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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その15 ~強くて弱くて、儚いヒト~

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~強くて弱くて、愚いヒト~ 7

「よし、乾いたっ!」


 と、自分に半ば言い聞かせるようにして、リルナは半渇きの下着に足を通す。なんとも言えない感触に、うわぁ、などと息を漏らしながら裸から脱却した。下着はまだマシでスカートや上着などはまだまだ湿っている。多少の居心地の悪さを感じづつも、一息ついた。

 丸太小屋近くの川からメロディとジーガがシカを解体する声が僅かに聞こえてくる。そちらに合流しようか、とリルナが思った際にフと気になった。


「あれ?」


 そして、思わず声に出してしまう。

 もし、その様子を誰か見ていたのならば滑稽に見えたかもしれない。誰も居ない場所で、少女はキョロキョロと周囲を見渡しているのだ。誰かを探しているのか、居ないはずの人物を見てしまったのか。最後には、ジーガとその奥さんが住む丸太小屋を見つめた。


「……?」


 一見してノンキにのどかに過ごせそうな木で造られた家。土地はいくらでもあるからか、それなりに大きな造りであって、二人で住むには大きいほどだ。加えて、リルナが居る庭的な場所には、簡易的な窯や調理台もあり、背もたれの大きな椅子が設置されていて、わずかに聞こえてくる川のせせらぎを楽しめる空間でもあった。

 そんな幸せの象徴のような場所で、リルナは不安に襲われた。


「そんなはずないよね。だって、わたしのはタダの才能って言われただけだから……」


 召喚士は茶色の瞳をギュッと閉じる。そして、大きく首を横にふって気分を入れ替えた後に、メロディたちに合流することにした。


「なんとか服が乾いた――ぅぎゃあぁ!?」


 解体現場に到着したリルナだったが、それは一番グロテクスな内臓処理の場面。ずぞぞぉ、とこぼれ出てくる内臓を見て悲鳴をあげた。


「うん? 冒険者ならば慣れたものじゃないのか?」


 ジーガの言葉にメロディは頷く。


「今更なにをわめいておるのじゃ。お主も刺し殺したことがあるじゃろ」


 お姫様に倭刀を指差される。倭刀では、逆に手応えが無さ過ぎて不気味にも思えたので、リルナとしては肩をすくめたい気分だった。


「そうだけどぉ。いきなり内臓がデロンって場面はキツイですはい」


 そんなものか? というお姫様と初老の視線に頷きつつ解体を手伝い、手早く肉としていった。


「森の恵みと生命に感謝せんとな」

「はーい」

「うむ」


 ジーガは手を組み合わせ祈りを捧げている。特定の神様ではなく、どちらかというと自然に感謝をしており、精霊崇拝に近い形式だった。


「ありがとうノルミリーム」

「感謝するぞノルミリーム」

「大精霊様かい?」

「はい。この前、カーホイド島で会ってきましたので」


 それはそれは貴重な体験だ、と驚くジーガに木の神殿の話をしつつ丸太の家へと戻ってくる。


「折角だから今夜は泊まっていかんかね? お礼もしたいしの」


 このままだと野宿決定ということもあり、リルナとメロディは素直にジーガの申し出を受け入れた。


「だったら、もうすこし野菜も必要だな。採ってくるので、先にシカ肉を焼いといてくれんかね」

「わ、ありがとうございますっ」

「豪華なディナーにありつけそうじゃ。幸運じゃのぅ」

「はっは、ワシの幸運がお前さんたちを呼んだのかもしれんぞ」


 近くの畑に野菜を取りに行くジーがさんを見送り、二人はさっそくシカ肉を焼く準備をはじめる。火はリルナの服を乾かしたものがあるので、それを利用する。真っ赤になった炭の上に網をセットし、豪快に切り分けたシカ肉を乗せた。

 じゅぅ、という心に響く音とほのかにあがる煙と香り。思わずよだれが出てしまいそうになるのを少女たちは必死で耐えた。


「メロディ姫は、こういうの食べなれてるんじゃないの?」

「そうでもないぞリルナっち。ナイフとフォークでちまちま食べる冷めた肉の塊は、まぁ美味しいんじゃがのぅ……この迫力に勝るものは無いぞ!」

「たしかにっ」


 肉の前できゃっきゃとはしゃぐ少女は、淑女としてどうか、とも思えるが、分厚いシカ肉の焼けていく香ばしいにおいに勝てるレディはそうはいない。たとえ温室育ちの箱入り貴族のお嬢様であっても、魅惑的なこのにおいには勝てないだろう。理性は我慢しても、きっとお腹が我慢できない。


「これほどの料理じゃと、おばあさんも元気になるじゃろう」

「おばあさん?」

「ジーガ殿の奥方じゃ。なんでも昔から体が弱いそうでな。ずっと寝たきりだそうじゃ」

「……あぁ、寝たきりか~」


 リルナは丸太の家を見る。いくつか窓があり、その内にひとつにはカーテンが閉められた部屋があった。そのデザインにはヒラヒラとしたレースカーテンであり、ジーガの趣味とは思えない。恐らく、そこがおばあさんの部屋なのだろう。

 リルナの視線に気づいたメロディもレースカーテンに気づいたようで、確認するように頷いた。

 じっくりとシカ肉を焼いているうちにジーガが戻ってくる。その手には多くの野菜が抱えられており、四人で食べるには少し多いくらいだった。それらは川で洗い泥を落とすと、サラダにしたりスープの具材にしたりと、メインの肉料理にそえられていく。あまった物は二人のバックパックに詰め込まれた。


「ジーガ殿、そろそろ奥方を起こしてはいかがか?」

「ん? そうか。しかし、起き上がれるかどうかは分からんぞ」

「……そこまで弱っておるのか」


 メロディは少しだけ表情をくもらせた。その後ろで、リルナも顔をくもらせるが、その種類は少しだけ違う。心配しているのは老婆ではなく目の前の初老の男だった。


「うむ、ならば妾が料理を運ぼう。一宿一飯の恩とも言うし、挨拶は大切じゃからな。行くぞ、リルナ」

「あ、うん。イイかな、ジーガさん?」

「おぉおぉ、婆さんも喜ぶと思う。若い者の姿を見たら元気になるやもしれんしな。どうか、行ってやってくれ」


 ジーガはニコニコと二人にシカ肉とサラダを乗せたお皿を持たせてくれる。それを持って、二人は丸太の家へと入った。

 家の中は、想像通りといった具合の様相で、暖炉があったり狩った獣の角が飾ってあったりと、落ち着いた部屋になっていた。狩人らしく動物の革もあり、温かい印象が家の中にはある。それらを見渡したあと、レースカーテンの部屋へと移動しようとした時、リルナはメロディへと声をかけた。


「メロディ、ちょっと待って」

「ん? どうしたのじゃ? せっかくの肉が冷めてしまうぞ」

「うん。でもさ、さっきから人の気配が……していないよね」


 リルナの言葉に、え、と短くメロディは言葉を漏らした。そして、改めて冒険者として鍛えられた感覚に頼る。それは盗賊スキルの領分だ。モンスターや人、蛮族の気配を探り、戦闘を回避する能力。しかし、盗賊だけが使えるものという訳ではなく、盗賊がより優れている、といったほうが良い。

 盗賊の才能がある、と言われていたリルナが感じていた違和感。そして、家の中に入ったからこそメロディにも分かる違和感。

 それは、人の気配がしないこと。

 老婆が居るはずの、おばあさんが寝ているはずの部屋からは、何者の気配も感じられなかった。


「ならばおばあさんは……」

「もう、亡くなってるのかもしれない」


 ときどき現実を受け入れられない人がいる。大事な人を亡くしてしまった人は、ときにそれを受け入れず、いつまでも生きているように周囲に振舞う。ジーガもその一人かもしれない。

 メロディは静かに、そうか、とつぶやいた。視線を落とした先には、温かい料理がある。何か、まだ信じられない思いで言い訳をリルナへとぶつけた。


「もしかすると、おばあさんは隠密の天才かもしれぬ。妾たちを驚かそうと気配を消しているのかもしれんぞ。それか、あれじゃ、人間嫌いかもしれぬ。妾たちはうるさかったしのぅ、迷惑しておって会いたくないのかもしれんぞ。あとは、えーっと、う~んと」

「そうね。そうかもしれないねっ」


 その可能性に、その有り得ない話に、その、もしかしたら、にリルナもすがりたかった。ジーガは良い人であって、悪い人ではない。助けたお礼にとここまで尽くしてくれる人が、狂っているなんて、思いたくもない。

 そのわずかにも存在しない可能性にかけて、リルナは部屋の扉をノックした。


「おばあさん、入りますよ~」


 もちろん、返事は無い。

 だから、リルナは少しだけ躊躇しながら、お皿に乗っているサラダがこぼれないように注意しながら、部屋の扉をあけた。

 その部屋は、とても綺麗に片付いていた。小さな部屋で、壁をかざるようにしてレースカーテンが窓以外にも付けられている。木材の暖かみと白のレースカーテンが壁紙代わりなのだろう。テーブルの上にはぬいぐるみが置かれていた。動物の姿をしており、恐らくクマをデフォルメした姿だろう。椅子にもクッションが置かれていて、柔らかい雰囲気があった。

 窓際には、大きなベッドがあった。白いシーツは洗いたてのようで、汚れは一切として見当たらない。ふかふかの布団は、なんとも気持ち良さそうで、ベッドの主はさぞ幸せな睡眠を味わえることだろう。


「――」

「なんじゃ、これは」


 そのたっぷりとレースであしらわれたベッドの上に眠るモノを見て、リルナは絶句した。メロディは、思わずつぶやいてしまった。

 覚悟はしていた。

 しかし、その覚悟は亡くなった老婆への覚悟であって、それ以外の存在には無意味だった。


「おばあさんじゃ……無い」


 ベッドで寝ていたのは、奇妙な物体だった。『でくのぼう』とも言えるような円柱の物が丁寧に布団に寝かされていた。それは、白い布に綿がつめられただけの『ぬいぐるみ』のようなもので、枕に乗せられた部分には、いびつな『顔』と思われるモノが書き込まれていた。目、鼻、口が、不気味に書かれていた。まだ瞳を閉じた絵ならば受け入れられたかもしれないが、見開いただけの猫の目のような絵は、もちろんまばたきもせずに天井を見上げるばかりだ。


「死体のほうが……マシじゃったか」


 メロディはテーブルに料理の皿を置くと布団をめくってみる。綿をつめられただけの棒人間は、円柱から手足と思われる円柱が糸で無理矢理に縫い留められていた。それがおばあさんの服を着ている。汚れることなく、新品のままの老婆の衣装が、ベッドに寝かされていた。


「口元が異様に汚れてる」


 それを口と判断していいのか分からないが、顔と思われる部分の口に当たるであろう場所は、それなりのにおいと共に汚れていた。


「ジーガ殿が、おばあさんに食べさせてあげておるんじゃろう」


 メロディはそう予想した。口元の汚れは、食べ物を付けた汚れだと。


「……どうしよう、メロディ」


「妾たちには、何もできぬ。何もできぬよな……サクラが居れば、なにか――いや、無理じゃな。二百年生きようが千年生きようが、神様にでもならぬ限り、なにもできんじゃろ」

 そう強がって言うお姫様の手は震えていた。

 怖い。

 はっきりといえば、ここまで壊れていながら幸せに毎日を過ごしているジーガという初老の男が怖かった。

 何もかもが都合良く頭の中で変換されてしまう、彼の生き方が怖かった。

 いっそのこと、あのモンスターに殺されていたほうが、良かったのかもしれない。なんて、思いが浮かび上がって、メロディは頭を振った。その勢いでフラつき、自分の足が震えていることにも気づく。

 嗚咽があがり、視界を涙がふさぐ。でも、泣き喚く訳にはいかない。メロディは、リルナの胸に顔をうずめた。十歳の少女は、たった二年だけれど、先に生まれてくれた少女に感謝するように、その小さな胸に顔をおしつけた。


「だいじょぶ。大丈夫だよ、メローディア。何も怖くないよ。わたしはちゃんと居るし、あなたのママは強い人だもの。メイド長だって大丈夫。サクラも二百年生きているけど、何も変わらないわ。だから、だいじょうぶ」


 あなたの大切な人は、こんな風には壊れないから。


 リルナは、そう言って震える少女を抱きしめてあげた。本当は、リルナも怖かった。先にメロディが泣き出さなければ、彼女が泣いていたかもしれない。

 しばらくメロディを強く抱きしめ、彼女が泣き止むまで待った。それで遅くなったからか、心配したジーガさんが家へと入ってくる。二人は慌てて、おばあさんの部屋から出てきた。


「ど、どうしたんだい? 婆さんが何か悪く言ったのか?」

「あ、いえ、そうじゃなくて、メロディの調子が悪くなったみたいで。はやく帰りたいと思います」

「そうなのかい? そりゃ大変だ」


 ジーガは特に疑うことなく、二人のためにと携帯食料とシカ肉を用意してくれた。その納得の早さすら、狂っているとしか思えず、リルナとメロディは笑うこともできない。

 最後に街道まで送ってもらうと、ジーガは笑顔で二人に手を振る。


「本当に助かったよ。二人が居なかったら、今頃はモンスターに殺されていた。婆さんを一人おいて、あの世に行ってしまうところだったよ」

「はい……どうか、これからも気をつけてください」

「はっは。ありがとう。それじゃ婆さんが心配するといけないから、これで失礼するよ」


 ジーガはもう一度大きく手を振ると、それっきり振り返ることなく森の中へと帰っていった。


「……」

「……ぐすっ」


 その後ろ姿を見送る二人に言葉は無く、メロディが鼻をすする音だけ。しばらく二人は森を見つめたあと、ゆっくりとしたスピードで歩きだす。

 サヤマ城下街へと、自分たちの大切な人がいっぱい居る街へと、ゆっくりとした速度で帰るのだった。


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