~かんたんなおしごと~ 2
冒険者ギルド。
クリスタルゴーレム事件を発端として誕生した新しいギルドであり、盗賊ギルドと違って堂々と存在をアピールしていた。基本的に冒険者の宿が存在する街には必ず設けられており、依頼を配分するという役目を担っている。
新設ギルド、というだけに建物も新しく、リルナたちが辿り着いたのは、まだまだ年季も入らぬ小さな木造の建物だった。速さを優先させた為に木で造ったのだが、なかなかどうして立派に見える。入り口横には看板に大きく共通語で冒険者ギルドと書かれていた。
中央通りから外れた商業区の一角。空いていた土地ともなると、人通りはほとんど無く閑散としている。そんな中で、ちらほらと冒険者のパーティが見て取れた。
「実力あるパーティばっかりやな」
サクラが観察した結果をこっそりとリルナたちに伝える。少なくともレベルは50以上やろう、とサクラが伝えた。そんな彼らが見ているのは、ギルド前に設置された掲示板。誰も居なくなったのを見計らってリルナとメロディは掲示板へと近づいた。
「依頼書だ」
「いや、良く見るのじゃリルナ。これは、手配書じゃぞ」
掲示されていたのは依頼書と同じ形式で書かれていた紙だった。しかし、内容が違う。いわゆる討伐依頼、と呼ばれるもので、今のリルナたちでは到底敵わないモンスターばかりが記されていた。
「これなんか凄いよ。発見して場所を報告するだけで五万ギルだって……」
「う~む、ミノタウルスが活動しているようじゃ。女の敵じゃし、挑戦してみるか?」
「イヤだって。ぜったい男の人に任せたほうがいいって、それっ」
牛男に餌を与えに行くようなものだ、とリルナは首を横に振る。もちろん、メロディも冗談なので、苦笑するだけだった。
一通り見たところでリルナたちに見合った依頼はあるはずもなく、またやって来た強者パーティに場所を譲った。
「竜喚士とお姫様も依頼にあぶれているのかい?」
その内の一人、全身鎧で頭まですっぽりと金属で覆われた騎士職業の男が声をかけてきた。どうやら依頼を吟味するのは他のメンバーのようで、彼はその決定に従うのみ、という仲間内でのスタイルらしい。
「レベルアップしたいんですけど、なかなか依頼が無くて」
「君ら特殊すぎるもんねぇ。クリスタルゴーレムを倒す実力はありそうなんだけど、圧倒的に経験が足りない。加えて、召喚なんて聞いたこともない魔法だし」
実力ある冒険者でさえも記憶から召喚士が消されている。その事実に、その歪んでいる現実に、記憶にある父親の後ろ姿を幻視して、リルナの胸がズキリと痛んだ。加えて、ヴァンパイア・ロードの視線と気配を思い出し、身震いが体を襲いそうになる。それらを懸命にこらえて、リルナはやっとの思いで苦笑することに成功した。
「あせるなよ、焦れるなよ、ルーキーちゃん。冒険する冒険者の命は短いぜ」
そう言って金属に覆われた指でリルナとメロディの頭を優しく撫でていった彼は、パーティの元へと戻った。
「実力差を思い知る結果じゃな」
「どういうこと?」
「頭を撫でられて気持ちよかった。あの金属の手でやわらかく頭を撫でる。普通に考えれば、不可能じゃよ。きっとあの鎧のままで赤子をあやすことさえ雑作もないのじゃろう」
「そっか。頑張ろうね、メロディ」
「うむ」
決意を新たにした二人をサクラとイザーラが苦笑しつつ合流すると、四人は改めて冒険者ギルドの中へと入った。
ギルドの中は壁一面に棚が設置され、そこに引き出しのように書類が納められていた。それらを管理しているスタッフが取り出したり調べたり書き込んだり、と仕事をしている。なぜか窓が無いのでランプの明かりが薄暗く建物内を照らしていた。
そんな中で異様な人物がいた。
冒険者を迎える為か、入り口近くにはカウンターが設けられていた。簡易的なもので、それこそ木で遮っただけの壁のようにも見える。そんなカウンターに一人の少女が正座していた。
年齢はリルナと同じくらいだろうか。銀色の長い髪はふわふわとウェーブがかっており、腰まで届くほど。まるで人形のようにちょこんと座っており、白を基調とした服も相まってか、彼女のイメージは白銀といえた。
それを決定付けるのは、やはり少女の瞳だろう。髪色と同じ銀色の瞳をしており、とろんと眠そうな目は遠くから見れば白目にも思えるほどだった。
「ようこそ冒険者ギルドへ。リルナ・ファーレンスさま、メローディア・サヤマさま、サクラさま。そちらの方は冒険者ではありませんね。お名前は何と言うのでしょうか?」
「あら、あたし? イザーラよ、よろしくね」
「イザーラさまですね……はい、記憶しました」
少女はこっくんと喉を鳴らすと、手に持っていた湯のみのお茶を飲んだ。中身は緑茶のようで、リルナはインクと紙のにおいの他に緑茶の香りがギルド内に漂っているのにも気づいた。
「あの、あなたは?」
「申し送れましたリルナさま。私、冒険者ギルドに勤めておりますシャララと申します。以後、お見知りおきをお願いします」
カウンターに座ったままシャララは頭を下げた。
「どうしてそんな所に座っておるのじゃ? 見たところ、お主は働いておらぬようじゃが」
他のギルド員は何かしらの作業を行っているようだが、シャララは何もしていない。カウンターに座ってお茶を飲んでいるだけだ。その様子が休憩とも思えないので、メロディは質問した。
「私の仕事は依頼の分配です。それぞれの冒険者の宿に適した依頼を配分するのが、私の仕事ですので、それが終わると暇になってしまうのです」
「なるほどな。しかし、面倒な仕事やな、それ。大変やろ」
「いえ、簡単です。これほど簡単な仕事は他には無いでしょう。お給料に見合った仕事ができているのか、不安なくらいです」
シャララは再びお茶を飲んだ。その独特の間に、リルナたちは戸惑ってしまう。
「それで、本日はどのような用件でしょうか? 暇な時に冒険者の応対をするのも、私の仕事に含まれておりますので、どうぞ仰ってください」
「あ、は、はい。えっとですね、何か依頼をください」
「――イザーラさんの実力を教えてください。あなたは何者で何ができますか?」
「またあたしのこと? ごめんなさい、あたしってば女の子には興味がなくて」
「そこをなんとか、お願いします」
シャララは深々と頭を下げた。湯のみを持ったままなので、まるでイザーラにお茶を献上するかのようなポーズになってしまう。
「んもぅ、仕方ないわね。かわいいお嬢さんに特別よ」
「特別扱いは大好きです」
意外と現金な正確らしい。
そんな白銀少女に筋肉エルフが自己紹介をする。具体的には弓の腕前と薬士であること。それらを説明すると、シャララは再びごっくんと喉を鳴らした。
「覚えました。イザーラさん、ありがとうございます」
どういたしまして、と応えるイザーラを尻目にシャララはお茶を飲み干した。空っぽになった湯のみをカウンターに置き、少しだけ逡巡するように中空を見つめたあとにギルド員の一人を呼び止める。
「3の束。上から四枚目」
謎の暗号にも似た言葉にギルド員は疑問を返すことなく従うと、すぐに一枚の紙を持ってきた。それは依頼書であり、どうやらできたばかりの物のようだ。
「これはいかがでしょうか?」
シャララから手渡された依頼をリルナとメロディは確認する。
依頼内容は近くの遺跡に蛮族が住み着いた可能性があり、それを調査すること。可能であれば退治してほしいが、相手が強者だった場合は情報を持ち帰ることが最低限の条件となっている。
成功報酬で、蛮族を全て退治できれば70ギル。情報を持ち帰れば20ギルといったルーキーらしい依頼だった。追加報酬に蛮族の程度によりボーナスもあるらしい。
「これこれっ! この依頼受けますっ」
「承りました。それではカーラ・スピンフィックスさんに連絡をしておきますので、受領のサインをお願いします」
はーい、と四人は依頼書にサインをしていく。相変わらずパーティ名が無いので面倒な作業だった。それはシャララも感じたらしく、少しだけ眉根を寄せながらリルナに伝える。
「できればパーティ名を決めてください。覚えることが一つ欠けていますので気持ち悪いんです」
「気持ち悪いって……」
「竜喚士とゆかいな仲間たち、でいいじゃろ、もう」
「了解です。覚え――」
「おぼえちゃダメー!」
シャララがごっくんと情報を飲み込む前に、リルナは何とか阻止した。
「残念です。決まりましたら、いち早く私にお知らせください」
「なんでそんなに知りたいの?」
「記憶こそ、私の趣味ですから」
心なしか、えっへん、と自慢するようにシャララは胸を張るのだが、残念ながらその胸は小さい。少女らしい少女の白銀少女に見送られ、竜喚士とゆかいな仲間たち(仮)は冒険へと出発するのだった。




