~パペットマスター~ 3
リルナと共にテーブルに付いたおじさんは、まず自己紹介として名前を名乗った。
「私の名前はスペルクと申します。商人をやっておりますが、店舗販売ではなく輸送を主にしています」
年齢は50近いだろうか。中肉中背といった印象だが、顔には『良い人』と一目で分かる程に朗らかな笑顔が張り付いていた。もちろん、商人特有のものだが、それでも滲み出る良い人オーラは隠せていない。
どちらかと言えば、接客向きなのかもしれない。
「輸送?」
「えぇ。分かりやすく言うなら、貿易でしょうかね。サヤマで肉を買い付け、隣街で売り、野菜を買い付け、サヤマに戻ってくる。その差額で生きている商人です」
「ほへ~」
分かったような分からないような、曖昧な返事をするリルナ。12歳に経済の話は少しばかり難しいのかもしれない。
「それで、どうしてわたし?」
「実は先日、ファミルトンの前であなたの魔法というか、技を見ましてな」
肉屋ファミルトンで、リルナは大型のブタであるブヒーモスを召喚したことがある。どうやらスペルクはそれを見ていたらしい。
「そのぉ、その技……え~っと、何と言うのでしょう?」
「召喚術です。昔は有名だったけど、今使えるのは世界でわたしを含めて三人だけっぽいですよっ」
悲しいような自慢のような、そんな曖昧な表情でリルナは言った。
「なるほど、召喚術というのですな。実は是非ともその力を借りたいのです」
「召喚術を?」
はい、とスペルクは頷く。
「よろしければリルナさんの召喚術を見せて頂けないでしょうか?」
「ん~? いいよ」
別に秘術でも何でも無いので、リルナは遠慮なく応じた。テーブルに座ったまま指先に光を灯す。空中に文字を書く魔法『ペイント』だ。
ペイントでテーブルに図形を描いていく。その際に用いるのが身体制御呪文『マキナ』。描かれる図形は歪みの無い真円。それを三つ重ねて描いてから、それぞれ神代文字を記述していく。その文字でさえもきっちりとした記述であり、程なくして魔方陣が完成した。
「これが召喚したいものに予め記述しておいて、それを召喚する魔方陣です。えいっ」
リルナは指先に灯した魔法の光でもって魔方陣をトンと叩いた。光は魔方陣全体を伝い、光を放ち、そして収束する。そこに現れたのは、リルナのバックパックだった。
「おぉ~。まるで手品だ」
「まぁ手品と一緒で、種も仕掛けもあるけどね」
リルナはバックパックの中に刻まれた魔方陣をスペルクさんに見せた。
「この魔方陣を刻めば、離れた所から持ってくることが出来るよ。ただし、生き物は駄目。この前のブヒーモスはトドメを刺してたから召喚できたの」
すでに活動を停止した生物を、召喚術は『生物』として認識はしない。その『ルール』を決めたのは、どの神様なのかは知る由もなかった。
「なるほど。え~、例えばですが、大量の荷物を召喚することは出来ますかね?」
「大量ってどれくらい?」
「荷馬車いっぱい、と考えて頂ければ」
「もしかして、それが依頼?」
その通りです、とスペルクは頷いた。
「実は資金繰りに失敗しまして。お恥ずかしい話ですが、荷馬車を修理するお金が用意できなかったのです。なんとか今の荷物をダサンの街へ持っていくことが出来れば、何とかなるのですが……」
リルナは話が聞こえていたであろうカーラを窺った。カウンター席の向こうで、カーラは頷く。つまり、問題ないということだ。
「分かったわ。任せてスペルクさん。ダサンの街で召喚するだけの簡単なお仕事ね」
「おぉ、ありがとうございます。それで報酬の方は、どうしましょう?」
そっか、とリルナは改めて気付いた。
冒険者は依頼を受けて、その報酬で生きている。大抵の依頼はすでに相場というモノが決まっているが、リルナの召喚術はすでに忘れ去られたレベル。相場というものすら失われていた。
「か、カーラさん、どうしよう?」
「私に聞くのかい?」
「だって~」
「しょうがないルーキーだ。そうだな、リルナの召喚術は消耗は激しいのかい?」
「ん~ん、ぜんぜん。ほぼ使いたい放題」
「なら、余り報酬に上乗せできないねぇ。スペルクさんも一緒に行くんだろ?」
カーラの質問にスペルクは、えぇ、と頷いた。
「それならダサンの街までの護衛に色を付けた値段にしておくぐらいかねぇ。ダサンへの護衛は3ギルだ。まぁ、5ギルってところかね~」
「「やすっ」」
報酬が決定したところでリルナとスペルクの言葉が重なった。リルナは悲鳴だが、スペルクは嬉しい悲鳴だろうか。
「いいのですか、そんな値段で」
安すぎて不安なのだろうか、スペルクはリルナに聞いた。
「う~ん……でも、わたし的には負担は全然無いから、そんなものかなって思う……よ?」
「では報酬に加えて、ダサンの街でご飯を奢ることにしましょう。それでも良いですか?」
「あ、うんうん。大賛成っ!」
どうやらお金より食い意地の方が大きいらしく、スペルクは苦笑する。それでも、交渉は成立した。早速とばかりに二人は席を立つ。
「それじゃカーラさん、行ってきますっ!」
「あぁ、初めての依頼だ。せいぜい緊張して肩の力を抜いて挑みな」
「はいっ」
リルナは胸元に付けたピンバッチを確認する。イフリートキッス所属の印である赤いリボンのバッチをポンポンと叩いた。
リルナに舞い込んできた初めての依頼。
少しばかり深呼吸してから、リルナは冒険者の店イフリートキッスを出発した。




