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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その15 ~強くて弱くて、儚いヒト~

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~強くて弱くて、儚いヒト~ 6

 お姫様は肩に立てかけるようにしてバスタードソードを掲げていた。もちろん、武勲を誇っている訳ではない。むしろ今は剣としてではなく物干し竿の役目を担っていた。ロングソードよりも長いその剣には濡れそぼった服と下着がぶら下がっており、水の重さで風に対しても揺れることは無かった。


「うぅ、ブーツが気持ち悪い。あと変態みたい……」


 森の中を歩きながらリルナは自らの境遇に唇を尖らせた。ドドールに叩きつけられたダメージは何とか抜けたのだが、川に落ちてしまった服はどうしようもない。さすがの大精霊ウンディーネも服を濡らすことはできるが、乾かすのは無理だ。

 といったこともあってか、ぐちゅぐちゅと悲鳴をあげるブーツは履いているものの、リルナの体を隠しているのは彼女がいつも身に付いているマントを腰に巻いただけ。森の中でほぼ全裸、という所属している冒険者の宿には報告できない事態だった。


「もうすぐワシの家だ。それまで我慢してくれ」


 胸は両手で隠しているし、背中には冒険者セットが詰まったバックパックを背負っているのでお尻は見えない。それでも下半身を隠す濡れたマントだけ、というのは非常に心もとない上に肌にひっつき形が浮き出るのもどうか。恥ずかしさで顔が熱くなっているのか裸で寒いのかサッパリと分からない。


「見ないでくださいよぅ、ジーガさん」


 リルナは先頭を歩く初老の男に声をかける。ジーガと名乗った彼は、この森に住んでいるようで、助けてくれたお礼と服を乾かすためにと家まで案内してくれている。普段は狩りや木の実などを収穫して過ごしているようで、彼の衣服はそれなりにボロボロになっていた。しかし、それも相まって狩人らしい姿といえなくもない。


「おっと、ここだ」


 と、ジーガは少しだけ歩いていく角度を左へと変える。森の中、苔が覆い尽くしている地に獣道といったものは無い。幸いにも背の高い植物は木々だけで、足元は苔が支配していた。そんな迷ってしまいそうな森の中でも、さすがは狩人なのかジーガは目的地を見失わない。彼の後ろに着いていくと家かと思いきやそこには横たわる動物がいた。


「それはシカかの?」


 人間ほどの大きさのあるシカには矢が刺さっておりぐったりと息絶えていた。メロディはキョロキョロと周囲を見渡すが、もちろん他の狩人の姿は無く気配も感じられなかった。


「こいつを仕留めた時にさっきのモンスターに襲われたんだ。死ぬかと思ったわ」


 ジーガは苦笑する。矢を射る暇もなく弓を捨てて逃げたそうだ。慌てて小川まで逃げてきた時に足を踏み外し運の悪いことに根に挟まってしまった。


「そろそろ引退か。焦って足を踏み外していたんじゃぁ先も見えてしまうわな」


 よいせ、と重そうにシカを背負うジーガ。この場で解体はせず家まで持って帰るようだ。


「ジーガ殿はどうしてこんな森に住んでおるのじゃ?」

「あぁ、ワシとバアさんは喧騒が苦手でな。街では無理だからと村にも住んでいたんだが、もっともっとノンビリとできる所を探して辿り着いたのがこの森だ」


 ジーガは初老の男らしく、少しばかりくたびれた笑顔を浮かべた。


「この森は地図にも名前が載っていないから、誰も来ない。そして、下草も無いから騒がしい風の音もしない。ただ木々のざわめきと、時折聞こえてくる動物の鳴き声のみ。誰にも邪魔されない良い場所だよ」

「なるほどのぅ」


 お姫様は静かに周囲を見渡した。確かに他の森に比べても苔が覆いつくしてる大地からは音が聞こえない。風で揺れるのは木の葉だけで、それも静寂のひとつに加わっており邪魔をしていない。

 と、見渡している中で素っ裸の少女を見つけてメロディは思わず吹き出した。


「ふふっ。おっと、笑ってはいかんの。裸婦絵では森の中にたたずむ物もあるので、気にするな我が友よ」

「……メロディちゃんが酷い。我が姫よ、我が友よ。お前も脱げっ」

「嫌じゃ。変態じゃあるまいし」

「裸に鎧でいいじゃない」

「余計に嫌じゃ。というか冷たくて装備できたものでもないじゃろ」

「じゃぁ全裸!」

「なんで脱がんといかんのじゃ!」


 わぁわぁきゃぁきゃぁと騒ぐ少女たち。そんな二人を見てジーガは嘆息するのだが……命の恩人を追い返すわけにもいかない。加えて、たまには若者の騒がしさも悪くはないか、と苦笑するのだった。

 少女二人の戯れを治め、ジーガ先導で再び彼の家を目指す。程なく木々の開けた日当たりの良い場所に、先ほどの小川の支流と思われる川があった。そのほとりに立派な丸太小屋が姿を現す。どうやらジーガが自作した丸太小屋であるらしく、おじいさんとおばあさんが済むには充分な大きさだった。


「すぐに火を熾すから待っててくれ」


 と、ジーガは家の外にある石を組んだ調理場に火を熾し始めた。朝にも使っていたのか、少し残っていた赤く光る炭を種火としてすぐに火が点く。バスタードソードからようやく普通の物干し竿に吊るされた服と下着を持って、リルナはいそいそと火の前に移動した。


「あぁ~、ようやく裸から開放される~」

「普通は服から開放されて喜ぶんじゃがなぁ」

「変態じゃないってば!」


 メロディはケラケラと笑ってジーガのもとへと移動した。季節は夏ということもあってか、手早くシカを解体しないといけない。せっかくの獲物が傷んでしまっては台無しだ。モンスターに襲われたせいもあってか、時間は無駄にできない。


「妾も手伝うぞ、ジーガ殿」

「おぉ、そうか。では、川に移動するぞ」

「うむ……あぁ、ところで奥方に挨拶をしたいのじゃが?」

「う~む、婆さんは最近寝たきりでな。あまり起こしたり無理をさせたくないんだ」


 挨拶は後にしてくれ、とジーガは申し訳なさそうに頭を下げた。


「いやいや、こちらが客人なのじゃ。突然お邪魔して申し訳ない。しかし、もしかして奥方の為にこんな森の深くに住んでいるのでは?」


 喧騒を嫌い、村や集落にすら距離を取っている。それはジーガの奥さんの為ではないか、とメロディは気づいた。その考えは正解だったのだろう、初老の男は少しだけ悲しそうな表情を浮かべたあとにポツリと話した。


「昔から体が悪くてな。ずっと寝たきりなんだ。それでも、こうして立派に生きている。それだけでワシは嬉しいがな」


 そう言って笑った彼の笑顔は、ずっと悩んできた結果とも思える濁りなき純粋に澄んだものであった。


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