~かんたんなおしごと~ 8
左側の部屋から再び大部屋へと戻ってきた一同は、警戒しつつそのまま右側の通路へと進む。相変わらず蛮族の気配もなく、無事に右側の部屋へと辿り着いた。
「こっちには何も無いねっ」
先ほどは蛮族の寝床になっていたが、こちら側には何も無かった。相変わらず岩壁がゴツゴツとしているだけで、行き止まりとなっている。
「あれ、でも地図には通路があってもうひとつ部屋があるよ」
リルナがランタンの明かりで地図を確認すると、確かに通路と部屋がこの先に続くように書き込まれていた。しかし、現実では岩壁ばかりの部屋で、入ってきた通路以外の道はどこにも無い。
「どういうことじゃ?」
メロディは製作者本人、マッパーのクリアに聞いてみる。
「えっと、確か隠し部屋のはずです。ほらほら、ここ。注意書きがあるでしょ?」
「あ、ほんとだ」
地図の余白部分に『隠し部屋』小さく書かれていた。良く見れば、通路も点線で表現してあり、誤った情報ではないようだ。
しかし――、
「で、その隠し部屋はどうやったら行けるんや?」
サクラの言う通り、その方法は地図にも記載されていない。みんながジ~っとクリアを見るが、彼女の視線は上方向へと反れていった。
「欠陥商品だっ。お金半分かえしてっ!」
「もう使っちゃいました!」
「嘘いうなぁ!」
わ~わ~、とリルナとクリアがじゃれ合うのを肩をすくめつつ、サクラは隠し部屋に続いているであろう奥の岩壁を調べる。
「む。ここ、開きそうやな」
ランタンの光で照らしてみれば、うっすらだが隙間が見えた。しかし、押してもビクともせず、引いたり廻してみようとしたりするが、岩壁の扉はまったく動かなかった。
「どこかに仕掛けがあるんじゃないかしらん」
「そうやろうな」
イザーラの言葉にサクラは肩をすくめる。それから全員で部屋の中を調べることになった。岩壁を調べたり床を調べたりするが、ランタンの明かりの中ではいまひとつ成果が上がらない。
「あ、なんかある」
それでも、リルナは床に小さく突起があるのに気づいた。部屋の隅のほうで、偶然には踏まれにくい場所だ。
「押すよ~」
と、宣言してから屈んで指で押す。カチリ、と何かが作動する音と共にリルナの頬をかすめて槍が床から飛び出した。
「……は?」
ぴりり、と頬に痛みがはしる。ぷくっとリルナの頬に血があふれて、流れた。
「ひいいいぃぃぃぃ!?」
と、一同叫んだものの足はガッツリと固定されて動かない。即死級の罠があると知った以上、おいそれと動けなかった。
もしも、違う角度から突起を押していれば、今ごろはお尻から串刺しになっていたかもしれない。そんな恐怖に青ざめながら、リルナはよろよろと四つん這いで通路まで移動した。まだ罠があるかもしれない、という恐怖より、早くこの場から立ち去りたいという思いが勝った結果だ。
それに習ってか、他のみんなもそろりそろりと移動する。たっぷりと五分ほどの時間をかけて、部屋から脱出することに成功した一同は、大きく息を吐き、通路に座り込んだ。
「死ぬとこだった……死ぬとこだった……生きてる、わたし生きてる」
「うむ……うむ」
真っ青になったリルナはブツブツとつぶやき、メロディは涙目にしきりにうなづいている。サクラとイザーラは、ほう、と胸を撫で下ろしていた。
そんな中で、クリアが屈みこんでいるリルナの横にすわる。
「リルナちゃん、血が出てる」
「え、あ、うん。生きてる証だよ……」
「動かないでね」
え、という疑問を声に出す前に、クリアがリルナの頬にキスをした。もちろん、ただのキスではない。切れた頬に唇を当て、舌で血をぬぐいとる。綺麗になった頬を、まだ足りないかと思わせるように、ちゅ~と吸い付くと、ちゅぽんと音をさせて離れた。
「な、なななな、なにをするのよっ」
それなりに濃厚な感覚に、リルナはゴシゴシと頬をこする。唾液べったりな頬にリルナは表情を歪ませた。
「唾液には殺菌作用があります。ので、舐めてみました」
「先に言ってっ」
「は~い」
ぺろり、とクリアは舌を出すのだが、その舌先は真っ赤に濡れていた。まだ、リルナの血が付いているのだろうか。それを見て召喚士は辟易とするのだった。
「どうする? この部屋は諦めるか?」
落ち着いたところでサクラは是非を問う。気づけば、いつの間にやら床から飛び出していた槍は引っ込んでおり、再び串刺し待ち状態になっていた。再起動する罠があったからこそ、蛮族はいないと思われる。もしかしたら、大部屋のコボルトはどこかの部屋の罠で死んだのかもしれない。
わざわざ危険を冒してまで隠し部屋に行く必要は無さそうだが、震える足でリルナは立ち上がる。
「せっかくだから、隠し部屋を見ときたいよ」
そう言って、身体制御呪文マキナを起動させた。途端に足の震えは無くなり、直立不動で立つ。
「――」
クリアが何かつぶやいたが、その声は小さく聞こえなかった。
次いでペイントの魔法で通路の壁に魔方陣を描いていく。残念ながら平面ではないので、所々は空中に浮いているのだが。
完成した魔方陣。その中心にはダークドワーフを意味する神代文字。
「召喚、玲奈ちゃん!」
指先に魔力を込めて、ポンと魔方陣を叩くと、光が魔方陣を疾っていく。そして中心までが光り輝くと収束しはじめ、その光が粒子となって集合していく。それは人の型を取り、質量までもが再現されていった。
「ジャジャーン! 呼ばれてきたネ」
召喚されてきたのは天月玲奈。ダークドワーフの盗賊職を務める少女だ。機嫌良く召喚されてきたようで、両手をあげてポーズを決めているが、残念ながらリルナたちのテンションは低く、シーンとして空気が流れてしまった。
「どうしたのネ? 誰か死んだ?」
「わたしが死にそうになった」
とりあえず状況を説明して、玲奈に部屋の中を探索してもらう。危ないのでリルナたちは通路から応援することにした。
しばらく玲奈は部屋の中を探索すると、床の一部を持ち上げた。タイル状に並んでいたブロックだったが、その一枚だけは薄く外せるようになっていたらしい。中には回転させる金属製のスイッチがあり、玲奈がガチャリと廻すとそれに連動して奥の扉が開いた。
「罠はあれだけみたいネ。素人判断で押しちゃダメよ~」
確かに、とリルナは大いに頷き、玲奈には引き続き同行してもらうことにした。サクラと一緒に先頭を務めてもらい、辿り着いた隠し部屋だったが……
「何にもあらへんわ」
そこは小さな部屋で、もとは何かアイテムでも保存されていたのかもしれない。調査され尽くした今に残っている物は何もなく、くたびれ損だった、とリルナは大きく息を吐くのだった。




