~かんたんなおしごと~ 6
地上とは打って変わって、地下はむき出しの岩壁だった。いびつな形の部屋だが、一応は四角形をしており、先へは一本の狭い道で繋がっている。
遺跡ではなく洞窟みたいなイメージだが、地面は全て石のタイルで埋め尽くされており、人工的に整備されていた。巨大な岩の中をくり抜かれて造られたような、そんな遺跡だった。
奥へと続く細い道にリルナは耳をすます。何者かの気配も感じられず、シンと重い空気が伝わってくるだけだった。
「誰もいないと思う……けど、分かんないや」
さすがに本職の盗賊の真似事はできない。それならば、とイザーラが同じく気配をさぐる。狩人たる彼の気配察知は、そこそこ森で鍛えられていた。
「大丈夫そうよん」
「ほんなら進もか。ウチが先頭で行くから、メロディは殿を頼むで」
「うむ、任された」
リルナが持つランタンをサクラに渡す。奥へと続く道は狭く、二人並んでは通れない。つまり、戦闘になると相当に厳しい状況に追い込まれる。相手が槍を持っていたのなら、サクラでさえ苦戦するだろう。
サクラ、イザーラ、クリア、リルナ、メロディの順番で次の部屋を目指して移動する。クリアの地図では、すぐに大きな部屋に続いていると記されており、それに偽りなく大部屋へと続いていた。
サクラはランタンの明かりが大部屋の中に漏れないようにしながら、先をうかがう。暗闇に目がなれず、真っ暗な中を見渡すが、生き物の気配はしなかった。念の為にイザーラにも見てもらったが、何者の気配も感じられなかったらしい。
「ほんまに蛮族がおるんか?」
サクラは一応とばかりに天井を見渡すが、そこには濡れた岩肌があるだけで何も無い。雨でも染み込んでくるのか、時折ピチョンと雫が落ちる音が大部屋に響くだけだった。
大部屋も先ほどと同じく岩肌がむき出しになっており、足元にはタイルが敷き詰められていた。違いは、水たまりがあるくらいだろうか。少し肌寒くなった気がするが、息が白くなるほどでは無い。
「あれ、何かな?」
警戒しながらランタンの明かりで周囲を見渡すと、大部屋の隅に何かがあるのをリルナが発見した。競り出た岩の下に、ゴミのように捨てられていた何か。薄汚いそれに全員で近づくと、それは物ではなく、元蛮族だった物、ということが分かった。
「コボルトの死体じゃな」
二足歩行をする犬、みたいな蛮族であるコボルト。最弱の種族である彼らは蛮族の中でも地位が低く、奴隷のように使われている場合もある。比較的大人しい性格である場合があり、中でも味覚は優れており、料理の腕前は素晴らしい彼らは、人間社会でも受け入れられている。
そんなコボルトが、捨てられていた。
「なんで、どうして殺されたんだろ?」
その言葉は、嬉々としていて、興奮が抑えられないといった感情が溢れていた。クリアは興味津々で、死んでいるコボルトに近づいていく。
「危ないわよ、クリアちゃん。死体に罠が仕掛けられているかもしれないわん」
「えっ、なにそれ怖い。でも大丈夫だったよ」
イザーラの忠告を聞きながらも、クリアはボロボロになったコボルトを仰向けにする。絶命時に苦しんだのか、目が見開かれ大きく突き出た口からはダラリと舌が垂れていた。
外傷はない。血の類や肉体に欠損はなく、もがき苦しんだかのような表情だけが残されていた。
「毒殺かもしれへんな。こんな風に死んでいくんを見たことあるわ」
「どこで?」
何気ないサクラの言葉に、何気なくリルナは聞くが……サクラは肩をすくめるだけで教えてくれなかった。
「蛮族同士でケンカでもしたのかのぅ。コボルトは弱いし、犠牲になったのかもしれんな」
「埋葬しなきゃ……でも、ここって地下だから埋葬済み?」
死体をそのままに放置すると、アンデッド化してしまう可能性がある。神官がいれば良いのだが、残念ながらパーティにはいない。
「とりあえず、神様に祈っておけばいいんじゃないかしら」
「う~ん……どの神様にお祈りすればいいの?」
特定の信仰をしていないリルナにとって、神様は同列だ。神官が祈れば、その魂はその神様のもとへ送られるという。コボルトに優しい神様、なんて聞いたことがないのでどうしようもない。
「だったら、ストルファ・ダンゲール神に祈ればいいよ」
聞きなれない神様の名前をクリアが言った。
「あまり聞かぬ名じゃな。しかし、どこかで見た気もするが……何の神様じゃ?」
「闘争と虐殺を司る蛮族の神様よ」
なるほど、と一同は納得する。蛮族の神様だったら、コボルトの魂もすんなりと受け入れてくれるだろう。
「じゃぁ、え~っとストルファ・ダンゲールさま。どうぞこのコボルトの魂を救ってあげてくださいっ」
各々、手を合わせて蛮族の神様に祈ってみる。果たして人間の言葉を蛮族の神様が受け入れてくれるかどうかは分からないが、幾分コボルトの表情が和らいだような気がした。
「それにしても毒か……なんだろうな」
次はどこに向かうか、地図を広げて相談していた折にクリアが少し離れたところでつぶやく。そんな様子が気になったリルナはクリアに聞いてみた。
「そんなにコボルトが気になるの?」
「え、あ、うん。予定外というか、思ってもみなかったから」
「?」
「ほら、遺跡に待ち構えている蛮族が襲ってきて、わーって戦うんだと思ってたからね。ぜんぜん想像したのと違った、って思ったの」
「あ、そっか。わたしもそう思ってたしびっくりだよねっ」
冒険に慣れていないクリアの気持ちをおもんぱかってか、リルナは大丈夫だよ~とにっこりと笑ってみせる。それを見てクリアもにっこりと笑った。
「うんうん、大丈夫だよね!」
と、大声で元気アピールするものだから、リルナは思わず腕をクロスさせてクリアの首に突撃するのだった。
「ぐえっ! な、なにをするんだ、リルナちゃん」
「なにをするんだ、じゃないよっ。静かにっ」
「あ、ごめんなさい」
ぺろり、と舌を出すクリアだったが、その大声で強襲してくる蛮族はいなかった。大部屋の中だけで響き渡り、その先に続く道や部屋には届かなかったのかもしれない。
「う~ん、なんかおかしいなぁ。まぁええか。何もおらへんねやったら、これほど簡単な仕事は無いしな。ほんなら次いこか~」
サクラの言葉に全員で、は~い、と返事をしてから進む一同だった。




