの足にポーションを注ぐと、素早く彼女の足を包帯でガチガチに固定した。次いで、メロディの耳にポーションをたらす。
「ひゃうっ」
寝耳に水なのか、それともクリアに開発されたからかメロディがびくりと体を震わせた。それを反対側へとくり返し、耳を覆うように包帯をまきつける。
応急手当が終わったところで、サクラが通路へと戻ってきた。手には男が着ていたローブを持っている。ぐっちょりと血で汚れているのは、仕方がない。
「大丈夫か、ふたりとも?」
「大丈夫じゃないよっ」
「やったのぅ、サクラ」
質問と違った答えがメロディから返ってきたのにすこしだけ面喰らったサクラだが、苦笑してそれを受け入れた。
「とりあえず外に出よか。ちょっと休憩してから帰ろう。ま、簡単な仕事やったな」
サクラの冗談に、イザーラがツッコミをいれる。
「どこがよ」
メロディ以外が肩をすくめる。
「?」
お姫様は耳が聞こえていないながらも、みんなと一緒に苦笑するのだった。




