~かんたんなおしごと~ 13
メローディア・サヤマは、その奇怪な魔神を相手に攻めあぐねていた。手に持つバスタードソードの重さは頼りになるもの。しかし、それはあくまでモンスターや蛮族を相手するものとして製造された物だ。
同じ人型や獣のような四足歩行する者、特殊な場合ではハーピーみたいな空を飛ぶモンスターもいるが、許容範囲内であり、想定の範囲の外側ではない。
だが、今メロディの目の前に文字通り立っているバケモノは、その範疇を超えていた。巨大な足から無数の腕が生えているモンスターを想定できるものなど誰もおらず、それ専用の武器など存在するはずもなかった。
「ど、どうしたものか」
数度の攻撃で、すでに黒足の能力はある程度を把握できていた。もっとも、それは厄介なこと極まりないのだが。足から生えている腕は、そのひとつひとつが意思があるらしく、近寄ると付近の腕が反応する。どこに目があるのか感知しているのかサッパリと分からないが、とにかく攻撃する者を把握している。
「うりゃぁ!」
そんな腕を気にせずに攻撃を仕掛けるが、まるで皮膚を守るように腕がバスタードソードを掴みかかる。もちろん、刃であるが故に手や指は切られるのだが、それを意に返さずに腕は剣を押さえつけようとするのだ。
「おわっとっと」
武器を取られる訳にはいかず、深追いもできない。ましてやあの腕に掴まれればどうなるのかは、想像したくもなかった。
ふぅ、と一息つくも足本体がメロディを踏み潰そうと足を振り下ろしてきた。
「ひぃ」
ちょっぴり情けない悲鳴をあげつつ、メロディは慌ててダッシュした。すぐ後ろでドシンと音がなり、彼女の体がすこしだけ跳ねた。その勢いにゾっと背中を汗で濡らすが、逃げている場合ではない。唯一の腕が生えていない場所である足の指先をめがけてバスタードソードを振り下ろす。
「小指の衝撃じゃ!」
家具に小指をぶつけた痛みを思い出し、お姫様は全力で黒足の小指を狙った。爪は存在しないが、人間でいう爪部分に中長剣を叩き落す。ガツン、という確かな手応えがあるが、ダメージが通っているのかどうか、何せ上半身が無いのでサッパリと分からない。
「せめて、真ん中にぶら下がっておったらのぅ」
「な、何を言っているのですか、あなたは」
ぽつりとつぶやいた文句が、召喚された薫風真奈に聞こえてしまったらしい。耳に影響を及ぼす魔法下で油断していた。
「おおう、これはこれは真奈殿。いやいや、妾は決して好色の意味で言った訳ではないぞ」
このままでは変態のレッテルを蛮族のお嬢様に抱かれてしまうので、慌ててメロディは否定する。
「ほれ、良く殿方が言うておるじゃろ。金玉がちぢみあがる、と」
「あぁ確かに――では、ありません! お姫様が金玉なんて言うものじゃないですわ!」
「真奈ちゃんも言ってるネ」
「あはは……元の場所では聞かせられない言葉だね」
玲奈がツッコミ、桜花が苦笑しているところへ、再び足が振り下ろされた。四人は慌てて逃げ出す。
「ふぅむ、かわいい女の子が淫語を話すのもええなぁ。というか、女の子ばっかりがきゃっきゃうふふと戦闘しているのは見た目もなごむ。これって商売になるかもしれへんな」
「あら、その中にあたしも含まれているなんてさすがお姐さま、優しいわん」
戦闘中にも関わらず、サクラは腕を組んでウンウンと頷いている。外見は十二歳ほどの美少女だが、中身はとんでもないジジイだった。という訳で、イザーラが冗談交じりのツッコミをいれにくる。彼の矢はすでに打ちつくしており、今はナイフを構えることしかできない状況だった。
「いや、お前さんは含まれておらんぞ」
「あらひどい。じゃぁ淫語の方かしらん。×××××! あっはーん!」
「ぶっころすぞ!」
サクラが笑顔で叫んでから近づく黒足の腕を倭刀で切断する。相変わらず斬撃の速度は凄まじく、その速さは目でとらえるのがやっとだった。
「メロディ!」
「なんじゃ!」
サクラの声にメロディは応える。
「下がれ! お前さんの仕事は千切れた腕の処理や!」
サクラの言葉にお姫様は地面を見る。薄暗く照らされた部屋に散らばる腕の欠片。それらはかすかに動いていた。また、根元から切断された腕は指で歩きまわっている。
「了解じゃ!」
適材適所。メインの戦闘に加われない悔しさは、少しはあるもののメロディは大人しくサクラの言葉に従う。なにより、今日のメロディの装備はいつもとは違う。オートガードのスキルは発動しない。ダメージは、そのまま死に直結する可能性があった。
「ふぅ、ふぅ……」
どっしりと肩に乗ってくる緊張感を降ろさず、メロディは息をすこしだけ整えるとバスタードソードを担ぐ。彼我の距離、仲間との距離、散らばる腕たちを見渡し空間を把握する。そんなメロディの上をホワイトドラゴンが飛んでいく。
これ以上の無いほどの頼もしさを感じる。そしてなにより、それを召喚してくれる自分の仲間、リルナの存在を頼もしく思った。
「メロディ!」
声が届いた。自分の足音すら不穏に聞こえにくい空間で、召喚士の絶叫にも似た声が、僅かに届いた。
だからこそギリギリで気づけた。左耳に伝わるわずかな風切り音。何かが飛来する感覚。
一瞬の判断で、メロディは首を傾げながら体を投げ打った。同時に顔の左側へ手を差し出しガードする。
倒れる中で痛みは指に走った。どこの指かは分からない。もしかしたら手のひらかもしれない。だが、そんな痛みはどうでもいいほどに、耳の奥に鋭い痛みを感じる。
「ぎっ!?」
今まで感じたことのない場所の痛み。頭の中心に傷みがひろがった錯覚。どさり、と地面に倒れると同時に自分の意識がまだあることに驚いた。
「は、は、はぁ、はぁあ」
苦しい。いや、違う。痛い。どこが? 手が。耳が。耳?
「き、聞こえない。聞こえないぞ」
恐怖で息が切れる。体が冷たくなる。左手を見れば、親指の付け根が大きくさけており、血が溢れ出ていた。近くには、矢が落ちている。恐らくそれが刺さったのだ。
だが、それよりも。
「耳が、耳が、聞こえぬ」
つぶやく声は頭の中に響く。まるで左耳に綿をつっこまれた感覚に、メローディアは焦り、うろたえた。
「メロディ!」
「り、リルナ。ど、どうなっておる? わ、妾の耳はどうなった?」
「ちゃ、ちゃんとくっ付いてるから! それよりも立って!」
メロディのそばまでやって来たリルナは、彼女の手を引っ張り起こした。すぐ横でドシンと音がなり、黒足が迫っている。このままでは地面と足に挟まれて耳どころではなくなってしまう。
「耳が。左が聞こえんのじゃ」
「大丈夫だから! 剣、剣を!」
バスタードソードは転がったまま。リルナは自分の倭刀をメロディに持たせた。あせっているのは、黒足が迫っているからではない。部屋の隅に潜んでいた男が、こちらへと向かってきていた。
「そ、そうか。祭壇や男に気を取られて、周囲の観察を怠っておったの」
震える足で立ちながら、それでもメロディは状況を理解した。武器を持たず自分の前に立つ召喚士の心意気に頼もしさを感じながら、前へと出る。
「任せるのじゃ、リルナ」
不確かな足取りで、剣士らしく後衛の前に立つ。左手は血まみれで倭刀をにぎれない。右手だけで、迫る男へと構える。
と、ここで闇魔法が解除された。リルナが召喚した魔女レナンシュが魔法を打ち消した。途端に戻る空気に、安堵感が満たされる。
しかし、タイミングが悪かった。
「!?」
目の前に迫る男――、だが、メロディはなぜか右後ろへと振り返った。
「メロディ!?」
「だ、誰もおらぬ! そうじゃ、耳が! ぐぅ!」
間一髪で前へと向き直ると迫った男の剣を倭刀で受け止めた。
「すばらしい少女たちだ。魂の浄化に相応しい」
「なにを言っておるのだ……ぐぅ、ぬににににに」
鍔迫り合いに少女の力は向いていない。ましてや右手一本のみだ。思わず左手をそえるが、こぼれる血が倭刀を伝った。
「うりゃああああ!」
メロディを刃ごと押し倒そうとする男の腹を、リルナは身体制御呪文マキナで加速させた足で蹴り抜いた。鈍い音は、男の腹とリルナの足から。
「ぐはあぁっ」
「いった!? い、だだだだだ……!」
吹っ飛ぶ男と、その場で倒れるリルナ。無理矢理に威力を高めた為に、リルナの肉体自身が耐え切れず異常をきたした。
「ちゃ、チャンスじゃ……」
男の下へと走り出そうするが、メロディはまた右後ろへと意識を向けてしまう。左耳が傷ついたせいで、どうしても前方からの音が右後ろから聞こえてしまうのだ。
「ええい、ならば!」
落ちていた矢を拾い、右手に持つ。それを躊躇なく右耳に刺した。
「ちょ、メロディ!? なにやって、あいたたったた」
「これへ治ってゃも同然じゃな!」
両耳から血を流しながらお姫様はニヤリと笑った。耳が聞こえないのか、発音もあやしいが、それでもメローディア・サヤマは笑った。そして、震える右手で倭刀を持つと、ふらつくことなく男へと迫る。
「良いぞ。それこそが、高貴なる魂にふさわしい。貴殿に毒はいらぬ。浄化されるべきは、我らが魂なのだから」
「すまにゅ、なぬも聞こえぬ。遺言はおぬひの神とやらひ、つたへてくれ」
「では、神のもとでまた会おうぞ」
その言葉が聞こえたか、聞こえなかったか。メロディは、倭刀を振り切った。わずかな手応えに少しだけ驚いて倭刀を見る。その頃には、男の命は首と共にゴロンと転がり落ちるのだった。
リルナは慌ててメロディの元まで駆けつけようとするが、足が痛くて片足でぴょんぴょんと跳ねながら移動した。
「メロディ!」
「やっひゃぞ! 妾もたいひたものじゃな」
「はやく、こっち! こっちに!」
リルナの言葉が聞こえていないのか、いるのか。定かではないが、メロディはリルナに肩をかして通路まで下がった。
安全な場所まで下がると同時に二人は倒れこむ。そんな二人をクリア・ルージュは出迎えてくれた。
「クリアちゃん、メロディをよろしく! わたしはもうちょっと戦況をみてくるっ!」
召喚者に指示ぐらいは出せるだろう、とリルナは部屋へと戻った。残されたメロディは笑顔でうなづき、ぐったりと項垂れた。
そんなお姫様の横で、クリアは笑顔をあふれさせた。楽しくてしょうがない、という笑みをこらえられず、狂相にも似た笑顔を浮かべる。
「これだから! これだから人間は素晴らしい! そばに来た甲斐があったぞメロディ姫! リルナもそうだ! 見たか? お主を助けるためにあやつ、自分の足を犠牲にするほどの威力で蹴りよった。足首の関節が外れておる! いやいや、それよりもお前じゃ! メローディア・サヤマ! その名にふさわしい行動だぞ! 見直した! お前が一番の役立たずだと思っていたが、とんでもない! 片耳で不確かだからと両耳をつぶした! これが、これこそが人間の素晴らしいところぞ! 惚れたぞ、メロディ! 私はお前が気に入った! 今すぐ眷属にしたいところだが、それでは面白くない。お前たちと戦ってみたいしな。いやしかし、途中で死なれても困る。いや、そうだとしたらレブナント化してやるか。その状態でなら私の部下に加えてもリュートのやつも怒らないだろう。うんうん、それがいい! いいよな、それで!」
「?」
一方的にまくし立てるクリア・ルージュ……その正体であるソフィア・ル=ドラク・クリアルージュは、嬉々とした表情で語るのだが。
メローディア姫には、その声が届いていなかったのだった。




