~かんたんなおしごと~ 11
魔法はいくつかに分類される。
代表的なものは、自らの魔力を属性エネルギーに変換し発動させる『七曜魔法』。木火土金水の五行に加えて日と月を合わせた七つの属性に分けられる魔法だ。
更に人間にとって身近に『神官魔法』もある。神様の力を借りて発動させる魔法であり、神の奇跡ともいわれる回復魔法がメインとなる。加えて補助魔法も使用でき、冒険者にとっては神官魔法はかかせない要素だ。
他にも独自に開発された魔導書魔法や精霊に力を付与してもらう精霊魔法、物や契約した者を召喚する召喚魔法など多種多様な魔法が存在する。
もちろん魔法を使えるのは人間種だけではない。蛮族も魔法を使用する。そんな中で、蛮族に分類される『魔女』が主に使用するのが『闇魔法』だ。厳密には七曜魔法に近い存在ではあるのだが、『月属性』と似た『闇属性』を司っている魔法である。
全ての存在は『陰』と『陽』に分けられる。それは物質だけではなく属性エネルギーにも当てはまり、属性の『陰』側を使用した魔法となる。もとより蛮族という存在は魂が陰に引き寄せられた結果であるとアカデミーは発表しており、その対となるのは人間ではなく神さまだ。
魂が『陽』に引き寄せられると神となり、『陰』に引き寄せられると蛮族となる。それが現在、信じられている世界と魂の成り立ちだ。
「闇魔法、静かの海」
フードを目深く被り直しながら、男は振り返った。真っ黒なローブはたいまつの光を吸収するかのように漆黒に包まれていた。その表情まではうかがえないが、男の口元には皺があり、若者ではないことが見て取れた。しかし、長身であり背すじは曲がっておらず、老人ではない。そんな男の口元が不機嫌そうに開かれた。
「物音を遮断する魔法であり、静かに事を進められると思っていたが……冒険者はいつもそうだ。すぐに邪魔をする。まったくもって鬱陶しい」
「なんでお前さんが魔女の魔法つかっとるんや? 人間らしい魔法つかったらええんとちゃうんか?」
「人間?」
サクラの言葉に、男は鼻を鳴らす。そして、大げさな態度で振り返りローブの裾をはためかせた。その視線の先には祭壇があり、そこには大仰なツボが祀られているように鎮座していた。
「あれって……」
ローブに刻まれた刺々しいエンブレムに加えて見覚えのあるツボ。リルナは、王子様誘拐事件とカーホイド島で見た魔神を思い出す。王子様誘拐事件で見たのは召喚のツボであり、カーホイド島ではエンブレムを見てきた。
そのどちらの事件でも、首謀者たる人物は命を落としている。生きている者に出会ったのは、今回が初めてだ。
「あ、あなたの目的は!」
リルナは叫ぶように疑問を投げかけた。召喚士にとって、召喚術とは絶対の自信がある。使いようによっては、たった一人で国を相手取ることすら可能な魔法だ。もちろん、リルナは悪用するつもりはないし、披召喚者はそれを拒むことができる。しかし、兵站の要素をひっくり返すくらいには、召喚術は有用であると言えた。
それと似たことを、目の前の男はやろうとしている。召喚術とは似て非なる物だが、大まかに言えば同じだった。今ここに別の存在を喚び出すこと。召喚術といえば召喚術だ。
それを可能にしているのが、祭壇の上にあるツボだろう。特に特徴もない大きなツボだが、リルナたち冒険者の勘がヤバイ物と伝えてくる。目のチャンネルを変えて魔力を見れば、その禍々しさが一目瞭然となった。
そんな悪魔的なツボに何やらブツブツとつぶやいていた男は、リルナの言葉に振り返る。
「目的?」
その口元には不満の色が表れていた。疲れ果てた皺ではなく、怒りに口を真一文字に結び、それによって刻まれたかのような皺が色濃くたいまつの炎により影を深めた。
「そ、そうよっ! どうしてあんな変なのを召喚して迷惑をかけるの!」
「魂の浄化だ」
「た、たましい?」
「その通り。我らの魂は穢れている。このままでは神の元へは行けず、我らは蛮族へと成り果てるだろう。それは許しがたい事実だ。死して魂は神へと誘われる。しかし、その先に、輪廻転生の先が蛮族というのならば、それは救いではない。絶望だ。よって、我ら教団は死の先にある祝福へ行き着いたのだ」
「え、ど、どういうこと?」
いまいち話の趣旨が見えず、リルナはサクラやメロディの顔をうかがう。しかし、メロディはおろかサクラでさえも首を横に振った。理解できない、と。
「少女よ。死が怖くないかね?」
「こ、怖いよっ! まだ死にたくない」
「うむ。君は正しい。正しい死生観だ。では、死んだあとに蛮族に生まれ変わるかもしれない、と言われたらどうだ?」
「蛮族……?」
リルナは自分より少し小さいダークドワーフである天月玲奈を見た。色白の彼女の瞳が、自分を見てくる。そこには何の憂いもない。正直に答えていいよ、と視線が伝えてきた。
「ちょ、ちょっと嫌……かな? あ、でもダークニゲンとかダークエルフとかダークドワーフだったら、まだいいかも?」
「業だな。若い」
そのつぶやきに、なぜかサクラが同意しうなづいた。
「しかし、だからこそ、と言える。蛮族には成りたくない。成り果てたくない。それは人間種の共通の認識だ。そこのダークドワーフには失礼な話だがね」
くつくつと男は笑う。
「だからこそ、我らは死の先へ行く。魂を浄化し、神の元へと誘われ、そして幸福となるのだ。これは決定事項である」
男は笑う。
ニヤリと笑う。
「×××××――」
そして、聞きなれぬ言語をつぶやいた。エルフ語でもドワーフ語でもない、神代言語でも旧神代言語でもない、どこか耳の奥がざわりと震える言葉だった。
そして、世界に変貌が訪れる。
祭壇に祀られたツボが、ぐわんと揺れると――そこから、足が飛び出した。その大きさは人間よりも大きく、天井に届きそうなほどに真っ暗な足がツボから生えた。
「なっ――」
黒い足。
闇の足。
真っ暗な足には、無数の手が生えていた。足の皮膚を覆うように、真っ黒な手が無数にうごめいている。醜悪な造詣に、リルナたちは息が詰まった。この世の何者にも属さないモノは、まさしく魔神と呼ぶべき者の一部――。
「では、さらばだ」
その言葉を最後に、男は絶命した。ぐしゃり、と腰が逆に折れ曲がりぷっつりと階段と足につぶされた。びしゅるり、と聞きたくない音と共にローブの男は血液を噴出させ、死んだ。
後に残ったのは、魔神の足。無数に手の生えた黒い足。片足で立つソレは身震いすると、足をふみしめるようにして、もう片方の足をツボから引き抜いた。
「あぁあ――」
その全貌を見て、リルナは顔をゆがめた。
それは下半身だけのバケモノだった。足が二本だけ立っており、そこから無数の手が伸びるだけの、およそ生物とは思えない塊だった。
そして、黒足の意思が冒険者へと向く。
無数の腕が、獲物を指差すように、リルナたちへと意思へ示すのだった。




